スキンステッチの靴(入門編) | Room Style Store

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2020/04/26 16:17

Wanna know if a guy is well dressed? Look down.

「その人が服に気を配っているかは靴を見れば分かる…」
アメリカのジャーナリストでエスクワイヤ誌にも寄稿していたGeorge Fraizer(ジョージフレイジャー)の格言である。
靴は装いの要、VANからファッションの世界を知った世代にとって紳士靴といえばREGALと決まっていた。ビーフロールローファーやおかめ靴(ウイングチップ)を履けるようになると大人の仲間入りをした気になったものだ…


80年代中頃にパリでJMウエストンに、フィレンツェでグレンソンという舶来靴に出会ってからは様々な靴を履いてきたが、最も衝撃を受けたのが冒頭の写真、エドワードグリーンのドーバーだった。履き心地もさることながら、ドーバーを履いて神宮前にオープンしたてのUAを訪問、接客していた栗野さんに「ドーバーのつま先は縫い糸が見えないように手縫いで仕上げているんです。このスキンステッチができる職人さんは工場に2人しかいないんですよね…」という話を聞いたからだ。その時、頭の中で何か音がした。恐らく「スキンステッチ…」というキーワードが手縫い靴の指標としてインプットされたに違いない。その後、既成靴はもとより誂え靴を注文する時もスキンステッチが影響を与える事になる。


そこで今回はキーワードとなるスキンステッチに焦点を当てながら靴遍歴を振り返ってみようと思う。


1) ロイドフットウェアのドーバー

スキンステッチを知る原点となった記念すべき最初の靴である…購入先はロイドフットウエア、エドワードグリーンやクロケットジョーンズなどノーザンプトンの優良工場に別注をかけLloyd Footwearとして価格を抑えて販売する靴専門店で、当時は青山と代官山に店舗があり、英国靴好きの聖地となっていた。つま先の縫い目をSplit Toeと呼ぶのはだいぶ後になって知ったが、ドーバーの場合は靴職人に言わせるとSplit Toe (Apron) Derbyとのこと。


コーディネートの方は今年31年ものになる飴色のドーバーに敬意を評して、イタリアはトリノのパンツ専業メーカーPT01の最初期モデルを合わせてみた。当時はイタリア製で肉厚のコットン生地が品質の塊を感じさせた。ソックスはパンツの格子の色を拾ってオレンジのソックスをイン、靴の色とも綺麗に繋がっている。


2) ポールスチュアート別注のハーロウ

こちらは同じスキンステッチを採用したローファーになる。勿論メーカーはエドワードグリーンでペットネームはハーロウ、NYCのポールスチュアート別注で、中敷に柵に乗った紳士のポールスチュアートのロゴが刻印されている。オリジナルはロンドンの注文靴店ワイルドスミス(廃業)らしく、スリッパがわりの靴として貴族の屋敷で履かれたものらしい。グッドイヤーの靴では世界一柔らかな履き心地に間違いない。スキンステッチのローファーは英語でなんというのかロブロンドンのティームに尋ねたら

Split Toe Casualと教えてくれた…。


軽い履き心地のハーロウには素足風ソックスとストレッチ機能のある5ポケッツのパンツが一番、ここでは元祖美脚ジーンズのヤコブコーエンを合わせている。


3) ドーバーのライバル、シャンボード

エドワードグリーンの工場を買収したエルメス傘下のジョンロブがドーバーに対抗すべく満を辞してリリースしたスキンステッチのエプロンダービー「シャンボード」。何しろ栗野さんが言っていたグリーンにいる2人のスキンステッチ専用職人のうち1人を引き抜いて始めたそうで、仁義なき戦いノーザンプトン編さながらだ。手縫い工程は外羽根の付け根を手で仕上げるエドワードグリーンに軍配が上がったが、革素材はエルメスゆずりの品質でグリーンを凌いでいた。


コーディネートは外羽根靴ながら淡い色目とウエルトの出し縫いが生成りなのに合わせて綿麻混紡のパンツをチョイス。ナポリの名門ロータのものだ。トートパッグも爽やかなコットン素材のタータン柄にチェンジしている。


4) ドーバーをクレバリーでオーダー

記念すべきミレニアムイヤーの2000年、クレバリーを訪問して注文したSplit Toe Derby。スキンステッチの靴をオーダーしたいという欲求が背中を押して実現した1足目。スクエアトウということもあり手持ちのドーバーとはかなり異なる雰囲気だが、黒のスコッチグレインレザーは正解だったようで今履いても新鮮に感じる。


コーディネートはイタリア名門インコテックスのサマーウールパンツ。黒と白のシンプルなグレンチェックには黒靴が一番似合う。上はネイビーブレザーにストライプのシャツにネクタイを合わせて定番の組み合わせが一番か…黒の鞄はエルメスのサック、使い込んで傷も付き少しずつ貫禄が出てきた。


5) ドーバーをフォスターでオーダー

ロンドン最古の誂え靴屋フォスターで靴をオーダーするようになって数年…ドーバータイプの靴を今度は茶色で…という気持ちがふつふつと湧き出てきたのをいいことに、当時フォスターのディレクション及びフィッターを担当していた松田さん(今は独立)に頼んで出来るだけ手縫いの工程を加えたドーバータイプの靴を作って欲しいと依頼、完成したのがこの靴だ。具体的にはスキンステッチをトウだけでなく内側にずらした踵のシームや外羽根の付け根にも採用したもので、誂え靴ならではの仕上がりに感動したのはいうまでもない。


コーディネートの方は靴の素材であるインパラの表面と濃茶色が秋冬向きなので、厚手のウールパンツをチョイス。イタリアらしい色出しのパンツはカシミアの名門ブルネロクチネリの逸品。同系色のウールマフラーとブラックウォッチのトートバッグはラルフローレンのもの。


6) 手縫いの技満載の誂えドーバー

ビスポークシューズはウェルトの掬い縫いやソールを付ける出し縫いがそもそも手縫いなのでハンドメイドシューズという呼び方が当たり前のことだが、ここでは⇒で示された部分にも手縫いの工程が入っている。今は違うようだが、当時はこれだけ手縫いの工程を増やしてもオーダー価格にアップチャージがなかった。アッパーを担当したクローザー(誂え靴のアッパー縫製専門の職人)もさぞ苦労しただろう。かくも厄介な注文をうまくこなしたディレクターとしての松田さんの力は大きく、その松田さんが満を辞して独立したのだから大いに賛辞を送るとともに心から応援したい。


7) 再びドーバーをフォスターでオーダー

ドーバータイプの靴へ愛着心は変わらず、今度は同じフォスターサンに底付をノルウィージャンコンストラクションで仕上げたいと松田さんに相談。仕様を煮詰めてオーダーを入れた。今回はダブルソールで土踏まずをスクエアに、ノルウィージャンのステッチをメインにしつつもスキンステッチを含め様々な手縫い工程を加えてある。


コーディネートの方はGTAに別注した千鳥格子のパンツ。ボルドー色が珍しく、色に拘るポールスチュアートらしいセレクションだ。ションストンズのカシミアマフラーをラルフローレンのトートに添えて撮影、靴の色とパンツがマッチして新しい着こなしの発見があった。


8) ノルウィージャンドーバー

メインのノルウィージャンステッチがアッパー付根に360°走る様は手縫い靴の真骨頂、さらにつま先のスキンステッチを踵の縫い目にも採用、外羽根の付け根やエプロンのリバースステッチなどほぼ全域に渡って細かな指定をした。松田さんのおかげでビスポークシューズの中でもスペシャルなモデルが完成した。


9) ドーバーをサンクリスピンにオーダー

フィレンツェのボノーラで靴をスミズーラした関係でラストがサンクリスピンにあることから、ハワイのレザーソールが出した別注モデルをマイラストでとオーダしたのがこのドーバータイプの靴の由来…エドワードグリーンのものよりエプロンが小さくスキンステッチが長めのイタリアンな雰囲気がする。インカカーフと呼ばれるグレインレザーにアンティーク仕上げとノルヴェのツインステッチが人目を引くが、紐を結ぶと外羽根が微かな隙間を残して綺麗に閉じるあたりは誂えならでは、既成だとこうはいかなかっただろう。


コーディネートはGTAのパンツ。ソックスはチャコールグレーでパンツの色目に合わせているが、靴はパンツからイエローの格子を拾って合わせている。ソックスは①パンツの色に合わせる②パンツやスーツのチェックの中の色を拾う③差し色として履く、の3パターンからいずれかを選択するとあまり悩まずに済む。


10) スキンステッチの誂えローファー

2)のハーロウを茶/白のコンビでとクレバリーにオーダーしたのがこの靴。ウインザー公の靴を再現したくてオーダーしたものだ。勿論つま先はスキンステッチでエプロン部分はドーバー譲り。ロンドンタンのカーフにホワイトバックスを乗せたスペクテイターは夏の日差しでもカーフ素材のように光を反射させないので落ち着いた足元になる。やはりコンビ靴を作るならホワイトバックスが一押しか…


コーディネートの方はブルックスブラザーズのコードレーンパンツをイン。上は夏らしくスメドレーのシーアイランドコットンポロを軽く羽織って合わせたい。


11) 誂えたスキンステッチのある靴

いつの間にか8足に増えていたスキンステッチのある靴…ストラップブーツ(フォスターサン)から時計回りにスペクテイター(クレバリー)、フルサドルローファー(フォスターサン)、ノルウィージャンエプロンダービー(フォスターサン)、バイカラーエプロンダービー(ジョンロブロンドン)、グレインカーフエプロンダービー(ジョージクレバリー)、ノルウィージャンエプロンダービー(サンクリスピン)、エプロンダービー(フォスターサン)…


スキンステッチ好き、ドーバー好きが改めてよくわかる。奇しくもロンドンのビスポークシューズ三名店ジョンロブ、フォスターサン、ジョージクレバリーの全てでスキンステッチのエプロンダービーをオーダーしていたことになる。


12)スキンステッチのある既成靴

一方の既成靴だがスキンステッチのある靴は全部で5足。エプロン部分を含めハンド率が高いからだろう、顔つきが誂え靴のように見えるから不思議だ。3時に位置するエドワードグリーンハーロウの上隣がハーロウのジョンロブ版、アシュリー…目下当ストアにも色違いで2足入荷している。6時に位置するのがJMウェストンのハントダービー、フランス版ドーバーだがこちらも新品未使用の在庫がある。是非履いてみて欲しい。


栗野さんのスキンステッチにまつわる話を聞いてから10年は経った頃だろうか、エドワードグリーンの工場を訪れてスキンステッチの工程を見学したことがある。そう大きくはない部屋だったが、その工程のためだけに一部屋用意されているところに、スキンステッチという作業への特別な配慮を感じたことを覚えている。


最近ではノーザンプトンの雄クロケットジョーンズもスキンステッチを行う職人を確保したようでドーバータイプの靴をリリースしている。テクノロジーの進化でほとんどの手縫い作業が機械化された今、時代に逆行するようにスキンステッチというハンドワークの工程を守り育て、製品化する姿勢にクロケットジョーンズの企業精神を感じた。暗い影を落とす新型肺炎を人類が克服したら真っ先にノーザンプトンを再訪して職人の仕事ぶりを見つつ、靴の一足でも購入したい…そんなことを考えている。


by Jun@RoomStaff