Master Craftsmanship | Room Style Store

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2020/10/19 10:04


上の写真を見ておやっ?と思われただろうか。靴紐代わりの太紐や屋外のショットに映り込む背景の色合い…実は完成したてのブーツを記録用に撮った一枚で、当然ながら撮影者は自分ではなく靴の作り手になる。撮影者の名はジムマコーマック、英国靴業界屈指のアウトワーカーとしてその名はつとに有名である。


彼は自身のインスタグラムでこの写真を撮影した時の心情を”a labor of love”即ち「愛の仕事=金銭的、物理的な報酬を目的とせず、人や自分のための喜びにつながる仕事」だったとコメントしている。第一人者でありながら謙虚な中に職人魂を感じさせる言葉ではないか。誂え靴の醍醐味はこうした名工の技を味わうことができること…正に至福のひと時とも言える。


そこで今回はフォスター&サン全ての靴を手がけたジム(以下マコーマックを省略)を中心にmaster craftsmanship(匠の技)に触れてみたいと思う。


1) 記念すべき1足目

ジムの靴との出会いはジャーミンStのフォスター&サンで靴を誂えたことに遡る。2002年、当時まだ現役だった英国誂え靴業界の匠テリームーア氏による採寸と完成したラストに合うアウトワーカーとして選ばれたのが同じ匠のジムだった。仮縫いを経て3度目の訪問で手にした1足目は当時流行りのベルルッティを凌ぐパティーヌに加え、底付けの美しさも群を抜いていた。帰国後友人の「クラシコイタリア」著者、深野一朗氏に見せたところいたく感動してついには彼自身も顧客になったことが昨日のようだ。


2) 理想的なセミブローグ

1足目で微調整したので2足目は仮縫いなしでデリバリー。当時は東京での受注会もなく足繁くロンドンに通ったが、お陰で日本人の女性靴職人松田笑子さんと知己を得た。「テリーは男らしいスクエアウエストのフルブローグが好き」と聞き、ブローグの靴を多く注文したことも良き思い出だ。松田さんは徐々に店の采配を振るうようになり、私の靴も全てジムに底付を依頼するようになっていった。


3) ナビーカットを注文する

3足目は再びフルブローグをナビーカット(Navvy Cut=外羽根の意)で注文。テリーのイメージとは違うベヴェルドウエストの洒落た一足が完成したがアーチ部分やウエスト部分、ウェルトやヒールリフトなど仕上げの丁寧さは前の2足同様、靴そのものにスタイルがあることに気付いた。3足ともジムの仕事だから当たり前なのだが、オーダー数の多いジョージクレバリーだとそうはいかない。その時々で空きのあるアウトワーカーに底付けを依頼するため靴毎に仕上がりが異ってくる。


4) シンプルな靴


フォスターに出入りしていた頃は黒靴が日常だったこともあり、4足目に再び黒靴をフォスター初のサイドエラスティックで注文した。ジョージクレバリーが得意とするデザインを他のメゾンで試したということになる。プレーンなデザインにトウの穴飾りだけのシンプルなモデルを選び、穴飾りをラムズホーンに替えてオーダーしたのが上の靴。ジムの完璧な仕事ぶりに感心していたらある時そっくりな靴を日本のメディアで見かけた。「おやジムの靴かな?」と思ったらそれが福田洋平氏の靴だった。白金台のとある店で注文を取り始めたばかりらしくメールでやりとりしたことが思い出される。


5) コンビ靴を注文する

フォスター&サンの靴のサンプルで最も目を引くのが茶/白のスペクテイター。既にクレバリーでオーダーしていたのでデザインはそのまま茶&茶のコンビでお願いしたのが上の靴だ。日本でのトランクショウを軌道に乗せ、実直な仕事ぶりでフォスター&サンのオーダーも増え、松田さんの存在も際立つようになっていった。アウトワーカーは引き続きジムを指名しつつ細部は松田さんとビスポークする機会が増え、フォスター&サン、松田笑子、ジムマコーマックという3枚看板の下、素晴らしい靴が次々と生み出されたのもこの頃からだ。


6) 手仕事を盛り込む


満を持して一番好きなデザインの靴、スプリットトウ(ドーバータイプ)をオーダーしたのが6足目。松田さんのとのやりとりではまず素材に拘りインパラの革をチョイス。グレインレザーながら柔らかさは折り紙付きで、こちらの気に入るものを提案する松田さんのセンスが光った。以前も書いたが外羽根のレースステイ横やヒールシームなどスキンステッチを駆使したアッパーの縫製も素晴らしく、底付職人のジム同様、クロージングも匠に依頼していたことを後で聞いた。


7) メダリオンをデザインする

松田さんとはメールを通じてのやり取りが多かったが、この靴ではつま先にさそり座生まれということでスコーピオンをデザインすることにした。まず原画を松田さんに渡しメダリオン作りを依頼。最初は丸穴のみのデザインでは「サソリに見えない…」とのことで、ひし形の穴開け具を使ってサソリの形をものにした後、実際に革の切れ端に打ち込み画像で確認。キャップ部分に対して斜めにサソリを配することでバランスも解決し、いよいよ靴作りに取り掛かった。ところが暫くしてロンドンから連絡が入った。なんと「つり込み途中でひし形のメダリオン部分から革が裂けてしまい片足のみ作り直し」とのこと…名人のジムでも時にはあるようで如何にも手縫い靴らしいエピソードだと思った。それともう一つ、この靴で初めてシームレスヒールを依頼している。なんでも「テリーがシームレスを好まない…」とのことだったが、松田さんが押し切ったようだ。


8) フィリップを凌ぐ黒靴を…

セミフォーマルな靴用にジョンロブパリの既成靴フィリップを参考にオーダーしたもの。テリームーア氏によるラストを基にラウンドトウの木型を新たに興したのは松田さん…エッグトウの如何にも英国靴らし仕上がりとなった。革はワインハイマーだが磨くと黒光りする様はカールフロイデンベルグに近い。ジムの底付けはラウンドになっても冴え渡り、一人の靴職人が自分の履く靴を作り続ける喜びを満喫した。前作でシームレスヒールを試していることもあってこの靴では難なくシームレスヒールを仕様に加え完成…真にフィリップを凌ぐパンチキャップトウが完成したことになる。


9) スプリットトウを再注文

ここまでベヴェルドウェストの靴ばかり注文してきたが初のスクエアウェストをオーダーしたのがこの靴。しかもロンドンの靴業界ではあまり例のないノルウィージャン製法ということでジムは底付け前に練習をしてから仕事に臨んだそうだ。ハンドウェルト靴の場合「掬い縫い」は外に見えないが、ノルウィージャン製法は「掬い縫い」がアッパーの下縁に出てくるため、ピッチを揃えて縫うのに神経を集中する必要がある。ジムは苦労したと思うがこの注文が後にトップ写真のブーツに繋がっていくことになる。


10) レイジーマンを注文する

10足目は久々の黒靴。再びフルブローグに戻ってはいるが紐靴ではなくサイドエラスティックのレイジーマンをチョイス。Wのウィング部分はイミテーションになるので不自然な皺も寄らず快適な履き心地が味わえる。革を重ねたストロングタイプのフルブローグ(オーソドックスな紐のタイプ)を履くより柔らかなフィット感を得られる分個人的にはお薦めだ。それにしてもベヴェルドウェストやヒールリフトへの繋がりなどジムの仕事ぶりは相変わらず素晴らしくて文句のつけようがない。


11) ローファーを試す

フォスター&サンで初のローファーは松田さん採寸による新たなカジュアルラストでスタートした。ライトアングルモカとスプリットトウを加えながらもフォスターのサンプルを基本に完成させたものだ。ただしこのフルサドルが中々の曲者で、ヴァンプが長い分脱ぎ履きがきつい。怠け者を意味するローファーのはずが、毎回律儀に靴ベラで力を入れないと履くのが難しく、脱ぐ時も難儀する。ローファーということでスクエアウェストにしたが既に9足目のノルウィージャンスプリットで経験のあるジムらしくいつものように仕上げてきた。


11) ローファーを試す(その2)

ローファーながらシームレスに見えるよう靴の内側ヒールシームをずらしスキンステッチでつなぐ…こんな我儘も松田さんのディレクションならば完璧、安心して完成を待てる。松田さんの力量とそれを支えるクローザーやボトムメーカーがお互いの領域を完璧にこなすことで生まれるハーモニー…簡単そうに思えてそこまで誂え靴を高めるのは中々容易ではない。今ならば海外の靴メーカーよりも日本の靴職人にお願いした方が味わえるのではないだろうか…そんな風にも思える。


12) 究極のブーツを誂える


松田さんがフォスターとしてかかわった最後の作品。まさにジムが完成後記念に外で撮影したページトップのブーツだ。9足目のノルウェジアンよりもさらに困難な①アッパーのステッチ、②インソールと繋ぐステッチ、③アウトソールを縫い付けるステッチのトリプルステッチが靴の周りに並ぶことで、気の抜けない作業の連続になる。完成した時に写真を撮りたくなるのも分かるほどの素晴らしい出来栄えだ。匠の技を駆使したジムの心意気に拍手を送りたい。


13) フォスターの思い出…その1

まだ今ほどデジカメの性能が良くなかった頃の写真だが記念すべきフォスターでの採寸。テリームーア氏の職人らしい手とビスポークではないがよく磨き込まれたプレーントウにテリーの人となりがよく表れている。履いていったクレバリーの靴の中を見て「少し小指が当たっているようだ…履き心地はどうだい?」あるいは「誰が注文を受けたのか?」と聞くなどフォスターを辞めたポールデイヴィスが在籍していたクレバリーのことを色々聞いたことが蘇る。


14) フォスターの思い出…その2

こちらがオーダーシート。たったこれだけでどんな木型が出来上がるのか?と思うが出来上がった靴の履き心地は極上、ロングノーズを少し削った2足目からはパーフェクトだった。ロンドン靴業界にこの人ありといわれた匠のテリームーア氏ならではの仕上がりも引退した今となっては味わえないのが残念。会ったのは1度だけだったが忘れられない思い出として今も数枚の写真と共に記憶に残っている。

秋に入り、新型コロナ感染拡大の第2波が欧州に押し寄せている。ロンドンも拡大傾向が顕著になり、対面での話し合いを重視するビスポーク業界の苦境は相当なもののようだ。フォスター&サンも例外ではなくしばらく前に松田笑子さんは離職、トランクショウもなくなり、既成靴を作る工場も閉鎖したとのこと。オンラインで在庫を売る状況が続くものの10月いっぱいでジャーミンStの店をクローズするといううわさ話まで聞こえてくる。

日本ではアビガンがコロナウィルスの治療薬として認可されるとの報道もあるが、ワクチンは抗体が数か月で消えるというレポートもあり、かつての日常が戻ることはないと言われている。今回のコロナ禍はビスポーク業界の終わりの始まりになる可能性を指摘する声もあるが、応援を兼ねてここでジョンロブロンドンにオンラインでビスポーク靴を2足オーダーした。フォスターからジョンロブに替わっても底付けはジムマコーマック氏に依頼したのは言うまでもない。アウトワーカーを含めたビスポーク業界をサポートするには既にマイラストのある顧客がパトロンとなってオーダーするしかない…のではないかと思う。

by Jun