サンクリスピンの実力 | Room Style Store

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2020/12/12 21:44

新型コロナウィルスの影響で世界的に①リモート化によるオフィスウェアの需要減②代わりにEC経由のリビングウェア売上増③こうしたオンライン主体のライフスタイル定着により店舗の縮小が一層進む…とのこと。サビルロウでは「第二次世界大戦の時でもこれほどひどくなかった」と言う声さえ聞こえる。

サビルロウに限らず対面活動を重視するビスポーク業界は非常事態。中でもジョンロブロンドンのように既製品を持たない店は特に厳しいことが予想される。先日応援の意味を込めてロンドンのジョンロブに靴を2足注文したが感染拡大でショップは再閉鎖、靴の製作は進んでいないようだ。

ならば既成品が主力のサンクリピンにと急遽コンタクトを取り、マイラストがある強みを生かしてSNSを活用したビスポークに挑戦してみることにした。(扉は今回の靴)

〜モックアップ編〜
(1) 予期せぬ小荷物…
サンクリスピンの代表フィリップカーにコンタクトしたのが10月半ば、イメージ(写真)を何枚か送り「オーダーできるか?」聞いたところ快く受けてくれた。メールによる注文は今回で3回目、向こうもよく覚えていて「2005年と2012年に注文している」とのこと。今回はラスト修正を要望したので急遽(気を利かせて)トライアルシューズを用意したようで、2週間後にはトライアルシューズが届いた。

(2) トライアルシューズ(その1)
前2回はストレートスルーだったが今回はサンクリスピン初のモックアップ…ジョンロブパリやフォスター&サン、ペルティコーネでも経験したが、モックアップによるトライアルフィッティングはワクワクする。箱を開けると包装紙にくるまれたお試し靴が…ブーツの注文だが中に入っているのは勿論短靴だ。

(3) トライアルシューズ(その2)

包みをはがすとトライアル専用の革でできたストレートキャップが出てきた。確かめるべきはつま先のシェイプ。従来のソフトスクエアからクラシックラウンドに変更したことによる「トゥの雰囲気を確認する」…といったニュアンスか。それでも事前にモックアップを用意するところにサンクリスピンの本気度を見た。


(4) トライオン…
ラウンドトゥはスクエアトゥよりつま先が細くなる分「小指の当たり…」が心配だったが問題なし。綺麗に仕上がったクラシックトゥに期待も膨らむ。内羽根式のアイレットが僅かに開く様は元のラストが上手くできている証拠。ボンディング(接着)されたソールに色を塗ればそのまま焦げ茶のストレートチップとして玄関に並べても違和感ないだろう。


(5) 靴底の様子…

出来合えのヒールリフトを装着したソールもトライアルシューズではよくあること…最近はモックアップ=トライアルシューズでフィッティングの精度を高めるメーカーも多い。顧客からはトライアルシューズの出来栄えの良さに「そのまま履きたい…」という声も出るほどだ。このサンクリスピンのモックアップもこのまま捨てるには惜しい気がする。

〜本番編〜
(6) オーダー靴の到着
セルフフィッティング後「トウシェイプ、フィッティング共に良好…」とフィードバックしたら「直ちに本番用の靴の製作に入る。完成まで約6週間かかる」との返事が…。航空便数が減っているにも関わらず予定より1週間遅れで我が家に待望のブーツが到着した。

(7) 箱を開ける
箱はブーツということで前回より大きい。蓋を取ると大きなシューバッグに入ったブーツが出てきた。因みにオーダー価格は21万円強、トライアル用と本番にそれぞれの送料が含まれてるので極めてリーズナブルといえよう。関税は靴の約18%分なので3万円前半をその場で配達員に支払い(領収書は箱についている)靴と引き換えということになる。

(8) アッパーの雰囲気
サンクリスピンのHPには革見本が載っている。サイトの中で気になったコンビ靴がCRU606-RUS075と記されていたので調べたところCRUはCRUST CALF(手染め)カーフを意味し、その606番(ミディアムブラウン)、一方RUSはRUSSIAN CALF(ホーウィン社のハッチグレイン)を意味し、その075番(ブラウン)を意味するらしい。写真は実際のコンビだが、サイトの見本より更に素晴らしい。

(9) 靴の全体
靴の全体写真。やや大ぶりなラウンドトゥに外羽根のエプロンダービースタイルはお気にいりのデザイン。既成のパターンにはないワン&オンリーなブーツを完璧に仕上げるなどGenuine Handmade shoes(本物の手縫い靴)を標榜するサンクリスピンの実力が遺憾無く発揮された形だ。            


(10) ブーツのデザイン元との比較

右は今回のブーツのデザイン元EDELINE(エデリン)。シューズホリックさんのHPより借用したもので、90年代にイタリアのボノーラがジョンロブパリのOEMとして4型(フィリップ、マッタ、ドデッロ、エデリン)製作した中の1足になる。当時からボノーラの黒子的存在だったサンクリスピンに頼んだのもそんな背景がある。エデリンの方がややポインティなつま先とエプロンが小さいものの違いは殆どない。一方で今回のブーツは①フック②トリプルハンドステッチノルベ③バイカラー④ハーフミドルソール⑤メタルチップと特別仕様のオンパレード、ビスポークの醍醐味が詰まっている。



(11) 靴のフロント部分
エプロンやつま先、コバを走るノルヴェの証…手縫いステッチが密集するフロントこそこの靴の見どころ。市販のブーツでは味わえないオーラが感じられる。既にドレス用の紐靴は十分過ぎるほどあるが、こんな素敵なブーツならばまた注文したくなってしまう。


(12) アイレットとフック
フックなしのEDLINEからオプションで上3列をフックに変更したら残りは全て外鳩目になっていた。特に指定しなかったがフック付きならば外鳩目という暗黙のルールがあるのだろう。オプションの内訳は①ブーツ専用パターン126€②ラスト修正101€③ソールの厚み修正35€(後で説明)④ノルヴェハンドステッチ63€⑤メタルトゥチップ25€で小計350€、これにブーツ基本料金1103€、ツリー166€が加わり合計は1619€だった。



(13) ソールの厚み
こちらがソールの厚みを修正した結果。つま先からウェストにかけては10㎜の厚みでウェスト部分は8㎜にして靴の返りを良くしている。ロンドンの誂え靴屋に頼むとハーフミッド或いはハーフミドルソールという名前で説明してくれる。シングルアウトソールとインソールの間に前半分だけ2㎜の薄いソールを挟み込んで仕上げる手法だ。

(14) ソールの仕上がり

サンクリスピンは一時期ウエスト部分に木釘を用いていたが、最近はハンドウェルトによる仕上げに戻ったようだ。メタルチップは筋彫りのないフラットな表面が特徴、サンクリスピンの純正部品だろう。太めのプラスねじ4本で留めてしっかり留めているが、つま先を段差に引っ掛けて取れないよう注意しなくては…


(15) ブーツの左側
ノルベジェーゼの糸が幾重にも走る様は一件ラギットだが、ハーフミドルソールと低く流れるつま先のラインで意外とスマートに見える。ホーウィンのハッチグレインは本物のロシアンレインディアよりもハッチ模様が目立つので存在感がある。もう一方の手染めカーフがスムーズな分、見た目のインパクトも大きい。


(16) ブーツの右側
こちらはブーツを右側から見たところ。シューツリーを入れた状態で撮影しているがブーツ専用ではなく短靴用。専用ツリーがあるのか聞いてみたが「特に用意していない」ようだった。これから履き込むことでシャフト上部に皺が刻まれ、年輪のように靴の一部になるだろう。


(17) ヒール上部
ブーツ作りには履き口までの高さと周囲の採寸が必要。そこで直近のクレバリー製ブーツの高さと履き口を計測、巻き尺を添えた状態で撮影したものをデータとして送った。サンクリスピンではそれをもとにパターンを興して仕上げたようだ。完成品は高さも履き口も完璧で対面式ビスポークに負けない精度に驚いた。上の写真では踵のシームが内側にずれているのが見える。サンクリスピンお得意の手法だ。

(18) 仮縫靴との比較
あらためて仮縫いの靴と本番のブーツと比較してみた。左のトライアルシューズはコッペパンのように膨らんでいて不格好に見えるが、つま先に注目すれば仮縫い靴と本番のブーツどちらもよく似ている。昔はスクエアトゥばかり注文していたが、スクエアトゥが巷に溢れる今、ラウンドトウの朴訥さに惹かれている。

(19) ブーツを履く(その1)
ミリタリーチノと合わせてみたところ。外鳩目が効いていてなかなか良い雰囲気だ。もうひとロールすれば更にブーツの魅力度アップの写真が撮れるだろう。チノパンツはバズリクソンズのグラフィック(落書き)もの。ミリタリーは目下嵌っているアイテムの一つ。

(20) ブーツを履く(その2)
こちらはジーンズに合わせてブーツを履いてみたところ。短めのスリムフィットにブーツを合わせるとシャフトの上部まで見えるのでコンビネーションの魅力がグッと引き立つ。デニムはビッグジョンのアイビースリム。セルビッジデニムのテーパードは珍しい。

(21) ブーツを履く(その3)
こちらはブラックウォッチのドレスパンツに合わせてみたところ。中々良い雰囲気で、これならばグレーのフランネルパンツとの相性も期待できる。平紐を丸紐に替えればブーツらしくどっしりとした面持ちになりそうだ。

コロナウィルスによる新しい生活様式は人の移動が厳しく制限されたりマスク着用が必須だったりとストレスが溜まりやすい。それでもなんとか経済を回そうと各国では試行錯誤の毎日だと思う。マイラストを保管しているサンクリスピンでも仕事量は減っているかもしれない。そう思ってたかだか1足のブーツだが応援の気持ちを込めてオーダーを入れた。

サンクリスピン側もフィリップカーはもとよりアカウンタントやファクトリーの責任者から何度も連絡が入り様々なやり取りをした。対面ではないが人は繋がることで自己を再確認する。その結果黙々と靴作りに励み、以前にも増して素晴らしい靴が完成したのだろう。新しい日常が今後どのように変わろうとも、いつかまたサンクリスピンに靴を注文してみたいものだ。その時は「前回は新型コロナウィルスで大変だったけど…」なんて話題になるのかもしれない。

By Jun@RoomStaff