靴を誂える楽しみ | Room Style Store

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2021/02/02 10:52


雨の週末となった東京。久々に誂えた靴を古い順から手入れしてみた。一足毎にオーダーした時のことが蘇る。最初の頃はオンにもオフにも履ける「履き回しの効く靴」が殆どで究極の普通靴…と知人が言っていたとおり一見普通の靴と大差ないものが並ぶ。ところが段々と作風が変わり、次第に「履きたい靴」を注文していったことが順番に並べていくと手に取るように分かる。


こんな靴が履きたい…と具体的なイメージが膨らむ時は大抵①素材への拘り②デザインへの拘り③ディテールへの拘りのどれかが当てはまる。時には①から③までの合わせ技だったり全部盛りだったりということもあったはず。フィッターやアウトワーカーは大変だったろうが出来上がった靴はどれも傑作揃い…汎用性はないが靴を誂える楽しみは正にここにありとさえ思えたものだ。


そこで今回は靴を誂える楽しみについて思いつくままに記してみようと思う。


〜①素材にこだわる~

(1) エキゾチックレザー(その1)

レプタイルやヒッポ、クードゥーなど個性的な模様や独特の質感をもった革をエキゾチックレザーと呼び、カーフレザーのようにプレーンな質感の靴を見慣れた目には何とも新鮮に映る。ここがまずは誂え靴を楽しむファーストステップだ。写真の靴はインパラの革を使ったスプリットトゥ…靴屋に履いていくと「珍しい革ですね、モミ革ですか?」と聞かれ、そこから話が弾むことも多い。

Pants : Beams
Socks : Brooks Brothers
Shoes : Foster & Son

(2) エキゾチックレザー(その2)
インパラはアフリカのサバンナに集団で暮らす草食動物。シカのように細い体で草原を駆け回る。3メート以上飛び跳ねて走る姿を映像で見たことが一度はあるだろう。実際はウシ科に属し、鞣し革としての素質は十分。しかもしなやかで丈夫とくれば申し分なく、ローファーより快適な紐靴ができるのも納得できる。

(3) ロシアンレインディア…その1

ロシアンレインディアは1786年、英国のプリマス湾で沈没したデンマーク船カテリナ号に積まれていたトナカイの革を1973年に引き上げて再利用したもの。何しろ200年以上も前にロシアで鞣されデンマークの船で運ばれる途中、英国の湾で沈んだ革が現代に蘇るという複雑でユニークな歴史がその価値を高めている。靴に仕立てると外見は古びて見えるが、一度は検討するに値する素材に違いない。
Suit : Davies & Son
Socks : Brooks Brothers
Shoes : George Cleverley


(4) ロシアンレインディア…その2

写真のように菱形の模様がロシアンレインディアの特徴。このハッチパターンを再現すべく各タナリーは商品化を試みてきたが、現在は米国ホーウィン社によるハッチグレインか英国ベーカー社のロシアンカーフがその代表だ。本物がその古さゆえクラックや横一文字にヴァンプ部分で裂けるというトラブルの報告もある中、この2社による革を用いたビスポーク靴も注目を集めつつある。だがこの古びた佇まいは唯一無二であることは間違いない。


(5) ファブリック

素材に拘るならばビスポークスーツに使う生地を靴のアッパーに用いるという奥の手がある。生地はツィードが最適で、テイラーとシューメイカーが同じロンドンなら両者のやりとりは簡単、もしテイラーと靴屋が離れていてもテイラーで余分にカットした生地を靴屋に送るだけだ。ブーツやフルブローグなど切り返しがある靴ならば究極の素材選びとして試す価値がある。写真はスーツの共布で誂えたブーツを履いてみた写真…
Suit : Huntsman
Boots :  George Cleverley


〜②デザインにこだわる〜

(6) コンビ靴の注文


靴屋のサンプルに欲しいデザインがなかったら…?これが意外とよくある…寧ろサンプルが少ない店のほうが多いだろう。特に革のコンビは理想のひと組を自分で探すのが苦労するが楽しくもある。最初は職人のチョイスを参考に…慣れたらバンチから自分で組み合わせを決める。出来上がりは想像するしかないが、上手くいくと次もコンビでと癖になる魅力を秘めている。
Pants : Incotex
Socks : Uniqlo
Shoes : John Lobb London

(7) クリエーション

写真は当時新進気鋭のコルテ。店のサンプルはアバンギャルドなサンプルが多く、自分のイメージとは違っていた。そこで外羽根のコンビ靴を提案、ベースラストにデザイン線を書き込みクリストフが線を引き直すという作業を重ねてデザインを決め、仕上げたのが上の靴になる。注文時に履いていたクレバリーのモノグラムを見て「もう少し小さく…」と描いたイニシャルがこの靴のつま先に輝いている。
Pants : Brooks Brothers
Socks : Isetan Men's
Shoes : Corthay

(8) モックアップの活用
こちらも新進気鋭のシューメイカー吉本晴一氏率いるPerticoneのローファー。ローマが本拠地とあってイタリア人の好きなローファーが得意な吉本氏だが、今回アンラインドのローファーという難題にモックアップを活用してデザインを決めるという手法を取った。モックアップの利点は全体のプロポーションを見える形でデザインに落とし込めるところだろう。
Pants : G.T.A.
Loafer : Perticone

~③ディテールにこだわる~
(9) ステッチワーク

オーダーから完成まで約2年を要したブーツ。ウェルト周辺部のトリプルステッチがこのブーツの見せ場、イタリアのノルベと違いチェーンステッチではない分、職人の腕が如実に表れるところだと聞く。他にもエプロン部分やつま先のスプリットトゥに加え、モックアップを採用するなどデザインも職人と共に一から考えてきた。②デザインへの拘りと③ディテールへの拘りの合わせ技ブーツということになる。
Pants : G.T.A.
Boots : Foster & Son

(10) 匠の技を引き出す…その1

イタリアやフランスではなく、英国の靴屋に初めてノルウェジアン製法の靴をオーダーした記念すべき1足。上のブーツではトリプルステッチのウェルト周辺部が存在感を放っていたがこちらはダブルステッチと若干控えめ…それでも生成りのステッチが走るエプロン周りやつま先のスキンステッチなどディテール上の抜かりはない。職人が丹精込めて仕上げた靴らしいオーラが感じられる。
Pants : Polo Ralph Lauren.
Socks : Ralph lauren
Shoes : Foster & Son

(11) 匠の技を引き出す…その2

生成りの太い糸が正確にステッチを刻み、360度コバの周りを走る様は昔の革製登山靴を彷彿とさせる。ここに英国のマスタークラフツマンシップありという出来栄えだ。これならばエベレスト登頂のヒラリー卿が顧客だったという伝説の登山靴屋「ロバートロウリー」のブーツを再現することだって可能かもしれない。


(12) フルディテール…その1

コロナの影響でビスポーク靴業界は大打撃を受けている。足を直接採寸し木型を削るステップが不可欠なため新規の顧客は望めずリピーターの注文のみ受け付けている現状だ。マイラストのあるサンクリスピンはつま先のシェイプ変更にはモックアップシューズによるセルフフィッティングを、ディテールについては全てメールで受け付けるという対応を取った。
Jeans : RESOLUTE
Socks : Brooks Brothers
Boots : Saint Crispin's

(13) フルディテール…その2 

(9)で紹介したフォスター&サンのブーツに負けないくらい迫力のあるトリプルステッチや革のコンビネーション、ハーフミドルソールや廃版扱いとなった靴のデザインを蘇らせる試みなど①素材への拘り②デザインへの拘り③ディテールへの拘りが全部盛り込まれた靴の完成形がこのブーツの持ち味、非対面でもディテールを指定することで自分の思い通りの靴が出来上がる好例と言えよう。
Bag : Mansaw


この1年間でオーダーした靴は3足、いずれも木型があるので対面せず、ネット経由か送られてきた実物サンプルから素材をチョイスし、デザインやディテールをは全てメールかSNSで進めてきた。途中進行確認はしたものの、既に1足はデリバリーされ、残る2足は完成を待つのみのという現状だ。

今後コロナ禍が収束してもビスポーク靴業界はトランクショウのあり方を変えてくるかもしれない。新規の顧客のみ対面接待を行い、リピーターはリモートやオンラインによる受注が当たり前のようになるのではないだろうか。オーダーの度にトランクショウに顔を出していた頃が懐かしく、もう二度とあの雰囲気は戻らないのかも…そんな気持ちになった週末の靴磨きだった。

by Jun@RoomStaff