2021/03/21 07:55
春はもうすぐそこまで…どのスーツを着ようか迷っていると、昔読んだ雑誌の記事を思い出した。服飾評論家の遠山周平氏の執筆だったが、既成のスーツには1から6までのランクがあって、最もハンドワーク率の高いものをナンバー6と呼び、全行程の80%が手縫いとのこと。最上ランクとして英国のチェスターバリーの名が挙げられていた。
急遽クローゼットからチェスターバリーを選んで着てみると幅広のトラウザーズなど今風とは言えないが惚れ惚れする着心地は健在だ。改めてスーツのレートについて調べると、S.クロンプトン氏がパーマネントスタイルで取り上げていた。タイトルは「The 1-6 Suit Rating System」、ジョナサンクレイ氏とのインタビュー形式だが中々興味深い。
そこで今回はチェスターバリーのスーツを中心にスーツのレートについて触れてみようと思う。
(1) チェスターバリーのスーツ(その1)

如何にも英国調のチョークストライプスーツはチェスターバリー渾身の作。ラルフローレン肝入りの上級ライン"パープルレーベル"ならではの雰囲気がある。ジョナサンクレイによればビスポークスーツのレートはナンバー7、つまりチェスターバリーはビスポークレベルのすぐ下にランクされることになる。上の写真を見ても仕立て屋を凌ぐオーラさえ感じる。
Suit & Tie : Purple Label
Shirt : Polo Ralph Lauren
Shoes : Foster & Son / Bag : Hermes
(2) イングリッシュドレープ

チェスターバリーらしい肩から胸にかけての立体感は手縫いキャンバス芯の賜物、ナンバー6たる所以だ。これがハーフキャンバスではナンバー3に、接着芯ではナンバー1になる。ブリオーニがナンバー5だったのはhand-drawn collar(手断ちの襟)でなかったため、ダヴェンツァがナンバー5sだったのは上着の裏地の裾まつりが機械縫いだったからとのこと。芯地以外にもレートを決める要素が色々とあったようだ。
(3) 襟の作り

上襟裏側の通称ひげと呼ばれるものはチェスターバリーには見られない。むしろハンドメイドを謳うイタリアのファクトリーによく見られるものだ。だが、そういった目に見えるディテールではなく、先述したキャンバス芯をハンドワークで仕上げるといった目に見えない部分に手仕事を加えることがスーツのランクを上げることになる。ジョナサンクレイによればこのスーツレートシステムは今は廃れてしまったそうだ。
(4) チェスターバリーのスーツ(その2)

扉の写真のスーツがこちら。純英国調の2ボタンスタイルだが柔らかな襟の返りやウェストサプレッションなどサビルロウスーツ顔負けだ。こうしたハンドワークを駆使して作る既製服はもはや絶滅に近いようで、ジョナサンクレイはその理由に「品質の重要性はデザインに比べ低くなってきており、消費者の品質に対する知識も下がり、品質の低下を気に留めなくなったこと」を上げていた。
Suit / Tie Purple Label
Shirt : Brooks Brothers
Shoes : Foster & Son
(6) ペンシルストライプのスーツ

ストライプのスーツにどんなシャツを合わせるか…昔はロンドンに行くと白シャツを着ている人が少なかったことを覚えているが、最近はそのあたりも変わったようだ。キングスマンでも端正な白シャツをスーツに合わせていたのを思い出す。ここではカッタウェイの替わりにチェスターバリーの創始者アッカーマンに敬意を表して米国製のタブカラーを合わせてみた。
(7) 英国製のパープルレーベル

英国製のパープルレーベルはコレクターズアイテムになっているが、それもチェスターバリーの後ろ盾があってこそ。カゼインボタンや手縫いのボタンホールはサビルロウ同様、他にも手縫いのキャンバス芯や裏地の手処理など「如何に手を抜かないか」を既製服に落とし込んでいる。ナンバー6に到達するのが並大抵でないことがスーツを見ているとひしひしと伝わってくる。
(7) イタリアのナンバー6(アットリーニ)

ブリオーニもダヴェンツァもナンバー6の領域には到達していないとのこと。ならばとクローゼットを見渡すと現在のチェザーレではなくサルトリアアットリーニ時代のものがナンバー6に到達していそうだ。チャコールグレーの無地というイタリアらしからぬスーパー120'Sのコンサバ生地を使った一着はチェスターバリーと比べると柔らかな仕立てだが肩から胸にかけての美しさは決して負けていない。
Suit : Sartoria Attolini
Shirt : Micocci / Tie : E. Merinella
Shoes : Silvano Lattanzi
Bag : Peal &Co
(8) 片倒し縫い

イタリアの手縫いスーツ、特にナポリ仕立ては背中心や両脇、ダーツなどに片倒しで手縫いステッチが入る。もっとも最近はこの片倒しの工程を省いているようだが…写真のアットリーニも至るところに片倒しのステッチが入る。これだけで何時間もの作業時間が加わるものの、縫い目に表情を持たせる方法としてサルトリア(イタリア版サビルロウ)譲りのテクニックを既成服に落とし込んだことになる。
(9) アットリーニのボタン

左のスリーブボタンを見ると分かるが、アットリーニのボタンはすり鉢状の形が特徴、ボタンを留めた時に美しく見えるよう専用ボタンを用いているとのこと。チェスターバリーのカゼインボタンに対抗というわけでもなかろうが、日本に入ってきたころのサルトリアアットリーニはこのボタン以外にもパンツの直しを頼んだらあまりにも複雑で断られた…とか蘊蓄話や裏話が沢山あった。
(10) アントニオラピニョッラ

仕立て屋のアントニオラピニョッラが展開する既製服はサルト仕立てと全く同じ工程で作られる既製服。バイヤーも仕立て屋も「これが既製服なのか…」と言わしめる出来栄えだそうだ。ということはナンバー7に該当することになる。写真はスーパー120'sの生地(シャークスキン)を手縫いとアイロンワークで丁寧にいせ込み仕上げたもの。肩から首への「のぼり」のラインがなんとも美しい。
SUit : Antonio La Pignola
Shirt : Micocci / Tie: E. Marinella
Shoes : Edward Green / Bag : Dents
(11) ダブルステッチの妙

三つボタン段返りは一見アイビーリーガー風、ラペルもウェルトシームと思いきやダブルのハンドステッチ…ナポリ仕立ての典型だ。勿論段返り部分の第一ボタンホールは両側からボタン穴かがりを施すという正にテイラードと同じ手法で仕上げている。ナポリの縫い子(アウトワーカー)は自宅にミシンなどなく手縫いが当たり前、それがナポリ仕立てを支えてきたのだろう。
(12) フルハンドメイドの既製服

アームホールは前肩部分に隙間ができることで腕を動かしやすくすると同時に自然とドレープの効いたシルエットが着手の姿を美しく見せる。オメロピットと呼ばれるこの空間のおかげでクラシコイタリアの服は前肩体型の多い日本人によくフィットするのだとか…。残念ながらこれ一着のみで、その後アントニオラピニョッラに出会ったことはない…。
手縫い高級既製服の始まりは英国のクリューに既製服が中心のアメリカから来たサイモンアッカーマンが創業したチェスターバリーに端を発する。原宿にユナイテッドアローズが路面店を始めてオープンした時も重衣料の目玉の一つがチェスターバリーだった。開店してすぐ見に行ったことを思い出す。
だがチェスターバリーの素晴らしさを知ったのはパープルレーベルの力が大きい。サビルロウクオリティのスーツを自身のコレクションに加えたラルフローレンのセンスに脱帽するとともにその出来栄えに感動し、サビルロウへと自分を向かわせたきっかけにもなっている。
最近はチェスターバリーの名を聞くこともなく、パープルレーベルもセントアンドリュース(ナンバー6同等と言われた)から更にファクトリーを変えた。昔ながらの手縫いスーツはなくなり、スーツ自体過去のものになるかもしれない……
そんな話が真剣に話題になるほど今世界は激変している。
by Jun@RoomStaff