ノルウィージャン製法 | Room Style Store

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2021/05/02 16:39

インスタグラムをはじめとしたSNSにアップされる紳士靴や靴職人の作るドレスシューズは見ごたえがある。スタイリッシュでスマートなつま先やフィドルウェストのアーチ、ナイーブなピッチドヒールに張り出しの少ないウェルトなどどれも華やかだ。ただ今回のコロナ過でリモートワークが進みビジネスウエアの需要が減る中、ドレスシューズの今後は大いに気になる。

経済誌によればワークマンやモンベルなど特定の条件に特化したブランドは需要を伸ばしており、都会の密を避け余暇を過ごす流れの中で靴も週末やオフに特化したものが売れ筋だという。そこで今回は旧ブログに「ドレス靴はもう要らない」と書いてから7年、埃を被りがちなドレス靴を横目に足数を着実に増やし、既に12足と一大勢力になったノルウィージャン製法の靴に光を当ててみたい。

※写真はノルウィージャン製法の靴によるシューサークル。

(1) コレクション
1990年代中頃、手縫いステッチがコバの周りを走るノルベ(ノルウィージャン製法)がイタリアから入ると人気を博し、幾重にも重なる縫い目に魅了されてシルヴァノランッタンジやサントーニの靴を買ったことを思い出す。その後ブームは去るが2010年代にマルモラーダがノルベを復活、パープルレーベルのコレクションにも加わるなどその魅力が徐々に見直されつつある。期を同じくして馴染みの靴屋にノルべの靴をオーダーし始めたこともあって10年の経過とともに写真のようにコレクションも充実してきたところだ。

〜レディメイド編〜

(2) 初めの1足
1998年にローマの直営店で購入した初のノルウィージャン製法靴。ローマに入る前、ロンドンのクレバリーで注文した靴の価格が800£だったから、当時ラッタンジはビスポークを越えるレディメイドだったことになる。自身初のラッタンジであり、ノルべといえばチェーンステッチという印象がある中、敢えて控えめなトリプルステッチのセミブローグを迷わず購入したことがつい昨日のようだ。

(3) チェーンステッチ
そもそもノルウィージャン製法は登山靴やスキー靴など雪道を歩くための靴に用いられた製法、無骨な外観と安定感がある。日本では写真のようなチェーンステッチが主流のノルベだったが、チェーンステッチは見た目の力強さとは裏腹に、実際は装飾性が高かったとも聞く。それでも手縫い靴をアピールするには十分、加えて靴の外観を引き締める効果があった。尤もこの工程が入ることで靴の値段は高価にならざるを得ず、誂え靴より高価なシルヴァノラッタンジが生まれる原因となったのだろう。

(4) ノルべとヴェンティベーニャ
よく見ると上のラッタンジはノルべとヴェンティヴェーニャの合わせ技になっている。つま先から途中まではアッパーを袴状に広げ、チェーンステッチでインソールと縫い合わせるノルベだがアーチ部分から先はウェルトを用いたヴェンティベーニャ(ノルウィージャンウェルト)製法へと切り替わっている。一方下のマルモラーダは全周ノルベ。登山靴を街履きにリファインしたジャコメッティのセンスが光る


(5) アウトドアにて
街中でも履けるマルモラーダなれど出自が登山靴ゆえアウトドアに一番似合うのは言わずもがな。自然の多い場所にこそ相応しい。そもそも名前からしてイタリアアルプスのドロミテ山塊の最高峰なのだ。ただし本格的な登山靴はアッパーが2枚仕立て踵とつま先は3枚仕立てになっているのに対してマルモラーダは軽量な作りによって街履きを可能にしている。


(6) 東欧の雄サンクリスピン
写真は真正ノルウィージャン製法の靴。コバ周りを360°トリプルステッチが囲むタイプだ。アッパーをインソールと縫い合わせる第一(掬い縫)ステッチのすぐ下に平行してミッドソールにアッパーの端を縫い付ける第二ステッチが走り、更にその横にミッドソール(中板)とアウトソール(本底)をぬい合わせる第三ステッチが走る。一見して分かるようにウェルトがないのが特徴だ。

(7) 3本線の迫力
掬い縫いにあたる第一ステッチを装飾性の高いチェーンステッチではなくピッチの整ったプレーンなステッチで仕上げるのは綺麗に揃えるのが難しく、誤魔化しが効かない分職人の腕がものをいうらしい。中央のボノーラネームのみ既成だが上のブーツ(最新)も下のスプリットトゥ(前回作)もわざわざサンクリスピン代表フィリップカーに連絡を取って注文し、仕上げてもらったものだ。

(8) アウトドアにて(その2)
ルーマニアもトランシルヴァニア山脈が中央を東西に走り、ノルウィージャン製法の靴が似合う自然環境があると聞く。ローデングリーンのフランネルパンツにノルウィジャン製法のプレーントゥで麓の街を歩く紳士をイメージしてみた。フィドルウェストでピッチドヒールの洒落た靴とは真逆だが、田舎暮らしが多い自分には木立や土の道が似合う革靴こそ相応しい。

(9) アウトドアにて(その3)
こちらはノルウィージャン製法のスプリットトウ。地厚なウール+コットンのトラウザーズは頑丈で皺になりにくい生地が如何にもカントリースタイルらしい雰囲気を醸し出す。5月といえども冷たい風が吹くとカシミアのセーターを羽織って街まで出かける時の足元はいつもこんな風だ。アッパーがグレインレザーなので上のプレーントウよりさらに使いまわしが効くのが嬉しい。

(10) 孤高のハントダービー
現在既成靴で手に入れられるノルゥィージャン製法の靴と言えばハントダービーしかない。ハントの場合は第一ステッチでアッパーをインソールと縫い合わせ第二ステッチでアッパーの端+ミッドソール+アウトソールを一気に縫い合わせるダブルステッチになっている。トリプルステッチと違いアウトソール交換の際一度三層が離れるわけだがハントのアウトソール交換は気が遠くなるくらい先の話だろう。


〜ビスポーク編〜
上で述べたようにノルウィージャン製法の靴がハント以外既成靴では存在せず、サンクリスピンをはじめ図らずも英国ビスポークの老舗3件(ジョージクレバリー、フォスター&サン、ジョンロブロンドン)にオーダーを入れながら自分の履きたいと思う靴を具体的な形にしていった。

(11) ジムマコーマック
ジムマコーマックは長年自分のドレス靴を手掛けた底付け職人。クレバリーの担当がロブロンドンに移ったのを機にジョンロブでもアウトワーカーに指定した。フォスター&サン(上下)とジョンロブ(中央)という違いはあれど全て同じ職人の底付けになる。一番下が最初のノルウィージャン製法でハントダービー同様ダブルステッチ、中と上がサンクリスピン同様トリプルステッチのノルウィージャン製法。

(12) ジョンロブロンドン
同じトリプルステッチでもロブロンドンになるとどことなく気品が感じられるのは先入観だろうか。写真でも分かるが踝の骨(外側)が低い位置にあるのでそれを避けるべく履き口の外側は深くカットされている。こうした細部の仕様は初回の採寸時に申告するがオーダーを重ねていく中で度々伝えることをお勧めする。パターンを起こす際それを忘れてしまい履き口が踝に当たることがあるからだ。

(13) フォスター&サン
こちらがジムマコーマックによる初のノルウィージャン製法の靴。この靴を作るに当たってジムは事前にトレーニングしたということは旧のブログでもこのブログでも書いたと思うが、それほど長い間誰もこの製法を英国の靴屋にオーダーしなかったということになる。かつて英国のエベレスト遠征隊の登山靴を手掛けた時はこのノルウィージャン製法はもっとポピュラーなものだっただろうに…。

(14) ジョージクレバリー
こちらはジョージクレバリーに依頼したトリプルステッチの靴。どちらもハーフミッドソールにして反りをよくしている。クレバリーとの付き合いは20年以上、30足の靴を注文してきた歴史がある。上の2足はどちらも晩年のもの、特に上のブーツは30足目の記念すべきペアだ。スタイリッシュな靴を得意とするクレバリーだが無骨なブーツをオーダーしても素晴らしいものに仕上げるところは流石といえよう。

(15) ノルウィージャンとゴイサー
実はどちらもトリプルステッチだが、上のノルウィージャン製法に対して下はウェルトを挟んでいるのでノルウィージャンウェルト(ゴイサー)と呼ばれる製法になる。ウェルトが入るだけでコバ周りがすっきりとする半面、手縫いの証ともいえるステッチが見えにくくなる。ノルウィージャン製法とノルウィージャンウェルト製法は名前は近いが出来上がりや見た目は大きく違うのが分かるだろう。

コロナ過もあって海外に行くこともままならないが、ニュースではワクチンの接種によって感染拡大を防ぐ効果が確認されているとのこと。今後世界中で接種が進めば、事前にワクチンを接種しPCR検査で陰性証明を得た上で渡航が可能になる日もそう遠くない。再び対面式のコミュニケーションがノーマルになる日が来ればロンドンのジョンロブに行って仕掛かり中の靴を2足持って帰ることだってできる。

一方で持続可能な世界に向けてリモートワークは今後大いに進むだろう。冒頭でも書いたがドレス靴の需要は減り、週末用やアウトドアなど特定の場面に特化した靴がこれからもっと増えていくのではないかと思う。因みにロンドンのジョンロブにオーダーした靴はギリーブローグと黒のタッセルスリッポン。ノルウィージャン製法から新たに「こんな場面で履きたい」という思いに特化して選んだ靴だ。

早く手にして新たなコーディネートを考えたいところだが暫くはお預けというのが何とももどかしい。

by Jun@RoomStaff