黒靴の思い出 | Room Style Store

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2021/06/07 10:36

テレワークが推奨され、自宅や無料でWi-Fiに接続できる施設をオフィス代わりにする人が増えている。今自分もカフェに居るが、皆心得たもので冷房の効き過ぎに備えて長袖のシャツやカーディガンを羽織り、端末に向き合っている。その足元はスニーカー、残念ながら黒の革靴を履いている人は自分も含め皆無だ。


経済紙によると目下靴の売れ筋はスポーツシューズ、仕事用の革靴は苦戦を強いられているようで、大手のリーガル製靴は生産能力を削減すると発表、老舗の大塚製靴も輸入靴に押され足下は苦しいと新聞は伝えている。もはや暑苦しく、しかも堅苦しい黒の革靴は時代遅れなのだろうか…。


そこで今回は久々に手入れしながら、幾多の仕事場面で足元を支えてきた黒靴を中心に思い出や今後について考えてみようと思う。


(1) 黒靴の思い出30代で仕事が変わると海外で黒靴を買う機会が増えた。中でもロンドンは保守的な金融街シティを擁するだけあって良質な黒靴が手に入る。既成靴から誂え靴にステップアップしてもピカデリー界隈の老舗注文靴店で黒靴をオーダーするのも当然の成り行きだった。写真の黒靴は全部で13足、その多くがイギリス製だ。


(2) 同じようで違う
黒のストレートチップは紳士靴の基本だが退屈なデザインが苦手でつい穴飾りや切り返しを付け足すといつのまにかセミブローグになる。それでも全く同じにならないよう、アデレイドやバルモラルにしてみたりヒールカウンターを付けてみたりと毎回仕様を変えてオーダーし続けた。


(3) バルモラル
バルモラルと呼ばれる切り返しが履き口の下を一周するタイプはブローグに比べるとマイナーだ。トランクショウにお邪魔して他の顧客の仮縫い靴を拝見することもあるがオックスフォード系ばかり…久々に出してブログ掲載用にスーツと合わせてみたが、スパッツを上から履いたようなレトロなデザインが面白い。


(4)よく履く黒靴
黒靴の中で最も履いた4足がこちらだ。スーツからブレザースタイルまで全てカバーしてくれる。当時はあれもこれもとオーダーしたが、本当はこの4足で充分だったのかもしれない…ただそれも何足かオーダーして初めて気付く事、最初から厳選したワードローブを揃えるのは実に難しい。それにもし、4足だけしかオーダーしていなかったとしたら今頃もう一足とお代わりをしたくなっているかもしれない。


(5) 素材感
同じ黒でもカーフからグレインレザーに変えて、デザインを外羽根に変えるとカジュアルにも合わせ易い。2000年のオーダー後はあまり履かなかったスプリットトウだが最近はカジュアルパンツと素足風カバーソックスの組み合わせでちょくちょく履いている。お陰でつま先が大分減ったので今修理に出しているところだ。戻ってきたらブログでも紹介しようと思う。


(6) フルブローグ
穴飾りが目一杯のフルブローグも黒が一番似合う。シャープなつま先が仕立ての良いスーツをさらに格上げしてくれるドレスシューズの典型だ。こうしてみると黒靴はスーツやジャケットスタイル専用と割り切った方が良いのかもしれない。無理にカジュアルウェアと合わせようとするから悩むことになる…。


(7) メダリオンに凝る
メダリオンの違いを見てみよう。一番上はスコティッシュな「アザミ」、上から二番目はNYのオリバームーア風「バタフライ」。自分の好きなデザインをトウに入れるとオーダー時の思い出が鮮明に蘇る。下の2つは定番のトウデザイン。一番のお気に入りで特に思いつかない時は大抵このラムズホーンを選んでいた。


(8) フィレンツェの思い出
スーツはフィレンツェのセミナーラで、靴も同じフィレンツェに店舗があった頃のボノーラだ。足繁くフィレンツェに通っていた頃を思い出す。多分イタリア人ならネロ(黒)ではなくマローネ(茶)の靴を合わせるだろう。閉鎖的な毎日が続いているが、ワクチン接種が進み安心して海外旅行ができるようになったらまずはフィレンツェの老舗巡りをしてみたい。


(9) サイドエラスティック
仕事で脱ぎ履きの便利な靴といえばサイドエラスティック。履き心地は勿論一日中履いて足が浮腫んでもエラスティックが圧を逃してくれるし甲部分の皺も付きにくい。下段左の初クレバリーは生産中止の素材カールフロイデンベルグを使っているので皺もなく注文時と変わらない外見を保っている。もしカールフロイデンベルグ(特に黒は希少)に出会えたら是非1足サイドエラスティックで注文してみて欲しい


(10) ラストのシェイプ
こちらは左からフォスター、クレバリー、スピーゴラの順。どれもスクエアトウだが、右のスピーゴラが一番細く、クレバリーが1番広い。チゼルトウで靴好きを虜にしたクレバリーだが実はクラシックな靴作りが生きていて「出来るだけ履き手の足を小さく見せる」ようラストを削るのだという。こうして比べてみると確かに3足の中で一番全長が短い。


(11) 踵のフィッティング
こちらは靴を真横から見たところ。上二つはイギリス(ロンドン)で、下はイタリア(ミラノ)で誂えたもの。踵のカーブの違いに目が行く。大塚製靴の社員によればイギリスの靴は踵をヒールのカーブ(縦方向)で押さえるのに対してイタリアの靴は踵を左右(横方向)から締めるよう月型芯(スティフナー)で押さえるのだと聞いた。

(12)アイアンフラット
(11)の一番下、イタリアはミラノのメッシーナはガットの流れをくむ靴作りが特徴。なかでもフラットアイアンと呼ばれるつま先の返り(トウスプリング)が殆どないのがアイコンとなっている。この写真でもその様子が見て取れる。他にも黒靴以外はベヴェルドウェイストにしないなど頑固な一面があって自分の要望を入れるのに苦労したのが懐かしい。


(13) 既成の黒靴達
既成の黒靴も何足かある。上2足がチャーチズで下2足がエドワードグリーンだ。特に上のチャーチズは90年代前半のものでかなり年季が入っている。一方下のエドワードグリーンも左はMTOした#808ラストのウィグモア。右はロイドフットウェア別注のオールドチェルシーになる。どれもビスポークに負けない良い面構えに育ってきているがなかなか履く機会がないまま時は流れている。

(14) フォーマル靴
これ1足しかないが十分事足りているストレートチップ。元々慶弔時にしか履かないと決めているので登板回数もそう多くない。尤も1992年に購入して30年が経過しようとする中、さすがに履き口に大きなクラックが入ってきた。それでも生涯現役のままこの靴を履き続けることができるに違いない。


(15) ディプロマット
こちらは1995年正月NYのマディソン街にあるチャーチズブティックで購入したもの。こちらもクラックが大分入ってきている。思うに茶色の革より黒の革の方が全般的にクラックが入りやすいと思うのは気のせいだろうか。もっと古い茶靴が未だクラックも発生せず綺麗な表面を保っているのを見るとなぜか不思議に思えてくる。


(16) 番外編
扉写真の黒靴サークルに敢えて入れなかった黒アリゲーター素材のサイドエラスティック。元々モードっぽい服の足元をイメージして注文した完全な「遊び靴」だったからだ。思い切ってトムブラウン監修のブラックフリース(スーツ)と合わせ、差し色ソックスを挟んでみたが悪くない。緊急事態宣言が明けて会食ができるようになったら週末のお洒落服として試してみようと思っている。

生涯現役時代とは言うが永遠に「フルタイム」で働く訳にはいかない。徐々に仕事時間を減らしてやりたかったことを始める第3の人生に差し掛かればスーツを着る機会はどれくらいあるのだろうか…。既に一年の半分近くをネクタイなしで過ごす「クールビズ」に慣れてきている今、スーツを着る機会は今後もっと減るだろう。当然ながら黒靴を履く場面はそれ以上に少ないはずだ。

それでも黒靴をノータイで履くならばドレスカジュアルかカジュアルドレスか…どちらにしても小奇麗なアイテムとなら好相性だろう。だが信州の田舎暮らしに必須のワークウェアは最も黒靴と相性が悪い。コロナ過が収まり人との交流が再開されれば黒靴を履く場面も多少は増えようが、テレワークやクールビズが後退することはない以上大勢は変わらないだろう。

結局黒靴の行方は不透明なままだが、幸いここで息子が黒靴を履き始めた。まだ大学生だが将来譲ることができるかもしれない。手入れを怠らず数少ない黒靴の出番を大切にしていこうと思っている。

By Jun@Roomstaff