ジョンロブ | Room Style Store

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2021/08/09 20:12


靴好きならば知らぬものはないジョンロブ…5代目が切り盛りするこの老舗注文靴店は英王室を顧客にもつロイヤルワラントホルダーでもある。店構えは重厚、入るのには勇気が要る。なぜなら「注文する」意思が有ると思われるからだ。既成靴も扱うなら「I’m just looking.」と言えば何とかなるが、ジョンロブではその場で買えるものは革小物や靴ケア用品くらい…「靴クリームだけ買って店を出た。」なんて逸話もある。

昔初めてロンドンに行った時は自分もジョンロブの前で写真だけ撮った記憶がある。やがてクレバリーやフォスターサンなど同じロンドンの靴屋と懇意になってもジョンロブには縁がなかった。ところがクレバリーの担当ティームがジョンロブに移籍、ご祝儀に東京で靴を注文した勢いでコロナ禍の前年、ジョンロブ初訪問を果たした。思えば店前での記念撮影から30年が過ぎていたことになる。

その後はコロナの流行でロンドン行きもままならないが、昨年は応援を込めてオンラインで靴を注文、その靴が出来上がったとの知らせが届いた。そこで今回はジョンロブについて最新の靴を交えながらあれこれ書いてみようと思う。

(1) 複雑なジョンロブの現状
本家ジョンロブはロンドンの店舗のみ。今もファミリービジネスを維持している。その場で買えるアクセサリーもあるがメインは注文靴一本、写真に映る膨大な顧客のラストがその歴史を物語る。1902年にパリに支店を出したが1976年に撤退する際、エルメスが支店を買収(会社名はジョンロブSAS)したのが現在の混迷の始まり。ロンドンとパリにジョンロブという同じ名前で全く別の経営母体の靴屋が存在することになり、ジョンロブを名乗るならロンドンなのかパリなのか書き添える必要が出てきたのだ。


(2) マイラスト
そのジョンロブ本家を訪問すると真新しいマイラストを棚から出して記念撮影をしてくれた。案内するティームのホスピタリティが嬉しい。バカンス時ゆえジャケットのみというラフな服装で失礼したがティームは夏でも長袖のシャツにネクタイを締めてエプロン姿で対応してくれた。英王室のメンバーが不意に来ることもあるらしい。店の入り口から最初に見えるのが彼のワークスペースだけにティームが身嗜みに気を使うのも当然、ジョンロブの伝統と格式が垣間見える。


(3) JOHN LOBBの中敷
2つのロイヤルワラントが掲げられたジョンロブの中敷。本来「ジョンロブを履いている」と言えるのはこの中敷の靴を履いている場合のみで、それ以外のジョンロブはビスポークも既成靴も全て「ジョンロブパリの靴を履いている」というべきなのだ。だが実際はジョンロブと聞くとイメージするのはジョンロブパリの方が多いのだろう。インターネットで検索してもジョンロブパリの方が上位に来る現状がある。


(4) 最初の納品
1足目のノルウェジアンスプリットトウダービー。何度か当ブログでも紹介しているがデザインはジョンロブパリの既成靴を参考にしている。本家ジョンロブが作るとどうなるか確かめたくてオーダーしたが結果は期待以上、担当したティームの尽力に感謝したい。一年前、ジョンロブパリがジョンロブの名を思うままに使うことに対して本家ジョンロブがリーガルアクション(法的措置)を起こしたという記事がデイリーメールに載った。さもありなん、ジョンロブパリは今やパリの名を省いて堂々とジョンロブを名乗りインスタにもジョンロブの名でアカウントを持っている。本家は仕方なくジョンロブ1849のアカウント名でインスタに登録…これでは判官贔屓ではないが本家に肩入れしたくなる。


(5) 2足目の準備
2足目はカジュアルラストを新たに興してのタッセルローファー。ジョンロブにカールフロイデンベルグの黒革がまだあるとのことで急遽オーダーした。黒の紐靴は履く機会がないのでスリッポンにしたがカジュアル靴といえど黒はフォーマルな雰囲気が漂う。服を選ぶが敢えてチャレンジしてみた。写真の赤いパーツはライニング。左端の紐は編み紐用の材料。革からカットして揃えたものだろう。両者の間には巻いてタッセルにするパーツも2組見える。


(6) 2足目の釣り込み
モカ縫いと踵のフォクシングを終えたアッパーに編み紐とタッセルを付けたらライニング共々ラストへの釣り込み開始だ。丁寧なモカ縫いのステッチや整った編み紐はビスポークならでは…。ティームはコードバンで同じ型の靴をクレバリー時代に手がけた経験がある。コロナ禍で再メジャリングは不可能だしジョンロブなので仮縫いもないがきっとフィットする1足になると期待している。


(7) 2足目の仕上がり

完成した2足目のタッセルローファー。ジョンロブというと足の形に優しく例えは悪いが丸みを帯びた靴が多い気がしたが、クレバリーで鍛えられたティームはそんなジョンロブに新しい風を吹き込んでいると思う。日本の一顧客が北欧出身のティームを通じてロックダウン中のジョンロブに靴をオーダーする。国を超えたものづくりに感謝したい。最後の難関はこの靴をどうカジュアルに履くか…コロナ後にロンドンで受け取ったらついでに合いそうな服でも買って帰ろうか…そんなことを考えている。


(8) 新しい木型2足目のタッセルローファーを作る際、ティームは「今までのラストではなくカジュアル専用のラストを作る」と言っていた。こちらが新しくラストを興している写真。奥に見えるのが1足目のラストで手前がラフターン(荒削りのラスト)。これからカジュアル用にやや小さく作っていくことになる。驚いたのは3足目のギリーもこのカジュアル用のラストで釣り込んでいたことだ。恐らく1足目のラストはつま先がローファーのような垂直に切り立ったシェイプだったからだろう…。


(9) 3足目…リブ興し

自分の靴を一番作っているアウトワーカーがジムマコーマックであることをティームに伝え、ティームはジムに仕事を任せたようだ。ここから制作途中の写真は全てジムが底付の最中に要所要所を撮影した記録写真を載せている。写真は木型に釘で留めたインソールにリブを興し、掬い縫いの穴を開けたところ。これからアッパーを釣り込みウエルトを縫う前の状態だ。


(10) 3足目…ライニングの釣り込み
まずは厚めのライニングを木型に留めているところ。ウエストエンドのビスポークメーカーからアウトワーカーとしての仕事を受けつつ後進の指導など精力的に仕事をこなしているジムマコーマックはフォスター&サンから数えてこの靴で15足目になる。次回ロンドンに行ったら本人にお礼を言いたいくらいだ。


(11) 3足目…ウエルトの縫い始め
釣り込みが終わってウエルトを縫い始めたところ。これから縫い進める方向に沿って釘を抜きながら掬い縫いを進めていく最初のスタートになる。ジムの仕事ぶりは英国ビスポーク業界ではつとに有名なようでインスタのアカウントを見ても固定ファンや同業の靴職人とのコメントのやりとりが盛んに行われている。


(12) 3足目…掬い縫い(中頃)
縫い進めてつま先に近づいたところ。つま先はキャップを被せた状態なので革が二重になっている。特に力を入れてライニングとキャップの内革、アッパーの3層を抜い合わせる必要がある。以前フォスター&サンで仮縫い状態のキャップトウを見たが隙間なく3層の革が重なっているのに感心したものだ。英国を代表するアウトワーカーという評判は一朝一夕ではできないもの、真摯な靴作りがジムの真骨頂なのだろう。


(13) 3足目…掬い縫い(終了)
掬い縫いが完了したところ。表側からは決して見えない職人の腕前が分かる写真だ。整った掬い縫いのステッチや均一に釣り込まれて綺麗に皺の寄ったつま先、全ては経験の成せる技なのだろう。一足の値段が既成靴とは大きく異なるのも納得する職人の精緻な技がここにある。


(14) 3足目…釣り込みの完成
ようやく姿形を現したジョンロブの3足目。ギリーのつま先にはWの形のフルブローグより写真のようなクレセントブローグが似合うと思う。パターンを引いたティームもクレバリーの古いギリーシューズのサンプルを引き合いに出しながら賛同、メールのやりとりを繰り返して本来のビスポークセッションに近い意思の疎通を図った。


(15) 3足目の完成品
ジョンロブのワークショップにて撮影した完成品のギリー。こちらはジムではなくワークショップのスタッフによるもの。左隅のキルトとタッセルはウェストンのゴルフ同様デタッチャブルにしたのでギリーとキルティクレセントブローグの両方を楽しめる作りになっている。


ファミリービジネスのジョンロブとエルメス資本のジョンロブパリとでは注文靴一本と既成靴メインという違いがある。顧客の層も古くからの馴染み客と比較的新しい客がメインという違いもあるだろう。肝心のビスポークについても仮縫いなしとモックアップによる仮縫い付きという明確な違いがある。


既成靴に関してはクロケットジョーンズに依頼していた80年代から自社工場による内製化に転じた90年代は本家ジョンロブの名に恥じない既成靴だったと思うが、旧エドワードグリーンの工場を買収して自社工場としたことで名ラスト#202の使用権をめぐりエドワードグリーン側と一悶着あるなどジョンロブパリの強引さが感じられたものだ。

ロブパリでビスポークに足を踏み入れ、ジョンロブでビスポークを卒業しようと考えている身としては「本家のジョンロブと後発のジョンロブパリ」の違いを明確に伝えることが役割の一つだと思っている。

by Jun@RoomStyleStore