2021/08/15 18:24
手持ちのスーツを見ると流行のものより「古臭く見えるな」と感じることがあるだろう。最近は軽くて薄い素材に短い着丈で作りの小さい『軽薄短小』なスーツやジャケットが主流だがクローゼットの中には丈夫な生地に厚めの芯地が入り着丈は長く適度なゆとりのある『重厚長大』な服ばかり並んでいる。ならばと流行のストレッチが効いたタイトスーツを着たとしても「板につかない」はずだ。そうしたスーツは若い世代にこそ似合うもの、体型に変化が生ずる年齢になったら寧ろ流行とは対極にある不変的なテイラードウェアを着こなす方がよほど似合うことに改めて気付くに違いない。
「男は40を過ぎたら自分の顔に責任を持て」といったのはリンカーン大統領だが、これは単にフェイス(顔)を指すだけでなく、自身の背景や肝心の顔を引き立たせるスーツやシャツ、ネクタイといった身嗜みなど全体のバランスが問われている…という社説が経済誌に載っていた。同様に「男は40を過ぎたら英国仕立ての服に辿り着く…」と言われるのも責任ある立場に相応しい服を着るべき…という教えなのだろう。不変的という言葉をクラシックと置き換えればイメージできるが、ゴージの位置や前ボタンの数は違えどクラシックなテイラードウェアはいつまでも色褪せないからだ。
そこで今回は今も手元に残るクラシックなスーツやジャケットの着こなしについて思いつくまま書き記してみようと思う。
扉は1990~2000年代に揃えたスーツ類
~長く着られるスーツのポイント~
①身体にフィットしていること
②芯地の入った立体的な作りであること
③好みの生地やデザインであること
※ビスポークスーツならばオーダーの段階で全てクリアできるが既製服は①の身体にフィットする事が重要なポイントになる。
① 1992年のスーツ
(1) グレーチョークストライプ

Suit : Polo Ralph Lauren
Shirt : Brooks Brothers
TIe : ETRO
② スーツの足元

ライトグレーのスーツに黒の紐靴では足元が重すぎる。お薦めはライトブラウンの靴、それもスーツの生地がフランネルならばスエードシューズを合わせたい。選んだ靴はジョージクレバリーのセミブローグ。タバコブラウンの色目が装い全体を柔らかい印象にしてくれる。パンツのワタリは22㎝と今時のものと比べると4㎝も太い。流行を少しだけ取り入れるならば裾幅を直すのもありだろうが上着とのバランスを考えると数㎝がリミットだろうか。
Shoes : George Cleverley
② 1993年のスーツ
(1) ダブルブレステッドの3ピース

こちらは日本のラルフローレンショップで購入したダブルの3ピーススーツ。如何にもラルフらしいネイビーのチョークストライプが特徴だ。日本の直しも中々のもので時間はかかるが袖丈や着丈、パンツの裾丈や胴囲など念入りに測ってフィットさせてくれる。Vゾーンから覗くラペルドヴェストの見え方など完璧。既製服とはいえそれなりの価格帯ならば細かな直しを入れるだけで仕立服のような見栄えになる。機械式腕時計が定期点検を行うことで長く愛用できるようにスーツやジャケットも体型の変化に合わせて直しを入れるべきだが、既製服の問題は「寸法が大きくなること」に限界がある点だ。
Suit : Polo Ralph Lauren
Shirt : Brooks Brothers
Tie : Paul Stuart
(2) スーツの足元

紡毛素材のフランネルスーツに起毛素材のスエードシューズ…ドレススタイルにカントリーアイテムを組み合わせるというブレイキングルールを実践したウィンザー公の代表的な組み合わせだ。こちらは①と同じジョージクレバリーのセミブローグだが素材がバックスキンなので起毛感がさらに際立つ。控えめなネクタイや白のポケットチーフなど全体的にトーンを落とした着こなしに一点捻りを加える鮮やかな色目のソックスを用意した。尤も座って足を組まない限り見えることもなさそうだが…
Shoes : George Cleverley
Socks : Brooks Brothers
③ 1995年のスーツ
(1) ツィードスーツ

今の時代では考えられないほど肉厚なハリスツィードで仕立てたスーツ。こちらもNYのマディソン街のラルフショップ(マンションと呼ばれるそうな…)で購入したスーツ。帰国前に中2日のクイック仕上げで直しを終えて帰国前日に手渡ししてくれたものだ。ビスポークと見紛うほどのウェストラインがこのスーツの最大の見どころ、デザインも前釦が5つも付くなどクラシックな作りだが古臭さは感じずむしろ最新のスーツのような斬新さもある。トレンドを引っ張るスーツメーカーではできないラルフならではの世界観がある既製服と言える。
Suit &T ie Polo Ralph Lauren
Shirt : Hackett
Hat : Paul Stuart
Pocket Square : Seaward Stearn
(2) ツィードスーツの足元

ヘビーツィードのスーツに合わせる靴はダブルソールのカントリー靴が鉄板。シングルソールでは重厚なスーツの雰囲気に負けてしまう。ここではクロケットのギリーブローグを合わせてみた。余談だがJ.M.ウェストンほどではないにせよクロケットのダブルソールはかなりヘビーだ。履き慣らす前につま先がすり減るのでメタルプレートをお薦めする。写真のようなクラシックなスタイルこそ年配の男性に似合うはず、若い男性が最新のスーツが似合うように年代に応じて似合うスーツがあるということか。
Shoes : Crockett & Jones
Socks : Ralph Lauren
④ 1997年のスーツ
(1) 海外のブティックでオーダー

ウーステッドのスーツはMTO。何型かあるスタイルと生地を特定の範囲から選び、採寸してパターンを補正し既製服のライン(工場)で仕上げるもの。自分に合った既製服といえばよいだろうか。ビスポークスーツとの違いはフルハンドメイドかファクトリーメイドかという部分。オーダーしたのは全世界で展開するエルメネジルドゼニア「ス・ミズーラ」システム。面白いことに中のヴェストだけは半分仕上げた状態でブティックに到着、最後のフィッティングでラペルからの見え方を調整して直した後納品されている。仮縫いなしと言いながらもこうしたフィッティングが必要になる場合もあるようだ。
Suit: Ermenegildo Zegna
Shirt : Brooks Brothers
Tie : Breuer
Pocket square : Paul Stuart
(2) スーツの足元

柔らかなフィット感が特徴のイタリア製スーツには底の硬いイタリアンウェルト靴より柔らかなエドワードグリーンの靴の方が合うと思う。1991年購入の旧エドワードグリーンは30年選手、そろそろクラックが入り始めているが立派に現役だ。チャコールグレーとチェスナッツアンティークの色合わせが気に入って登板回数も相変わらず多い。肝心のスーツの組下だがこのころになると少しずつ細身(とはいっても最近のスリムフィットパンツとは雲泥の差だが)になってきている。
Shoes:Edward Green
⑤ 1998年のスーツ
(1) 日本のブティックでオーダー

三度目のゼニア「ス・ミズーラ」は国内デパートのインショップでオーダー。この頃になるとクラシコイタリアが流行り始め、スタイルの中にナポリラインというのが登場している。こちらがそのラインを利用したMTOだが片伏せ縫いはショルダーラインのみと、コテコテのナポリスタイルとは違って味薄めのナポリスタイルだ。それでも袖の重ねボタンやコロッツォ色のボタンにクラシコイタリアの雰囲気を感じる。ウェストラインの美しさや本切羽の本開き袖など既製服とはいえ仕立服のような映えもある。
Suit : Ermenegildo Zegna
Shirt & Pocket square : Brooks Brothers
Tie : Paul Stuart
(2) スーツの足元

パンツの裾幅も定番の20㎝になり今時のクラシックなスーツに近づいてきた。この頃のクラシコイタリアのスーツならば袖を通した経験のある男性や自身のワードローブに似たようなものを揃えている男性も多いだろう。今のスーツよりも着丈は長く重い感じは依然としてあるが、パンツのラインはかなりすっきりとしてきている。一方靴はイタリアンクラシックのど真ん中。ミラノのメッシーナ特製のフルブローグを用意。インターナショナルなミラノスタイルとローカル色豊かなナポリスタイルの組み合わせも悪くない。
Shoes : Messina
⑥ ヴィンテージジャケットを着る(その1)
(1) 1980年代のジャケット

ブルックスブラザーズのオウンメイクのスペシャルオーダー版を古着で購入。元々従来のサックスタイルではなく英国調の胴絞りが強いシルエットのジャケットを更に日本のコーダ洋服工房に持ち込んでよりフィットするよう調整した一着。間もなく40年を迎えようという古着だが身体に合っていればいつまでも色褪せずに着られるという好例だろう。ビンテージウェアを購入したら直しに出すことをお薦めする。下のヴェストはハンツマンの3ピースから拝借、キャップはVAN。
Jacket & Shirt : Brooks Brothers
Pants : Red Fleece
Tie : Ralph Lauren
Cap : VAN
Vest : Huntsman
(2) ジャケットスタイルの足元

トラウザーズは同じブルックスのカジュアル版レッドフリースのカーゴパンツ…数少ないシングル仕上げの一本だ。靴は③と同じクロケットのダブルソール、ブルックスも別注しているコードバンのウイングチップでクロケットではペンブロークという名だったと思う。後ろに見える鞄も同じく英国製のブルックス傘下ピール&コーネームのドクターズバッグ、とテイストを揃えてみた。
⑦ヴィンテージジャケットを着る(その2)
(1)1980年代のジャケット

こちらも80年代のヴィンテージジャケット、ラルフローレンとNYの名デパート、ブルーミングデールとのダブルネームものだ。打ち込みの厚い細かなヘリンボーン柄はハリスツィードとは違う表情がある。ebayで購入したがやはりコーダ洋服工房で直しを入れてある。着丈はスーツより短め、かなり今の雰囲気に近いのではないだろうか。下に着込んだヴェストはロンドンのテイラー、ファーラン&ハーヴィーのビスポークスーツから拝借。ポールスチュアートのツィードキャップを被ればブランドロゴ「マンオンザフェンス(確かモデルはウインザー公だったと思う)」の雰囲気に近づきそうだ…。
Jacket, Shirt & Tie : Polo Ralph Lauren
Pants : Beams
Pocket square : Seaward Stearn
Vest : Fallan & Harvey
Cap : Paur Stuart
(2) ジャケットスタイルの足元(その2)

久しぶりに履いた起毛素材のダブルモンクストラップ。エドワードグリーン製のこの靴は1991年ロンドンの靴屋ワイルドスミスで購入したもの。既に30年が過ぎてヴィンテージの風格さえ出てきている。アッパーはスエードながら通常のカーフスエードではなくスタグ(雄鹿)を起毛させたもの。それをピールラスト(ブルックスラスト#192)に乗せて仕上げた1足でエドワードグリーンのカタログではウェストミンスターという名で呼ばれていたものだ。
Shoes : WildSmith by Edward Green
Socks : Brooks Brothers
(3) お直し時の密かな楽しみ

ポロのテイラードウェアは袖口に4つ釦が付くものの本来はボタンホールを模したステッチすら付かない開き見せ仕様。だがアメリカ製やイタリア製のものは切羽があるので本開きにすることも可能だ。それを知っていると直しに出す際、ボタンホールを開けて貰い注文服のようなディテールを追加することもできる。額縁仕上げで第1ボタンは下端から3.5㎝に…なんて細かな指示を出してもコーダ洋服工房はすんなり受け留めてくれるのが嬉しい。
ビスポークスーツもよく見れば20年前と今ではそれなりに違う。その時々の流行を多少なりとも取り入れているからだ。前ボタンの数やゴージライン、肩の作りやパンツのシルエットなどは微妙に異なるが仕立て上の黄金比やスーツを立体的にするために手間のかかるフルキャンバスで仕上げている点は昔も今も変わらない。既製服でも同じ手法で仕上げたものがあるが価格はそれなりになる。だが接着芯で仕上げた服が経年変化と共に立体感がなくなる(特にラペル周辺)のに対して仕立ての良い服は何十年経っても昔着た時と同じように立体的な衿元や胸元を提供してくれるのだ。となるとテイラードウェアの旬とは「どれだけ手間のかかる工程を経ているか」によって大きく変わることになる。
高いスーツなら良いか…というとそう単純ではない。某有名ブランドの上着に「皺を取ろう…」とうっかりスチームアイロンを当てたら接着芯が剥がれパッカリングを起こした事がある。残念ながらその上着は二度と立体的な衿元が戻らず早々とクローゼットから消え去った。ある程度の年齢になって長く着られるインベストメントクロージングを揃えようと思ったら大切なのは目に見える部分より寧ろ目に見えないスーツの内部なのだ。だからいったん投資に値する作りのスーツを見つけたらそのメーカーなりブランドは信頼して間違いない。よほどのことがない限りクオリティを下げて接着芯にするなんてことはしないはずだからだ。そんな服を揃えた店をもつことが投資するに値する服を揃える早道といえる。
昔アメリカの男性はharberdashery(ハバダッシュリー)と呼んで各々贔屓筋の紳士用品店を持っていたそうだ。閉店したルイスオブボストンや今も残るケーブルカークロージャーズなどがそうだったのだろうか…そんな行きつけの店でクラシックなテイラードウェアを揃えておけばいつでもほれぼれするような立体感のある服が手に入る。いざ身嗜みを整えて外出する時鏡を覗けば「男は40過ぎたら自分の顔に責任を持て」というリンカーン大統領の言葉が実感できるに違いない。
By Jun@RoomStyleStore