2022/10/15 07:34

ファーラン&ハービーでピーターと出会い定期的にオーダーをするようになって暫くした頃、袖裏のライニングについて聞いたことがある。ピーターは「キースも自分もハンツマン出身、袖裏のライニングはOne raceだからハンツマンのものを使っている…」と答えたことがあった。この場合のraceとは「仲間や同類」といった意味だろうか。
なるほどそれがサビルロウの伝統というものかと感心すると共に徒弟制度が残る英国仕立服の真髄に触れたくて「やはりサビルロウでスーツを作るか…」という気持ちがふつふつと沸き起こった。早速英国のテイラーに詳しい知人とメールで相談、アンダーソン&シェパードも候補に上がったが最終的にヘンリープールで注文することにした。
そこで今回はサビルロウ最古のテイラー「ヘンリープール」とのやりとりや晩年にハンツマンでオーダーした時のことを番外編としてまとめてみようと思う。
※扉写真はヘンリープールの店頭
《ヘンリープール》
(1) 2003年(1着目)

2001年から始まった英国仕立てへのチャレンジ。最初はオフサビルロウのファーラン&ハービーから始めたがいざサビルロウにトライ…となるとどの店にするか大いに迷うもの。日本と繋がりの多いヘンリープールに決めたが一見さんより誰かの紹介が良いのは当然、クレバリーに立ち寄ってグラスゴー(父親)と一緒にヘンリープールへと向かった。
(2) 生地選び

サビルロウテイラー初訪問ということでワクワクしながら店内へ。サイモンとアンガスのカンディ親子にヘッドカッターも揃っての出迎えに恐縮した。これもグラスゴー父の尽力のおかげだ。1着目から良いスーツが出来上がる予感がした。肝心のオーダーは①3-roll-2②チェンジポケット付③ラペルドウェストコートの3ピース、生地はスーパー120’sのバーズアイに決めた。
【参考資料①】
ラルフローレンのバーズアイスーツ

アランフラッサーのDRESSING THE MANのスーツコーナーに載っているラルフローレンの広告写真。この写真を見てバーズアイに決めていた。Mr.ローレンは明るめのバーズアイだがカッターのお勧めはチャコール。控えめな色を選ぶのがサビルロウ流か…。この写真を見るとカルティエのタンクアメリカンが欲しくなる。
(3) ワーキングカフ

オーダー時の細かなやり取り、例えば切羽は2&2(2つ本開きで2つ開き見せ)を指定し、ライニングはボルドーを選んだ。ヘンリープールのボタンは2つ穴が特徴。他のテイラーは大抵4つ穴だからヘンリープールを見分けるポイントの一つかもしれない。上着の腰ポケットとチェンジポケットはどちらも大ぶり、ファーラン&ハービーとはかなり違う。
(4) ネームタグ

胸ポケットの内側に着くエチケットとは別に首元の内側にヘンリープールのメーカータグが付く。なんでも一度着てしまえば誰にも見えない位置がこの場所だからとのこと。1970年代の古いスーツも同じ場所についている。因みに日本でライセンス生産していたヘンリープールは2012年7月で一旦終了したが三越伊勢丹が復活させているようだ。
(5) 焦茶の靴

グレースーツに焦げ茶の靴…ロンドンのシティじゃ有り得ないが自由の国アメリカなら話は違う。NYのポールスチュアートが強力にプッシュした組み合わせがこれだ。他にはライトグレーのスーツにブリティッシュタンの靴なんていう組み合わせも絶妙、かなり影響を受けた。スーツも靴も英国製なのに装いはアメリカン…アメトラ派としては真似したくなる。
(6) 2004年(2着目)

翌年2着目を注文。予め生地見本を送ってもらい本国で仮縫い状態まで仕立ててフィッティング、中1日で中縫いをした後完成したスーツがハンガーに掛かったまま大きな段ボールに入って到着した。写真を見てわかるようにヘンリープールのハウススタイルは丸みを帯びたシルエットが特徴。チャーチル首相の着姿が正にピッタリのイメージだ。
【参考資料②】
スーツ生地

スーツ生地はピック&ピック、日本ではシャークスキンと呼ばれる生地だ。Dittosによれば「代表的なスーツ生地で殆どの生地メーカーがコレクションに加えている」とのこと。写真はあちこちめくってポケット内側に見つけた生地の耳。ハリソンズオブエジンバラのプレミアクリュだと分かる。公式サイトから11オンスで330gm、スーパー100’s+カシミアと判明。
(7) 肩線と生地感

ヘンリープールの肩についてウールマークjpのニュースレターの中でサイモンカンディが「袖山は少し張り出すようにしてドレープが脇にくるようになっている」と説明している。実物を触るとたれ綿やパッドはしっかり入ってるわりに袖山の盛り上がりは少ないしナポリのアメ降らしよろしくクリースまで入っている。後年オーダーしたハンツマンよりぐっと控え目だ。
(8) ラペル裏のダーツ

胸板が厚い(いわゆる鳩胸)体型の場合はラペルが浮き気味になる。それを防ぐためにラペル裏にアゴぐせと呼ばれるダーツを入れる体型補正にの技があるそうだ。当時は肩や胸に余計な肉が付いていたのでダーツを切ったのだろうが今やすっかり胸板も落ちてしまった。試しに着てみるとラペルのロールや脇のドレープがやや目立ち気味か…。
(9) ウェストコートの見え方

ヘンリープールのウェストコートは一番下のボタンホールがオフセットされている。つまり最初から留めない仕様ということになる。またウェストコートに後付けされたラペルの形状は同じサビルロウのハンツマンやデイビス&サンと結構違う。ハウススタイルなのだろう。裏地はレーシンググリーン、ネイビーとの相性も悪くない。
(10) 靴を履く

ブルーのスーツに合う茶靴といえばバーガンディー。写真はブリーチした革に手作業でムラのあるバーガンディーに染め上げたアデレイド。フィレンツェのボノーラでビスポークしたものだ。英国のスーツに合うイタリア靴は中々ないが、このボノーラ(製造はサンクリスピン)は数少ない中の1足。工場は東欧だがデザインは英国を強く意識している。
(11) 2007年(3着目)

3着目は東京のトランクショウに出向き、生地決めと仮縫いで2回ホテルオークラを訪問した。選んだ生地は今は廃業した名門テイラー&ロッジのスーパー150’sだったと思う。生地決めの時の担当はジョンロブのビスポークを履いたスノッブなタイプ、反対に仮縫いは久々に再会のフィリップパーカー、彼は職人然とした古いタイプの代表だ。
(12) エチケット

胸ポケット内側に付くエチケット。2007年のオーダーでDJWは担当したカッターのイニシャルだろうか。ヘンリープールのスーツはいつも送って貰っていたが、この時は出来上がったばかりのスーツを着る必要があったので他のスーツと交換。後日ロンドンの店に立ち寄って交換したスーツをキャリーして帰国したことを思い出した。
(13) ラペル裏

胸に沿って綺麗に返るよう裏にダーツが入ったラペル。納品後に体型が変わったもののロンドンまで行く時間が取れず銀座の「サルト」で本格的な補正を入れた。①袖筒を細く②背中心と両脇から三方詰め③パンツの幅詰めなど多岐にわたったがラペルはそのまま。体型補正にかけたヘンリープールの技は今もラペル裏で健在だ。
(14) 3ボタンから2つボタンへ

3ツボタン段返りから2つボタンに変更した3着目。Vゾーンが深くなりラペルドウェストコートの見え方も違っている。前ボタンも3→2に変更したのに合わせてチェンジポケットもなし。今までで一番クリーンなスタイルじゃないだろうか。ファーラン&ハービーでは2ピースが多かったがヘンリープールは2ピースと値段がさほど違わないので結局3着とも全て3ピースでオーダーしている。
(15) スエード靴を履く

ストライプスーツ&バックスキンの組み合わせ。ウィンザー公はネイビーのチョークストライプにスエードのブローグだったようだがグレーと濃茶の相性も中々のものだ。スエードは通常牛革、一方バックススキンは牡鹿。革自体の柔らかさが違うので靴に仕立てた時の差は歴然としている。ビスポーク靴を経験済みだけど起毛素材は未だ…という人は意外と多い。
《ハンツマン》
(16) 2015年の注文

時は流れて2015年、デイビス&サンを退社したロバートから連絡が入り、移籍したハンツマンの東京トランクショウに顔を出した。「もうビジネススーツは要らないよ」と話したら「ツイードの3ピースは?」との提案に急遽注文。ハンツマン限定のツイード生地もあったがポーター&ハーディングのグレンロイヤルを選んでハンツマンのハウススタイルで仕立てて貰った。
【参考資料③】

エチケットには2015年09月のオーダーとあるが途中体重が減少したので中縫いを何度か繰り返して最終的に受け取ったのは2019年6月…。なんと4年近くかかったことになる。まあ素材がツイードなのでビジネス用にと焦る必要もなく、のんびり構えていたこともある。流石に担当したロバートもエチケットを見て時の流れに驚いていたようだ。
(17) ショルダー

構築的なショルダーはファーラン&ハービーやヘンリープールよりもはっきりと分かるもの。肩の縫い目はそれほど後ろにずれていないのが意外だったが袖山の盛り上がりはデイビス&サンのスーツというよりロバートの志向に近い。ナチュラルショルダーを着慣れていた自分にとっては何ともドラマチックな肩に思えた。
(18) Vゾーンと共布ネクタイ

ロバートはハンツマンのアジアでのトランクショウを拡大させるべくSNS等で盛んに情報発信を行っていた。せっかくなので協力しようと共布ネクタイ(写真のタイ)や共布ハンチング、ツイード生地を使ったクレバリーとのコラボブーツを追加した。その甲斐あってか知人がハンツマンでジャケットをオーダーするなど懐かしい思い出がある。
(19) 柄の交錯

ロバートが拘ったのが生地の柄合わせ。ガウントレットカフやスラントポケット、ウェストコートのラペルや背中心などかなり攻めたようだ。柄もの生地は柄合わせのため2割程度余分に生地を取ってから仕立てるらしい。特にウィンドーペーンのような大柄は前後から見た時きちんと左右対称かどうかで仕立て上がり全然違うという。
【参考資料④】
生地見本

テーラー渡辺もお薦めのポーター&ハーディングのグレンロイヤル。下から2番目が選んだ生地だ。青系統3色に茶系統3色の格子柄で地がグリーンという色数の多さが決め手になった。配色が多いほど色を拾ってコーデしやすくなる。Old Hatのオーダー会でもグレンロイヤルは一推しのようで、14ozで435gとは思えない肉厚感やハリとコシが特徴とのこと。
(20) カントリーシューズを合わせる

フォスターで誂えた初のカントリーシューズ。随所に手縫いの技が効いた1足でアッパーのクロージングもボトムメイキングもトップランクの職人が携わっている。ピスポーク靴というとスタイリッシュな内羽根靴に目が行きがちだが、ラギットな外羽根靴の方が結局は用途が多い。スーツを着る機会が減るこれから先は一足目から外羽根を注文するのもありだと思う。
ファーラン&ハービーからヘンリープール、デイビス&サンを経てハンツマンと仕立てるうちにクローゼットの中も限界に達した。最近はネクタイを締める機会もないので誂え服は卒業…のはずだったがハンツマンを独立したロバートベイリーが自身の名を冠したテイラーを設立。コロナ禍によるキャンセルを乗り越えて2022年の10月、3年ぶりの再来日を果たした。
旧知のロバートはダブル前のネイビースーツ姿、一国一城の主らしく貫禄たっぷりだ。彼の「ジャケットはどう?」の提案に早速「冬の信州用に厚手のツイードジャケットを…ベローズポケットやアクションプリーツ、バックベルトにエルボーパッチも付けて」などと妄想し始める自分がいた。ビスポークの醍醐味はオーダー前にあり…今久々にそれを味わっている。
1月の再会時にオーダー、その後は仮縫いに中縫い、納品が控えている。途中経過は追ってブログでお知らせしたい。
By Jun@Room Style Store