ローマの誂えシャツ屋 | Room Style Store

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2024/05/18 07:21


海外駐在先で行きつけだったショップの招きでジョンロブパリにビスポーク靴を注文したのが1996年。翌年に完成した靴を履いて日本へ里帰りした。行き先は当時日本でビスポークのパイオニア的存在だったビームスFだ。それまで受注会を開いていたニュー&リングウッドから独立したジョージクレバリーを丁度扱い始めた頃だったと思う。受注会の四方山話を聞かせてもらったがその時履いていったジョンロブパリの誂え靴はビームスのスタッフにとってもお初だったようで更に話が弾んだことを思い出す。

その時の話がきっかけでジョージクレバリーとファーラン&ハービーをロンドンで注文、更にフォスター&サンやヘンリープールと英国誂えものにどっぷり浸かった。勿論ジョンロブパリ詣でも欠かさずパリ往復はお約束、時には南下してミラノのメッシーナやフィレンツェのリヴェラーノなどイタリアものにまで触手を伸ばした。こうなると勢いは止まらない。手仕事の逸品が多いイタリアを満喫すべくローマのマリーニから南はナポリのボレッリまで…英仏伊の三国を往来する旅が日常となっていった。

中でも思い出深いのがローマのシャツ屋ミコッチだ。同じローマでも老舗のバティストーニと違って如何にも手作り然としていたがテイラードものと合わせると見栄えが一気に格上げされる魔法のシャツだった。そこで今回は今はなきローマの注文シャツ屋ミコッチを振り返ってみようと思う。

※扉写真はミコッチの極上シャツ

(1) A.フラッサーの著書より
アランフラッサーの”スタイル&ザマン”といえば外国で逸品を買う際のバイブル的存在、勿論東京も紹介されていて件のビームスFも載っている。そのローマ編で紹介されていたのがミコッチだった。フラッサーは「バティストーニやシャルベの半額で魅力的なシャツを仕立ててくれる」と紹介していた。

【参考資料①】
〜ミコッチの店舗跡〜
写真はミコッチのあった場所。現在は他の店が入っている。下院議会場に近いせいか代議士(恐らく)が注文がてら雑談する姿をよく見かけたものだ。間口は狭いが中は広いというのが欧州の店がまえ、中央に作業台が置かれ棚にはシャツ生地が反物で積まれていた。顧客にはゲーリークーパーやマイケルジャクソンがいたそうだ。

(2) カルロリーバ製①
ミコッチといえばカルロリーバの生地で作ったシャツが秀逸。生地見本を送って貰って日本からメールオーダーしたこともある。繊細な生地だけにスリムフィットに仕立てようものならすぐ裂けてしまう。ゆったりとしたブラウジングスタイルの身頃にジャケットから見える襟と袖口だけパリッと硬めに仕上げるのが特徴だった。

(2) モノグラミング
腕時計をする右のカフにイニシャルを入れて…とお願いしたら「左胸が定位置だ…」と譲らない店主のミコッチさん。仕上がりは芳しいとは言えないがそれを補って有り余るほどの着心地に万事OKだった。途中ガウントレットボタンをリクエストした時もなんだかんだ言いながら最後は付けてくれたのでホッとしたことを思い出す。

(3) ガゼット
本来はシャツの内側に付くガゼットだがミコッチではなぜか表側に付いている。小さなパーツだけに手間がかかる行程らしくイタリアの高級シャツ屋のみに見られるとのこと。ミコッチでも一応付いてはいるが既成シャツの名門フライのような精緻さはなくステッチが波打っているのはご愛嬌といった感じか。

(4) 替え襟と袖口
イタリアでシャツをビスポークしたら共布の替え襟と替えカフは追加でオーダーすべき。デリケートなカルロリーバはカフ先端や襟先などから綻んでくる。そこで傷んだ襟や袖口を交換すればシャツの寿命がぐっと延びるわけだ。交換は仕立てたシャツ屋でないと嫌がられるが今なら直しの専門店もあるのでお薦めだ。

(5) カルロリーバ製②
こちらは地付きのボールドストライプ。ラルフローレンが好みそうなタイプだ。こんなシャツにクリーム色の小紋タイを締めてブレザーを羽織ればNYトラッドな装いになる。しかも生地はカルロリーバ、ブレザーの下で着ていることを忘れるほど身体の動きに寄り添うのだからリピーターになるのも仕方ない。

(6) 角落ちカフ
ミコッチさんはラウンドカフ推しだったがビスポークらしく角落ちカフにこだわってみた。時々「クラシックな白のダブルカフシャツを注文しないのか?」と勧めてきたが手首が窮屈に感じるダブルカフが苦手で結局注文せずじまい。因みに写真のガウントレットボタンは渋々付けた感がどことなく感じられる。

(7) 生地感
カルロリーバの生地感が分かる写真がこちら。番手の高い平織りながら向こう側が透けてはシャツ生地としてよろしくない。通気性としなやかさを併せ持ちつつ光にかざすと影がはっきりと分かるこれくらいがベストか。これならウェストサプレッションの効いた英国仕立てでもすこぶる快適なはずだ。

(8) 替えの襟と袖口
替えの襟と袖口は間に芯地を挟んでいるのでピンとしている。シャツが格好良く見える秘訣だ。それにしてもカルロリーバのシャツをアイロンがけするのは難しい。洗濯後に乾いてしまうと霧吹きで湿らせてからアイロンを当てる必要がある。コツは洗濯して生乾きの段階でアイロンがけをするのが良いらしい。

(9) カルロリーバ製③
お次は通称クレリックシャツ。カルロリーバの生地が足りなくて襟と袖口だけ白無地で仕立てたものだ。せっかくだからとラウンドで両方にボタン穴があるタイプを注文、テニスカフと呼ばれるそうだ。見栄えは英国調のシャツだが生地や縫製はイタリア…なんだかラルフのパープルレーベルのようだ。

(10) ホワイトカラーシャツ
カルロリーバの身頃に合わせて襟と袖口の白無地シャツ生地もかなり番手の高いものを使っていたと思う。案の定アイロンがけが大変で皺が寄らないように仕上げるのに難儀する。このシャツに限っては替えの白い襟と袖口は作らなかった。交換する時好みのスタイルで作って貰った方が良いからだ。

(11) テニスカフ
ラウンドのテニスカフにノットのカフリンクスを付けた図。伸縮性があるのでカフに付けたままシャツを着られるのが良い。通常のシングルカフはどうしても手首に巻き付けるので窮屈さが残る。その点テニスカフは手首に当たる面積が少ないのですこぶる快適だ。この仕様でもっと作ればよかったと後悔。

(12) ブラウジングルック
実測値は肩幅が47㎝で身幅が57㎝、着丈は79㎝で袖丈が60㎝と日頃着ている既成シャツとそれほど違わない。「既成と変わらないのに仕立てる意味があるの?」と思われそうだが生地に始まり襟の形や背中のダーツ、時計をする側のカフのサイズ変更など誂えならではの仕様が散りばめられている。

(13) カルロリーバ製④
こちらはミコッチ最終期のシャツ。暫くローマを訪れないうちに「ミコッチさんが亡くなった」と親戚から連絡があった。恰幅の良い姿で動き回っては息を切らしていた様子に心配していた矢先だった。縫い子だったシニョーラ(未亡人)は賃料の高騰に店舗を閉鎖、近くに作業場を借りて顧客の注文を受け始めた頃だと思う。

(14) ネップ
何度も書くがカルロリーバはデリケート、写真のように糸がダマになってネップができることもある。品質に変わりはないがこだわる人がいるかもしれない。店を閉じて作業場でシャツを作り始めたシニョーラは生地のストックを最小限にとどめ、カルロリーバは注文に応じてメートル単位で仕入れたので割高になっていた。

(15) 襟の芯地
店主のミコッチさんが店頭に立っていた頃はカルロリーバに合わせてシャツの芯地も薄めのものを使っていたがシニョーラの作る襟は芯地が一段硬めになっていた。その分皺になりにくく見栄えは良いしアイロンも掛けやすい。日本人の好みはこちらかもしれないがミコッチさん監修の薄い襟も捨てがたかった。

(16) 替え襟と袖口
移転時のゴタゴタで顧客の型紙が紛失したのか最初に仕上がって来た時はレギュラーカラーだったのに驚いて作り直しをリクエスト…日本から昔作った替え襟と替え袖口をローマに送ったこともある。親戚によると「お手伝いの若い縫い子が入った」らしくクオリティも上がりミシンの運針も綺麗に揃っていた。

(17) カルロリーバ製⑤
前身頃は前立てなしのフレンチフロントがお約束。ワイドやセミワイドの襟と相性が良く、ドレッシーで柔らかな印象を与えてくれるそうな…カルロリーバのような生地にはピッタリな仕様ということか。遠目にはマイクロチェックに見えるが実際は英国調のタッターソール。カルロリーバには珍しい。

(18) ボタンホール
ミコッチでは手縫いのボタンホールが標準仕様。ボタンホールを縫い上げる機械式のミシンを置いていないのかもしれない。昔からボタン穴は手仕上げが当たり前なのだろう。クチータアマーノ(cucita a mano=手縫い)を売りにした既成のボレリよりも縫いは粗いが注文する側も納得済みだ。

(19) 背ダーツ
ブラウジングには「ふくらませること」という意味がありギャザーやタック、写真のようなダーツを取って部分的に布のたるみを作ることを指すらしい。ウェストの上を絞ることでふくらみを持たせ腹部を強調せず程よく体型をカバーする魔法の一手間という訳だ。イタリアでは既成シャツにも見られる手法だ。

(20) 替え襟と袖口
ふんわりと仕上がった襟はフラシ芯ならでは。表と裏と芯を同時に縫うには熟練度を要するため接着芯を使う誂えシャツ屋も少なくない。手間暇のかかる替え襟と袖口を追加注文するのは中々贅沢な気分だった。因みにフラシ芯の襟を立体的にアイロン掛けするにはちょっとしたテクニックが必要らしい。

【参考資料②】
〜作業場兼店舗〜
店舗を閉じて近くに作業場を構えた時の住所を検索、ヒットしたのがこの場所だ。ミコッチさんの意志を継いでシャツ作りに励んでいたようで親戚に頼んで訪問してもらったこともある。門の脇に呼び鈴がいくつも並んでいてミコッチを押すとシニョーラが鍵を解除、中に入るという段取りだったはず。

【参考資料③】
〜ビジネスカード〜
移転後のビジネスカード。ヌオヴァ(Nuova)とは「新しい」を意味する。店名の頭に掲げることで心機一転新たな場所で商売を始めたシニョーラの意気込みを感じた。とはいえオンラインを導入するほどネット環境に詳しくなかったのか注文が減るとローマを離れ近郊の実家でシャツを作るようになったと聞いた。

(21) 番外編①
こちらは珍しいアイリッシュリネンのシャツ。カルロリーバ以外にも気になる生地を見つけては反物を出して貰い、品定めしつつ注文したシャツだ。リネンは高番手の綿シャツよりもさらにアイロン掛けが難しい。一度乾くとスチームくらいでは皺が伸びるはずもなく霧吹きが必須アイテムとなる。

(22) 番外編②
こちらは地付きのストライプ。うろ覚えだがテスタの生地だったと思う。カルロリーバのようなとろける感じはないがパリッと仕立て映えする生地を選んだようで大正解だった。もっとも歳を取ると色ものシャツが似合わなくなる。最近は白無地か白地に柄付きのどちらかばかり着ている。

(23) 番外編③
こちらは白地にやや間隔の広いブルーストライプの入った定番シャツ。キャンディストライプのようなインパクトがない分控えめな装いにピッタリだ。生地はイタリアのモンティあたりだろうか。カルロリーバの着心地には敵わないがそれでも着るのが楽しいと思わせる魅力がミコッチのシャツにはあった。

1999年の1月1日からユーロが導入されると「生活必需品の多くが適正な為替レートを適用しないで価格設定された、つまり便乗値上げされた」と話題になった。ローマのミコッチもリラからユーロに替わった時一気に値上がりしたな…と感じたものだ。それでもミコッチさんとの付き合いが長くなるにつれて「6枚注文したら1枚無料」などと免税店ばりのオファーが舞い込んだこともある。

そんなミコッチのカルロリーバシャツもネクタイをする機会のない今は箪笥の奥に仕舞われたまま。替えの襟や袖口も来るあてのない出番を待っている。クローゼットにはそんな埋蔵品がまだまだ出てくるに違いない。因みにEUでは昨年12月に「売れ残った衣料品の廃棄」を禁止した。同時に不要になったり着られなくなった衣料品を修理・リサイクルして長く活用することを奨励している。

ならばRoom Srtyle Store内に「店主のリユースコーナー」を設けてみるのはどうだろうか…そんなことを考えている。

By Jun@Room Style Store