2024/07/20 21:18

東京都が支援する「被災地応援ツアー」に賛同して出かけた福島応援旅。前編は熱塩温泉の山形屋で「一流の田舎」を楽しんだところまで紹介、今回は後編となる。因みにこの応援ツアーは指定業者を通じて予約すると日帰り1,500円、一泊3,000円で最大二泊まで助成される。期限は令和7年3月31日迄に出発、4月2日までに完了すればOKだそうだ。
昨年の訪日観光客ランキングで福島県は47都道府県中38位だった。県は海外の出先窓口を通じて県内周遊の旅行商品を整え「更なる誘客に力を入れる」としている。確かに宿や駅、飲食店や土産物屋などで訪日外国人旅行客と出会う機会は少なかった。だが、本音をいえばインバウンド客で賑わう旅行先を避けたい思いもあって福島県を選んでいる。
ともあれ今回は週末をのんびり過ごした福島応援旅の後編を紹介しようと思う。
※扉写真は日中線記念館の昔懐かしい「忘れ物掲示板」
(1) 記念館へ再び

前編で紹介した日中線記念館は夕方の訪問だったため資料館が閉まっていたので翌朝再び訪問した。駅事務室の扉が開き、館内に自由に入れる。若い世代から厚い支持を受ける古民家の魅力は「独特な和の雰囲気」や「洋室や新築住宅にはないレトロな雰囲気」にあるというがこの駅舎もそんな魅力が詰まっている。
(2) 乗車券箱

こちらは切符(硬券)販売機。クリップ部分に行き先ごとの切符が挟まれており駅係員が取り出して発行日を印字、右側の窓口から運賃と引き換えに旅行客に切符を渡す姿が思い浮かぶ。もっとも熱塩駅の無人化は昭和32年、昭和54年に廃線となるまで22年間こんな形で切符が販売されることはなかったはずだが…。
(3) ヘッドマーク

昭和54年(1984年)3月31日に最終日を迎えた日中線のさよなら列車に付いていたヘッドマーク。ディーゼル機関車が先頭と最後尾に付き、青色の客車4両は大勢の乗客で賑わったそうだ。この日ばかりは臨時列車を何本も走らせたものの始発の喜多方駅は入場制限まで行われたという。手書きのヘッドマークが往時を偲ばせる。
(4) 待合室

ゴミ一つ落ちていない待合室。座布団やカバーも綺麗に保たれている。地元ボランティアの皆さんの尽力に違いない。壁際の長い木製ベンチがいい味出している。開業当時はこの熱塩駅からさらに山を越えて山形県の米沢まで結ぶ計画があったそうだ。残念ながら実現せず終着駅として45年8か月の生涯を終えたことになる。
(5) 大時計

左には「熱塩駅よみがえらせ隊」の募金箱がある。朝食後の散歩で宿に財布を忘れてきたのが残念、せめて募金や記念入場券を買えばよかったと後悔した。中央の壁掛け時計はゼンマイのネジ巻き式、この日も立派に時を刻んでいた。近代化産業遺産に指定されていることもあって隅々まで手入れが行き届いている。
(6) ありし日の日中線

1974年の夏も丁度こんな感じで蒸気機関車に引かれた客車で熱塩駅を往復したことが思い出される。因みに1984年の廃線後、線路は撤去されてしまったが跡地に緑道公園「日中線しだれ桜散歩道」が整備されたという。全長11.6㌖のうち3㌖は喜多方市が管理、残りはNPO法人を立ち上げ会員の募集や協力金を募って現在進行形だ。
(7) 喜多方駅にて

宿に戻って送迎バスに乗り最寄りの喜多方駅へ…やってきたのはディーゼルカー。せっかく喜多方から会津若松まで電化されているもののここから新津方面は非電化のため架線の下をディーゼル車に揺られて向かうことになる。日曜日とはいえ駅のホームに人影はまばら、列車を待つ人は片手で済むくらいだ。
(8) ディーゼルカー

やってきたのはキハ110系。新津から2時間10分かけてとことこやってきたところだ。車両の上に見える架線だがせっかく電化したというのになんとこの7月から喜多方~会津若松間の電線を撤去し再度非電化にする工事が始まっているとのこと。JR東日本では今後も利用客の少ない電化区間を単線非電化に置き換えるようだ。
(9) 会津若松駅着

久々の会津若松駅は昔と違って立派な姿になっていた。大きなロータリーと右手奥には線路は撤去されたものの貨物駅がそのまま残されている。96年に貨物の取扱を止めた後2006年にオフレールステーションになったようだ。コンテナが置かれていてトラックで郡山まで代行運転してるとのこと。
(10) 田季野

今回の旅のメイン、会津若松に来たら必ず立ち寄るのが割烹「田季野」だ。陣屋を移築した風情ある建物で味わう会席料理が評判。中でも会津地方の代表的な郷土料理、割箱(わっぱ)飯は絶品だ。北海道をバイクツーリングした帰りに初めて寄った時はなんと「お金が足りずに注文しそびれた」苦い思い出がある。
(11) 地酒

店の前は駐車場が完備されている。ちょうど昼時ということもあって駐車場が次第に埋まっていく。店内は広く今は使われていないが二階にも席が用意されている。せっかくなので昼間から酒どころ会津の地酒を楽しむことにした。車やバイクでの訪問だとこうはいかない。お通しは小魚の和え物。
(12) 忘備録

注文したのは「京の華」の冷酒。由来は大正時代に山形県庄内地方で生まれた酒米「京の華」から。会津地方で広く育成されたが栽培が難しく生産性の低さからやがて幻に…。福島農業試験場に僅かに残った種もみを1984年、30年ぶりに復活させ苦労の末に出来上がった酒とのこと。そう聞くと飲まずにいられない。
(13) わっぱ飯

いよいよ今回の旅行大本命「わっぱ飯」の登場。桧を曲げた器に様々な食材を入れて蒸し上げた郷土料理だけにメニューも10種類と充実している。迷って選んだのは一番値の張る「かに割箱」。せっかくの旅行、少しは贅沢気分を味わうのも悪くない。写真でも分かるが豪快なかにの盛り付けに感動してしまう。
(14) 店内

間仕切りのある店内。前回は大広間の畳に座っての食事だったが今回は畳の上に「机と椅子」が用意されていた。食事中、初めて訪日外国人旅行客を見かけた。どうやらランチで来店してきたようだ。インバウンド客にとどまらず最近は日本人の生活様式も椅子が主流、おかげでゆったり昼食を楽しめた。
(15) 馬刺しの自販機

田季野を満喫していざ会計…ついでに店員に「会津名物馬刺しをどこで買えるか」聞いたら「駅に自動販売機がある」とのこと。てっきり地元の肉屋さんを紹介されると思っていたので当てが外れたが自分で探すのも大変なので駅へと向かった。写真はその自販機、試しに買ってみたが昔食べた味とは大分違う。
(16) 快速あいづ

郡山~会津若松間を一日3便走る「快速あいづ」は4両編成。先頭車(郡山寄り)の半分だけが指定席だが日曜日とはいえ自由席が多いので十分座れた。郡山まで全部で15駅、停まるのは6駅という韋駄天ぶりを発揮する。車両は行きと同じE721系、いよいよ旅の終わりも近い。いざ郡山へと向かう。
(17) 昔の機関区①

こちらは昔の写真。無煙化が間近な1974年夏の会津若松機関区の一コマだ。屋根下の日陰で一服する係員を撮影。ベンチで休む2人も奥に見える。C11312は翌年廃車となり松阪市のドライブインに置かれたが「大井川鐡道」が譲り受けて現役復帰。川根路で活躍した。その後再び廃車となり部品取りに使わた後まさかの再復元。現在は展示館に飾られている。
(18) 昔の機関区②

機関庫から出て転車台に乗り方向を変えてタンク車と連結、側線に移動している場面を撮影。蒸気機関車の時代は大抵こんな感じのすすけた機関区が多かったが無煙化されると急に綺麗になったものだ。もっとも多くの機関庫が取り壊されターンテーブルも撤去されたが幸いここ会津若松は今も現役で使われている。
【参考資料】
〜現在の機関区〜

こちらが現在の様子。現存する扇形機関庫は全国で12か所、その中の希少な一つだ。上の蒸気機関車時代と比べてなんと綺麗なことか。現在JR東日本では蒸気機関車牽引の「快速SLばんえつ物語」を新津~会津若松間で9月29日まで運行中。新津から来てここで機関車は向きを変えて新津に戻ることになる。
(19) 新幹線に乗り換え

郡山に到着後は新幹線に乗るまでの間に駅ナカで買い物を済ませておく。田季野で味わった「京の華」を発見、郡山の地ビールと一緒に購入。ついでに仙台の「かまぼこ鐘崎」で夏季限定かまぼこをおつまみがわりにゲット、福島県産にこだわりたかったが時間切れでアウト。定刻発車のやまびこで一路東京を目指した。
(20) 地ビール①

福島応援旅の終わりに相応しい「猪苗代地ビール」を味わう。前回の四国旅行で瓶売りの「地ビール」を何回も見かけたこともあって鉄旅するなら忘れず「栓抜き」を持って行くことにしている。まず最初は赤みがかった色のゴールデンエンジェルからボトルオープン、思ったよりすっきりとして後味も良い。
(21) 地ビール②

お次は同じブリュワリーのブラウンヴァイツェン。フルーティーな香りとローストした香ばしい味わいを楽しめるビールとある。ラベルに書かれた17846の数字ははて何だろうか?と考えていたら17846(い-な-わ-し-ろ)だと気付いた。因みにグラスは底が取り外せて道が媚び便利なアイデア商品。
福島の名産といえば何といっても酒。2013年~2021年まで8年連続金賞受賞数が日本一だったそうだ。わっぱ飯を紹介した会津は見不知(みしらず)柿で有名。あいにく今回はシーズンではなかったが皇室に献上されるほどの逸品らしい。焼酎を使って渋柿の渋を抜くことで独特の食感と濃厚な自然の甘味が楽しめるとのこと。
柿以外にも様々な果物が年間を通じて生産される福島は山形とならび「フルーツ王国」と称されることもある。他にも猪苗代の鯉は生産量全国一位、味も日本一と評価が高い。忘れていけないのが喜多方はラーメン聖地のひとつということ。市内に100軒もラーメン店があり人口当たりの店舗数はこちらも全国一位を誇っている。
外国人観光客の誘客では全国38位だったが食の宝庫に加えて自然や歴史、伝統が残る福島県のポテンシャルは高い。外国人で賑わう日も遠くないだろう…そうなる前にもう一度行っておこうか。
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