Khish The Work 受注会 | Room Style Store

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2024/08/19 19:04


世界靴作り選手権2024年で優勝した靴職人菱沼 乾さんだが、実は選手権より前から中京地区での受注会を打診していた。東京と大阪の二大都市に挟まれている名古屋周辺にはお洒落な人が多い。きっと乾さんの靴を履いてみたいと思う人も多いはず。その後見事チャンピオンに輝いてからはマスコミ等への露出も増え、受注会の実現に一層弾みがついた。

そこで名古屋にほど近い三河安城駅前でオーダーサロンTTBOを主宰するインスタグラマー@oboist_さんに相談、人の移動が多い8月16日~18日の日程で準備を進めてきた。開催当日は台風で新幹線が運休するなど波乱含みだったが受注会は大盛況。中京地区はもとより京阪神や北陸地方からお客様が次々と訪問、充実した3日間だったのは言うまでもない。

そこで今回は中京地区初開催となったKhish The Workの受注会の様子をお届けしようと思う。

※扉写真は世界靴作り選手権2024年の金メダル

(1) お客様を待つ菱沼さん
初日の開店前に準備を進める菱沼 乾さん。サンプルの靴はMTOが中心。目下選手権での優勝をきっかけにビスポークの注文が多く入り、納期が立て込んでいるようだ。自身の靴の魅力をより広くより多く知って貰うには「MTOを充実させたい。」という乾さんの思いがテーブルの上で形になっている。

(2) 新作①
こちらはオーダーした靴を受け取りに八ヶ岳の工房を訪れた時にはまだなかったローファーのサンプルだ。既成靴を数多く試して来た乾さんはジョンロブのロペスが特に好きとのこと。そのロペスを彷彿とさせるデザインだがタンはオールデンのペニーローファーにも似てやや小ぶりにするなど一工夫も二工夫もありそうだ。

(2) お客様の好み
サンプルは左がゴートスキン、右が猪革。お客さんはスムースなカーフより表面に独特のシボがある革に興味津々。YouTubeで以前から珍しい革素材を使った個性的な靴を紹介していた乾さんをよく知っているだけにジビエ系レザーへのリクエストが多い。他にはない靴が欲しいと思う気持ちは皆共通のようだ。

(3) ローファーのサンプル靴
こちらが従来の紐靴サンプルに加えて新たに導入したローファーのサンプル靴。(2)の見本とほぼ同じシェイプなので出来あがりが想像しやすい。底付けは糊付けの簡易式なので実際はもっとソリッドだろうが履いた時の見え方が参考になる。実際、鏡の前でお客様がご自身でイメージしていたのが印象的だった。

(4) 試着
「ローファーか紐靴か…」と迷うお客様だけでなく紐靴を注文する気でいてもローファーのサンプル靴を試せるのは大いに魅力的だ。両方履いてみるお客様も多い。それにしてもサンプル靴を履かれる際ちらりと見えるお客様のソックスのお洒落なこと…靴をお好きな方は靴下にも一家言ありといった感じだ。

(5) 紐靴サンプルと比較
ローファーのサンプル靴とレースアップのサンプル靴を試している様子。乾さんによれば会場でサンプル靴を試着して「紐靴なら27.0、ローファーなら26.5」とマイサイズが確認できればその後お客様ご自身で「Khish The Work」のオンラインショップから靴をオーダーすることも可能とのこと。

(6) 紐を結ぶ
サンプル靴の紐を結んでもらっている場面。フィッターである乾さんの前腿に靴を履いた自分の足を乗せるのにお客様は「申し訳ない…」と思われている様子だったが当の乾さんは全き気にせず躊躇なく足を引き寄せ自分の膝上に足を乗せてはササッと紐を結んでいく。一連の動作も手慣れたものだ。

(7) 微修正
木型の決まったMTOであっても足の形状によっては微修正を加えることもある。そんな時はビスポーク同様足型をトレースして改良点を明確にする一手間が加わる。木型を削ることはできないようだが革片を盛るなどして肉付けすることは可能、足の出っ張りに対応することでより良いフィット感になるという訳だ。

(8) 触診ポイント
甲部分や甲下、履き口や踵、足の小指側と親指側を結んだジョイント部分の当たり具合など一つ一つ触診している様子。予約されたお客様の時間枠は一人当たり90分だがビスポークはもとよりMTOの場合でも①型をじっくり選んでで②革で悩んで③仕様で迷ってようやく注文という流れにはやはり90分くらい欲しい。

(9) スプリットトウ
こちらはサンプルの中で今回唯一スクエアなつま先のスプリットトウダービー。所謂ドーバータイプだ。ダブルウェルト(360度の出し縫い)が基本形だがこちらはフィドルウェストでシングルウェルトのドレッシーな仕様。やはり靴好きの定番だけにサンプルを新たに用意した乾さんの見立てどおり注文が入った。

(10) ジビエレザー
カーフレザーのドレッシーなスプリットトウだがお客様の好みはやはりジビエ系レザー、何と隣の熊革で注文されていた。靴のオーダーは「デザイン重視」か「素材重視」か「ディテール重視」かなど視点は人によってそれぞれだが、素材に拘る乾さんの受注会らしく話題の中心は3日間とも「素材」に集中した。

(11) タッセルローファーの見本
同じローファーでも右側は新作のタッセルスリッポン。手に取って迷うお客さんと「まだ試したことがない」と意見の分かれるデザインかもしれない。実は自分も昔は「女性っぽい靴だな」と思ったが今はジョンロブに注文している黒のタッセルが出来上がるのを楽しみに待っているところだ。

(12)  人気三部作
左はMTO受注会初期の人気作。かなりの足数オーダーが入ったそうだ。今回人気だったのが右端のジョンロブロンドン名作Hiloを思わせる3アイレットの外羽根プレーントウ。やはりジビエ革で注文していた。中央のフルブローグは乾さんの自信作、「セミブローグは持っているけれどフルブローグは未だなので…」と真剣に悩むお客様もいた。

(13) 小物①
こちらは受注会に合わせて用意した小物の中から2つ折りの財布。ハンドステッチで仕上げることで財布に「いい感じの表情が出た」と話す乾さん、ジップ式の長財布をスペシャルオーダーしたもののタッチ決済が普及すると軽くてかさばらない財布が欲しくなる。真剣に手に取って見ては「靴と同じ猪革で作ろうかな…」などと思ってしまう。

(14) 小物②
こちらは小銭入れ。乾さんが集めてきたジビエ系の革で作ったものが目を引く。革を無駄なく使いきるにはこうした小物が効果的。その気になれば①靴と②ベルトに③財布と④小銭入れという4点セットで注文も可能だ。ベルトと靴をセットで注文されたお客様が完成品を身に付ける姿を想像しては我が事のように喜んでしまう。

(15)  注文仕様書
オーダー時にお客様と仕様や金額、注意事項の確認にしっかり時間を取るとともに詳細を後でお客様に電子メールにて送信するなどして行き違いのないよう努める乾さん。因みにMTO専用ラストから作ったツリーは購入の有無を選べるが靴のシェイプを綺麗に保ってくれる優れものだけにセット購入がお薦めのようだ。

(16) ベルトのバックル
MTOの靴と同素材で製作可能なベルトについてお客様に説明する乾さん。バックルのデザインは6型、色目は真鍮やピンクゴールドにゴールドとシルバーの4色、合計24通りのチョイスができる。原皮の面積が大きくないので一枚革という訳にはいかないが靴とベルトの色がピタリと合うのはさぞ気持ちが良いに違いない。

(17) MTOラストの特徴
MTOの木型サンプル。靴底に接地する足裏部分から再び靴底に設置するまでのアーチ部分は人の足裏そのもののようにも見える。ラストの開発に当たって「自分自身の足が見本になる」と話していた乾さん。ビスポークを含め一体どれくらいのラストを削ってきたのだろうかとつい想像してしまう。

(18) ラストの造形
裏を撮影した写真。中央の臀裂(お尻の割れ目のような形)は実際にフットプリントで足型を取ると現れる部分。練ったコルクを敷き詰めるグッドイヤーは靴底が沈んで足の形に馴染むと言われるがハンドソーンは詰め物にもよるそれほど沈み込まないと語る乾さん。ラストの形状がより重要ということか…。

【参考資料】
自分の足型
こちらが初めて靴職人菱沼 乾の工房を訪ねた際に取ったフットプリント。確かに臀裂状の陰影が表れている。2022年の12月に訪問しているので今年末で2年経つことになる。当初は靴の受注会をお手伝いすることになろうとは思いもしなかったがこの2年間で靴職人としての腕を更に磨き高みに到達している姿は頼もしい。

(19) 優勝靴の試作品とメダル
チャンピオンに輝いた靴はまだ返還されていないが先行試作品とメダルがさりげなく飾られていた。チャンピオンを獲るという課題を設定し、試作品を作って課題達成を阻む問題点を克服して臨んだ選手権。インスタでベスト3の靴を少々拝見しただけだが乾さんが1位で2位や3位の靴とどこが違うのか素人なりに分かった気がした。

(20) 一仕事終えた後の靴
こちらは完成したビスポークのノルベジェーゼを3日間履き続けた後の姿。猪革は履き皺がコードバンよりもさらに大きくうねった感じで入る。これだけ皺が寄るということは靴底が良く返るから、J.M.ウェストンのハントやトリプルソールをお持ちの方なら「こりゃ柔らかなそうだな…」と想像がつくだろう。

(21) ツリーを入れて一休み
実は受注会にはシューツリーを置いてきていたので帰宅後はすぐにツリーを入れた。上の写真と比べると深い皺は伸びているがまだまだ残っている。だがこれこそ靴の個性、ビスポークらしく左右で皺の入り方が同じなのも見事だ。納品時から履く前に手で靴底をグイと曲げてから履いている。実は乾さんも推奨しているがこれが自然と皺入れ儀式になっているようだ。

通常は4ヶ月のところ、ビスポークも含め注文が入りMTOでも「5~6か月いただきます。」と断りを入れていた乾さん。冒頭でも述べたが今年世界チャンピオンになったことでTVや新聞などで取り上げられ、「時の人」になったことで靴の注文は予想以上…中には靴の注文には至らなかったが本人や作った靴を一目見たさに予約なしで訪問してくれた靴ファンもいた。

一方で来年は新たな世界靴選手権2025年チャンピオンが誕生する。一度エントリーした靴職人も再挑戦可能らしいが多忙な菱沼 乾に代わって新たな優勝者が再び日本から出れば業界全体の底上げになろう。世界チャンピオンの靴を見たい、作って貰いたいという対象からKhish The Workというブランド作りに向け、新たなステップを乾さんは見据えているに違いない。

By Jun@Room Style Store