2026/10/03 08:14

先日友人と銀座で会食した。京都出張の帰りとのことで宿泊料金の値上がりが凄いらしい。曰く極狭シングルで17000円だとか。「アパホテルにすれば良かったのに」と返したら「いやアパホテルはもっと高い。」そうだ。地方都市と比べて5~10割増という驚愕のデータさえある。
間違いなくインバウンドの影響だろう。熊本地震の影響で今年のバイク旅行先を親戚のいる京都方面に…とも考えたが観光公害が深刻と聞いて真っ先に候補から消した。件の友人も含め日本人観光客はインバウンドの影響が少ないな場所を行き先に選ぶ傾向は56%と過半数を超えている。
ともあれインバウンドを避けて選んだ南東北の旅二日目は会津東山温泉から山形を経由して仙台を目指す旅になる。旅の醍醐味、景観と食を中心に道中を紹介してみたい。
※扉写真は登録有形文化財の山形鉄道 「羽前成田」駅
(1) ホテル東鳳の朝食

東山温泉東鳳に泊まった翌朝…昨夜と同じ朝食会場へ入ると既にライブキッチンコーナーには人が並んでいる。写真は出来立てのオムレツとおにぎり。調理する様を見ながら順番を待つと期待度も高まる。他のメニューも充実しているので朝からまたもや満腹…お陰で昼はパスすることになりそうだ。
(2) 羽前成田駅訪問

充実した朝食を堪能していざ仙台へ。途中山形県に入りフラワー長井線の羽前成田駅を訪れた。路線は1913年開業、国鉄「永井線」からJRを経て現在は第3セクター方式で運営されている。映画「スイングガールズ」のロケで有名な鉄道だ。駅舎は1922年に開業、現在は登録有形文化財に指定されている。
(3) 愛車フォーティーエイト

コロナで時ならぬバイクブームが起こり買ってしまった2台目のバイク。フォーティーエイトの最終モデルでありスマートキーでエンジンを始動するタイプだ。低く構えたハンドルと足を前に出す独特のライディングスタイルもすっかり慣れた。ステップが擦れやすいのでカーブでは気を使う。
(4) 駅舎内の囲炉裏

登録有形文化財の駅舎内を見学。国鉄時代にはなかった囲炉裏が良い雰囲気だ。昔はだるまストーブがあったのかもしれない。壁に掲げられた路線図の「フラワー長井線」という名前の由来は沿線に花の名所が点在することと花のラッピング車両が運行しているのが理由だそうな。
(5) 時刻表

一日8往復のダイヤが組まれているフラワー長井線。沿線の代表的な花としては長井市のあやめ公園や国指定天然記念物の伊佐沢の久保桜、羽前小松駅が最寄りの川西ダリヤ園のダリア、今泉駅が最寄りのゆり園、宮内駅周辺の双松バラ園など線名に恥じない見どころが沢山ある。
(6) 国鉄時代の運賃表

当時のものかレプリカかは分からないが国鉄時代の運賃表がレトロ感を高める。昭和の鉄道旅行を知る世代にはA寝台やB寝台の表記が懐かしい。特急料金の一番上が上野駅というのもいい。今は東北の玄関口も東京駅になったがかつて東北・北海道方面へは上野駅が始発だった。
(7) 柱時計

ゼンマイを巻いて時を刻む柱時計は今も現役。蓋を開けて中にあるネジ巻きを4時と8時の位置にある穴に差し込みゼンマイを巻いていく。小さいころ我が家にも柱時計があったことを思い出した。脚立を出して毎日ゼンマイを巻くのが当時の家事分担だった。
(8) 赤湯行

赤湯行きが到着。駅の少し先で線路が不自然にカーブしているのはその場所から線路が枝分かれして対面通行できるようになっていたためだ。恐らくは画面左の草むらの当たりにホームがあったのだろう。旅客と貨物を扱っていた国鉄時代はすれ違い出来るようになっていた。
(9) 見送り

夏の日差しを避けるためか窓は殆ど日よけが下りていて中の様子を知ることはできなかったが結構人が乗っていたようだ。ただし羽前成田駅で下車する人はおらず。暫し停車したのち静かに出発していった。立派な防風林に守られた由緒ある駅だが今は棒線駅となり寂しさを感じる。
(10) 荒砥行き

程なく反対の荒砥方面から列車がやってきた。今度は黄色い車体だ。この日は真夏日だったが東京と違って湿度が低い。秋空を思わせる雲も良い感じだ。ホーム上にある白いポールが停止位置目標と読んで少し前から撮影した。徐々に速度を落とす列車…予想通り目標の前でピタリと停まった。
(11) 見送り

出発する荒砥行。鮮やかな黄色の車両は全長18.5㍍。国鉄時代のキハ22は20㍍だったので一回り小さいことになる。何よりワンマン化に伴いバス同様ドアミラーが付いたのが特徴。国鉄時代は労使協定によりワンマン化は未実施だったのでドアミラーが付くのは分割民営化後だ。
(12) 登録有形文化財

駅舎内の窓内側に置かれた登録有形文化財の盾。登録されると①修理や観光拠点事業魅力的な観光財活用推進などの補助②固定資産税の軽減や相続税の控除など税制上の優遇措置があるという。とはいえ地元の人たちの駅に対する思いとボランティア精神によって清潔さが保たれている。
(13) チッキの受付

国鉄時代はチッキと呼ばれるサービスがあった。この窓口から旅行者は乗車券を提示し荷物を預けたのだろう。針金付きの荷札が荷物が取り付けられると半券を預かり証として渡され、目的地で半券と引き換えに手荷物を受け取るといった仕組みだったそうな。中々便利ではないか。
(14) ボランティア活動①

地元の人達が「訪問客に和んでもらえるよう」花を活けている。見返りを求めない誰かの親切心で日常が成り立っていることを実感する。それは「お互い様と恩送りの精神、おもてなしの心や徳を積むという日本の美点」と説いていた評論家の言葉が深く染み入る。
(15) ボランティア活動②

ホーム上のロックガーデン。12年前に出来た庭を今も手入れし続けている。主催「羽前成田駅前おらだの会」はインスタグラムやブログで定期的に情報発信している。インスタの最新ポストは向日葵の種を植えた人の話だった。咲き誇る大輪の花の向こうを走る列車の写真は中々の感動ものだ。
(16) ディナー

羽前成田駅でのんびり過ごした後は一気に仙台へ。流石は東北一の大都会。駅前のドーミーインに行くのに時間が思ったより掛かる。だが嬉しいことにバイク置き場は料金かからず軒下。チェックインしてシャワーを浴びて着替えたら仙台焼き肉を堪能しに仔虎へ向かった。
(17) ユッケ

何はなくともまず頼むのがユッケ。最近は牛肉を生で提供する店が減ってしまい東京でもメニューに乗せない店が増えた。勿論厳しい審査を仔虎はクリア済み。東京にもユッケの美味しい店はあるだろうに…と言われそうだが旅に出たからこそ立ち寄りたいのだ。
(18) 牛刺身の握り寿司

今回は牛赤身と中トロの握りずしも頼んでみた。実に美味い。特に室温でとろける中トロが抜群だ。昔は信州に行くと馴染みの肉屋で牛刺しを買えたのに今は馬刺しのみ、それも冷凍でカチカチのやつだ。昔焼肉屋で起きた集団食中毒以来厳しいままだが大惨事になった過去を考えると致し方ない。
(19) 至福のひと時

いよいよメインの焼き肉。牛脂で網に油を引いて準備も万端。奥に見えるのが厚切りと薄切りの牛タンセット。せっかく本場に来たのだから食べない手はない。調べたら仙台で牛タンが盛んに食べられるようになったのは戦後間もない頃とのこと。
(20) 仙台名物

牛タンは薄切りと厚切りでは味わいが異なる。特に厚切りは①圧倒的な歯応え②噛むと溢れる肉汁③脂の甘味を感じられるとのこと。その理由は薄切りがタン先からタン中なのに対して厚切りはタン元、部位が違うということのようだ。しかも霜降りなので厚く切っても柔らかいとのこと。
※写真は薄切りタン
(21) 冷麺

写真は締めの冷麺。コシのある麺はそば粉とでんぷん粉を混ぜて作るそうで弾力が特徴。そばやうどんなど日本の麺とは異なる食感が時々懐かしくなる。満足度100%で仔虎を後に宿に戻る。ドーミーイン名物の夜鳴きそばでも食べるか…と思うもいつの間にか寝入っていた。
先ほどの「なぜ仙台で牛タン料理が盛んになったか」という話の続きだが戦後安い部位である牛タンを美味しく提供しようと苦労した料理人達の努力が仙台の地で花開いたらしい。徐々に店の看板や宣伝で「仙台名物」と掲げるようになり新幹線の盛岡開通で火が付いたそうだ。
一方で仙台のインバウンド需要は東京・大阪・京都の三大都市圏と比べると増えているが「ものたりない」と地元では感じているようだ。素通りされがち、夜の消費が少ないといった課題も指摘されている。尤も自分のようなインバウンドを避けたい日本人には好都合なのだが。
次回は東北バイク旅も最終日、一気に戻るのも疲れるので関東で寄り道してから東京に帰ろうかと思う。
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