起毛革の靴 | Room Style Store

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2021/12/13 07:57


日本ではスエードやヌバック、ベロアといった表面が毛羽だった革をまとめて起毛革と呼んでいるが、英語では各々鞣し過程が異なるのか一括りにはしていないようだ。調べてみるとfuzzy(うぶ毛)やnapped(毛羽だった)という単語でそれぞれの革が形容されている。


昔はスエードと聞けばクラークスのデザートブーツしか知らなかったが、靴に興味を持ってくるとチャーチスのケープバックやコールハーンのヌバックなどスエード以外にも毛羽だった革があることを知った。特に靴を誂えるようになると素材選びが重要になる。

そこで今回は起毛革について手持ちの靴を参考にまとめてみようと思う。


【スエード】
元々女性のグローブ素材として使われ始めたスエードはlamb(子羊) goat(山羊) calf(仔牛) deer(鹿) など素材も色々だが靴の場合はcalf(カーフ)スエードが多く使われている。よく聞く「グローブのようなフィット感」を靴で味わうならスエードのような起毛素材がお勧めなのにはそんな理由があったようだ。


(1) 既成のスエード靴(その1)
最初はジョンロブパリのフィリップⅡ。質感も良く毛足の短いパリジャンブラウンのスェードはプレステージラインに相応しい素材だ。パンツはソルト&ペッパーのネップツィード。膝下ストレートでややフレア気味のカットは往年のマイケルタピアを思わせる。細身のパンツに慣れていたせいか新鮮に感じられる。


(2) パリジャンブラウン
靴は20年ほど前にジャーミンStの店にメールオーダーしたもの。昔は今と違って結構融通が利いたものだ…。それにこの頃のロプパリは質も作りも良かった。スエードの靴は雨に弱いので梅雨時は避けよとのこと…通年素材だが紡毛素材と相性がいいので秋冬向きとも書かれている。パンツはイタリー製、ソックスとマフラーは英国もの。

(3) 既成のスエード靴(その2)
英国靴の聖地ノーザンプトンの重鎮クロケットジョーンズによるピールネームのWバックルシューズ。ヌバックに見えるが名前はミンクスェード。革の床面(裏)を起毛させるスェードは革の銀面(表)を起毛させるヌバックとは製法が裏表の関係。ついでにベロアはスェードより肉厚の牛革の床面を起毛させたものらしいが厳密に使い分ける基準はないようだ。

(4) ミンクスエード
写真のトラウザーズはカントリーテイストのストライプ柄やシンチバックに外付けサスペンダーボタンなどワークトラウザーズの雰囲気満載。最近のRRLのようにも見えるがポロラルフローレンのもの。20年前にハワイのアウトレットで購入したものだ。焦げ茶の色目は昔も今も珍しい。小物はバーズアイのウールソックスとアンティークロイヤルタータンのカシミアマフラー。

【起毛素材で誂える】
インスタグラムの♯bespokeshoesで検索するとカーフやグレイレザーなど表革の靴が多いがスエードなど起毛素材で誂える人はあまりいないようだ。表革より汚れやすいからだろうか…。一度スェードで靴を誂えればその柔らかさと履き心地の良さに驚くと思う。

(5) ビスポークスエード靴(その1)
写真はジョージクレバリーのスエードアデレイド。カーフの紐靴が硬く思えるほどしなやかで柔らかく軽い。履き心地も素材もビスポークになると既成のスエード靴よりランクがグンと上がってくる。如何にも上質な革を使っているオーラといえば良いだろうか、カーフ素材より質の違いがはっきり出ている気がする。

(6) タバコブラウン
色はスエードでは定番のタバコブラウン。グレーのグレンチェックに茶色のオーバーペーンが入ったフランネルパンツは柄が目立つのでソックスは無地に、マフラーは真紅のロイヤルタータンを用意。上にネイビーのアランセーターを着こんで首にマフラーを巻けば休日の外出着には申し分ない。

(7) ビスポークのバックスキン
写真は(5)のスェード靴と同じデザインでオーダーしたバックスキンのアデレイド。元々最初からバックスキンで注文していたのに手違いでタバコスェードで仕上がってきたので追加注文したという訳だ。色違い・素材違いの兄弟靴だが、スェードとバックスキンの違いを履いて確かめられたのはいい経験だった。

(8) バックの意味は?
昔はバックスキンのバックをBack(裏側)と勘違いしていたが実はBuck(牡鹿)のことでスエードと反対に銀面(表)をヤスリがけして起毛させたもののようだ。仔牛(スエード)より牡鹿(雄鹿より若い)を鞣したバックスキンはさらに履き心地もランクアップ。まるでスリッパのようだ。茶色のパンツにパンセレラのソックスを合わせて上はマッキントッシュかグレンフェルでも羽織りたい。


(9) ビスポークのスタッグスエード
バックスキンとよく似た素材にスタッグスエードがある。同じ牡鹿が成長して雄鹿になった革の床面(裏側)を起毛させたものでバックスキンよりふさふさした表面が特徴。写真を見ても長い毛足がつま先のあたりで渦を巻いているのが分かると思う。メダリオンが毛足に隠れるほどの毛深さ…もしスタッグスエードで靴をオーダーするなら穴飾りなしか大き目にするのが良さそうだ。

(10) 最後の一足分
スタッグスエードは枯渇状態のようで20年前にクレバリーでオーダーした時が「最後の一足分」だったと記憶している。当時既に沈没船から引き揚げたロシアンレインディアより希少だったことになる。写真はウインターホリデー用に鹿の角が刺繍されたブラックウォッチのコットンパンツにアーガイルソックス、それにジョンストンズのカシミアマフラーを用意。

(11) 既成のスタッグスエード
1991年に渡英した際ロンドンのワイルドスミスで手に入れたスタッグスエード。これをもとに10年後クレバリーで同じスタッグスエードの靴をオーダーしたという訳だ。90年代はよく見かけた素材だったのにわずか10年で幻の素材になるとは…写真を見ても分かるがクレバリーで作った(9)の靴と遜色ない起毛感が見て取れる。

(12) エドワードグリーン
靴の製造はエドワードグリーン。当時のカタログを見るとグリーンではスタッグスエードが定番品扱いだった。こちらのダブルバックルはサンプル品としてセールになっていたもの…素材は起毛革専門のタンナー”チャールズ.F.ステッド社”とのこと。ウェブサイトを見たら同社も最近はスェード以外にクードゥーやアンテロープなど色々ラインナップしている。

(13) 素材の質感(その1)
ビスポーク用の起毛素材を比較したところ。写真上段は毛羽立たせた状態で下段が毛足を寝かせた状態。スェードは毛足が短い方が高級らしく毛を逆立ててもあまり色が変わらない。バックスキンでは毛足が長くなるようで、毛羽立たせると色が一気に濃くなる。これがスタッグスエードだとさらに毛足が長くバックスキンとは違ってハラコレザーのような雰囲気さえある。


(14) 素材の質感(その2)
こちらはグリーンで使われた既成靴用のスタッグスエードを含めて拡大撮影したもの。カーフスェードの毛足の短さ、バックスキンの毛羽立ち具合に注目してほしい。さらに右側は上が誂えで下が既成のスタッグ。毛足の長さや密な感じはよく似ている。今手に入れられるとしたらE.グリーンのスタッグスエード既成靴を中古で探すくらいだろうか。もし見つけたら是非手に入れてほしい。

(15) ビスポークスエード靴(その2)
こちらは同じジョンロブパリながらノーザンプトン製の既成ではなくパリ市内のビスポーク工房で作られたもの。赤い靴は派手に思えるがスェードのような起毛素材だとバーガンディの表革より却って目立たない。しかもデザインは控えめな3アイレットのプレーントゥ…さじ加減が絶妙だ。

(16) アンコン仕立て
この靴…実アッパーがアンラインド仕様になっている。それでも型崩れしないのは先芯や月型芯など要所に芯が入っているため。ただでさえ柔らかなスェードをアンラインドで仕上げれば履き心地の良さは雲上レベル…ジョンロブパリもやはり凄い。靴に合わせてパンツもソックスも赤繋がりを意識してみた。

【サマーシューズ】
夏を代表する靴といえばホワイトバックスやスペクテイター。特にコンビ靴の白い部分は起毛革というのがお約束だ。既成のホワイトバックスはスエードで代用するが、ビスポークのスペクテイターの場合はもし在庫があるなら白い部分にリアルなホワイトバックスを使いたい。


(17) ホワイトバックス(スエード)
アメリカでは5月30日のメモリアルデーから9月5日のレイバーデーまでがホワイトバックスを履く季節と言われている。とはいえ「南に位置する地域ならば9月下旬までOK」、「いや一年中履いている」などスエード同様諸説紛々。写真はラルフ別注クロケットジョーンズ製のホワイトバックス。実際はカーフスエードだがもし本物のホワイトバックスがご所望ならビスポークでないと難しいだろう。

(18) 夏の装い
ホワイトバックスに限らずスェードの靴を履く時に避けるべきはジーンズ…それもインディゴ系は要注意だ。染料の残るヘムがスェードのアッパーに擦れるだけで青い色がスエード表面に残ってしまう。ホワイトバックスなら尚更、せめてホワイトやアイボリーなど淡色系のジーンズか写真のようにコードレーン、シアサッカーやチノパンが無難だろう。写真のパンツとソックスはどちらもブルックスブラザーズ。

(19) ダーティーバックス
アイビーリーガー達がホワイトバックスをわざと汚して履いていたことから「それなら最初から汚れたようなサンドベージュのスェードで作ったら?」ということで生まれたダーティバックス…。写真はブルックスがオールデンに明るめのミルクスェードで作らせたもの。ブリックソールからフレックスレザーに、プレーントゥではなくセミブローグというひねりが面白い。


(20) ブルックスブラザーズ別注
オールデンが唯一自社の名を出さずブルックスの靴を作っていたのは有名な話で、ある時都内のデパートにオールデンとブルックスのスェードブーツが並んでいたことがある。両社作りは変わらず値段が違う現象に戸惑ったことを思い出した。それも昔…コロナ禍を経てブルックスとオールデンの関係は解消されこの靴も幻の逸品となっている。夏といえば白綿パンにコットンのアーガイルソックスがマイ鉄板コンビ。


起毛素材の靴も色目から考えれば濃茶のバックスキンなんて秋冬専用だろうし真冬にホワイトバックスを履くのもハードルは高い。日本の夏は暑いからスエードの紐靴より楽なローファーに流れる。いくら起毛革の靴は一年中OKと言われても季節感は他の靴同様あるはずだ。強いて言えばスエードのローファーがあれば通年行けそうか…。


早速ウェブ検索、「スエードのローファーがオールデンNYにあったな…いやペルティコーネかジョンロブにオーダーするか…待てよグッチのビットローファーにもスェードがあったはず。」などとあれこれ考えていたらユダヤの格言「人はあるものを粗末にし、ないものを欲しがる」を思い出してウェブサイトの検索ページを慌てて閉じた…。

By Jun@ Room Style Store