エラスティックシューズ | Room Style Store

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2022/01/08 11:44


靴好きの間でも知られるようになったエラスティックシューズ。元祖は1837年Joseph Sparkes Hallがサイドエラスティックブーツ(後のチェルシーブーツ)を発明したことに端を発するようだ。その後短靴の両脇にゴムを配したスリッポンタイプに改良したのが誰かは分からないが、1853年創業のTucZek : タックゼックは靴紐のない斬新なデザインを勧め、新しもの好きな客に人気を博したと聞く。

タックゼックに在籍した名工ジョージクレバリーが独立したのは1958年、彼もまたエラスティックサイデッドシューズ(Elastic Sided Shoe : 通称ESS)で評判を呼び、ジョージの店で最初に注文するのはESSという暗黙の了解があったとか…。一方ジョージの抜けたタックゼックは勢いを失い、1970年にはロブロンドンに買収されてしまう。100年以上続いた名店の終わりはあまりにあっけない。

そこで今回は伸縮素材をブーツ靴に用いた黎明期から独創的なデザインやアイデアで発展し続けてきた異端の靴、エラスティックシューズにスポットを当てて自分なりにまとめてみようと思う。

【ジョージクレバリー】
(1) ESSを注文する
クレバリーでの初注文となったサイドエラスティックシューズ。英国ではElastic Sided Shoes(以下ESS)の方が一般的のようだ。ロンドンでオーダーを入れ、仮縫いは帝国ホテルのトランクショウで済ませたが他の顧客の仮縫い靴は紐靴ばかり…伸縮性のあるゴムでフィットさせることなんて邪道だと思ったのかはたまた見慣れぬデザインへの抵抗感なのか兎に角マイナーな存在だった。


(2) 理想の仕事靴
ところが履いてみるとタックゼックやジョージの顧客同様その快適さに驚かされた。何しろ①足が浮腫む午後もエラスティック部分が圧をうまく逃してくれる。それに②靴を脱いだり履いたりする機会の多い日本では着脱が容易なことほど助かることはない。しかも③ローファーのように学生っぽさのないデザインは正に理想の仕事靴。誂え靴が増えていっても頻繁に履いていたせいかあっという間にオールソールするほどだった。
trousers : United Arrows

(3) 異端の靴
靴内側の小窓を見ると9-98と書かれ、98年9月の注文だと分かる。翌年ロンドンで受け取りパリへ移動したが、ちょうどヨーロッパで皆既月食が見られた年でユーロスターの車内では乗客に偏光グラスが配られた。車窓から薄暗い景色や月に隠れる太陽を見たことを思い出す。パリで早速友人に完成した靴を見せたが「変わった靴」「納期の遅さ」「コスト」など反応は鈍かったことをよく覚えている。

(4) 茶のESS
友人には不評だったが本人はツイスト(ひねり)の効いたスタイルは正に英国風とばかりに初ESSから3年後、今度は茶色のESSを注文した。黒ESSではセミブローグ風だったので今度はステッチだけのイミテーション(フル)ブローグに変更、つま先にイニシャルをリクエストした。クレバリーでのオーダーもそれなりに回を重ねることでリクエストもしやすくなっていた。


(5) 久々の登場
ところがいざオーダーしてみると茶のESSは履く回数が黒より少なかった。仕事には黒のESSを選ぶしオフには好きなローファーやブーツなど履きたい靴がたくさんある。ただ今回久しぶりに履いたら今の季節にピッタリなことに気がついた。ローファーじゃ寒々しいし紐靴じゃ窮屈、そんな時に暖かなウールソックスと茶ESSを組み合わせたらかなりイケる。
Trousers : Incotex

(6) 1足目との比較
黒茶揃ったESS。両者ともつま先はチゼルトゥで木型は変更していないが履き口のVラインとつま先の幅が違う。黒ESSの方が幅広なのはキャップ部分の革が重なっているからだろう。一方の茶ESSはイミテーションブローグのためつま先は一枚革…両者の差は僅か革一枚分だが違いは大きい。「靴のデザインはミリ単位で見た目が大きく変わる」とノーザンプトンのジョンロブパリで聞いた言葉が納得できる。

【番外編❶】
2000年代に入りジョンロブパリによる買収で危機を迎えたエドワードグリーン(以下グリーン)が満を持して発表したトップドロワーシリーズ。中でも写真のAttlee(アットリー)はESSの魅力を既成靴でも味わえる秀作だった。とはいっても靴仲間はキャップトゥ(Churchill)やセミブローグ( Asquith)に軍配を上げていたが、グリーンはその後もキブワースという名でESSを出し、果敢に市場を開拓していた。


(7) 初レイジーマン
黒ESSのオーダーから3年、2001年には黒ESSの発展形で甲部分に飾りの紐靴(革製)が付いたサイドエラスティックを注文した。対応したグラスゴー(以下全てシニア)が「レイジーマン」て呼んでいると教えてくれた。同じ頃日本でオーダーしていたのが故加藤和彦氏だったことは後で知ったが、当時のデザインは今時のレイジーマンよりシンプルだった。

(8) 紐靴に見えるか?
近くからだとすぐにイミテーションだと分かってしまうが、遠くからなら写真のように一見紐靴に見えなくもない。もっとも横から見るとガセット状のサイドエラスティック部分が見えてしまうので、トラウザーズの裾は靴が隠れるようなワンクッションが理想かもしれない。この靴もよく履いたのでつま先がかなり減ってきている。近いうちにリペアに出す必要がありそうだ。
Trousers : Suit by Southwick


(9) 赤いライニング
この頃からつま先をチゼルトゥからスライトリースクェアにしたりライニングを赤にしたりと注文時の指示はより細かくなっていった。残念ながら既に2000年でカールフロイデンベルグは廃業してしまい、1足目のような上質な黒のボックスカーフはなかったが当時はさほど切迫感もなく「フレンチカーフでも良いか」…くらいにしか思っていなかった。

【センターエラスティック】
(10) 馴染みのあるデザイン
翌年の2002年、レイジーマンも含めエラスティックシューズはひととおりオーダーしたと区切りをつけたらまたもやグリーンからウィグモアという名のエラスティックシューズが発売された。日本では「ギョーザ靴」と揶揄されるタイプだがグリーンは微妙なデザインを上手く処理して格好よく仕上げていた。早速クレバリーによく似た靴をオーダーしたのが写真の靴だ。


【番外編❷】
こちらがグリーンのウィグモア。市販の木型606から808に変更、革をファインブラックカーフに指定してトップドロワー仕上げを依頼している。実はこのファインブラックカーフがカールフロイデンベルグと知ったのは後のことで、あの時もっとオーダーすればよかったと後悔している。それにしてもこの時期のグリーンは攻めの姿勢やロブパリへの対抗意識が感じられて好きだった。


(11) 履いてみる
エラスティックタブ、あるいはセンターエラスティックと呼ばれる靴を履いた写真。サラリーマン御用達のスリッポン靴とよく似ているがギョーザといわれるモカ縫いや甲部分のベルトがなく正統派英国靴の雰囲気が漂う。これがウィグモアのように黒だったらもっと仕事向きな印象だろう。つま先はソフトチゼルに変更、ノミで先端を斜めにカットしたチゼルトゥから見ると大人しい。
Trousers : PT Torino


(12) エラスティックオンインステップ
このタイプはStジェームスのジョンロブでもポピュラーなようでエラスティックオンインステップ(Elastic-On-Instep : 以下EOIと省略)と呼ぶそうな。確かにタンを裏返すとエラステックが甲(インステップ)の上に来ている。ではESSとEOIを比べてみたら…足が浮腫みやすい人はESS、甲高な人はEOI…デザインは無難なESSに尖ったEOIといった感じか。


【エキゾチックレザー】
(13) ESSプレーントゥ
エラスティックシューズは卒業したと思っていたが2004年にエキゾチックレザーで靴を作ろうか…となった時グラスゴーが「ワニ革はシンプルなトゥデザインがいい」ということでESSが再び候補に。出来上がったのが写真の靴だ。数あるクレバリーの靴の中でも存在感は圧倒的、納品時に同席した友人が「やっぱりクレバリーは上手いわ…」と思わず口から出た言葉が印象に残る。

(14) カジュアルに…
靴自体に存在感があるのでスーツは避け、専らカジュアル専用に履いていた。写真はガンクラブチェックのパンツと合わせているが、上はBDシャツにニットなどラフなスタイルでまとめることが多い。この頃から腕の立つアウトワーカーが増え、クレバリーの靴のクオリティが一段と上がっていった。日本へもグラスゴーとカネーラが一緒に来日するなど賑やかだったことを思い出す。

(15) ライニングに凝る
ビスポーク靴の楽しみの一つに「ライニングを何色にするか」がある。この時はレーシンググリーンをチョイス、履いてしまえは一切見えない履き手だけの密かな喜びだ。オーダー年月は9-04、2004年の9月に東京でグラスゴーから「エキゾチックレザーの靴はどうか」と薦められてオーダーしたものだが、その後10連続アリゲーターを注文するとはよもや思わなかった。


(16) レイジーマン再び
茶のアリゲーターESSを試した勢いで今度は黒アリゲーターのESSレイジーマンをリクエスト。飾りの靴紐の下には閉じた羽根のラインがステッチで表現されるなどデザインは着実にアップデートしていた。顧客とのやり取りの中でアイデアが形になっていったのだろう。このデザインが既成靴に降りてくるのは後年アンソニークレバリーの発売まで待つことになる。


(17) 控えめな合わせ
完成した黒アリゲーターのESSレイジーマン。色が黒のせいか思ったよりも地味でオフタイム限定で黒のモードなスーツに合わせたこともある。写真はプラダのウールパンツと合わせたところ。グッチにしてもプラダにしてもモードな服とクラシックな靴は意外と相性が良い。それにグッチはゼニア、プラダはベルベスト製ということもあって自分の中ではクラシコイタリアに近い感覚があった。
Trousers : PRADA


(18) 比べてみる
アリゲーターシリーズ初期の2足。プレーンな茶では:〇の親子穴は小さ目にレイジーマンでは大きめにするなど微妙な作り分けをするところは流石のクレバリー。先代ジョージクレバリーが得意だったESSも気が付くと5足、センターエラスティックを入れると6足にもなっていたが、ここから次第にカジュアル(ローファー)の注文が増え、結局この2足がクレバリーでは最後のESSとなった。


【フォスター&サン】
(19) メダリオントゥ
丁度ミレニアムから始まったロンドンの誂え靴屋フォスター&サンとのお付き合い、3足目にオーダーしたのはなんとつま先にメダリオンの入った黒ESS…当時クレバリーの黒ESSがリペアに入ったことがきっかけだったと思う。クレバリーとデザインが重ならないよう朴訥としたマックスウェルのサンプルを見本にしたがテリーのラストに乗せると俄然格好良くなるのに驚いた。


(20) オンビジネス
この靴も実によく履いた。おかげで釘打ちだけのつま先があっという間に減りフォスターにリペアを依頼。革当てとメタルプレートを付けて整えてもらった。松田さんのお陰で修理プライスは日本国内とさほど変わらず仕事も丁寧。言う事なしだった。歳を重ねると紐靴が億劫になるせいか黒ESSはクレバリーもフォスターも頻繁に履いていたので減りが速いのも当然だったと思う。


(21) マックスウェルネーム
ヘンリーマックスウェルのサンプルを見本にオーダーしたのでインソックもマックスウェルを指定したが当時は金色スタンプがなくて刻印のみ…全く読めなかったことを思い出した。その後つま先の修理ついでにインソックを金のスタンプ付きに交換、ようやくマックスウエルらしくなった。ライニングの色はフレンチブルー…割と気に入っている。


(22) ラストオーダー
仕事で黒靴を履く機会が少なくなり始めた頃になぜか黒ESSのレイジーマンをオーダーした。多分仕事用のあがり靴だったのだろう。イミテーションフルブローグに羽根が閉じた意匠の最新バージョンでお願いしている。アッパーは革の重なりがないので歩行時のストレスもなく甲の圧迫感や足の浮腫もエラスティックが逃してくれるので正統紐付フルブローグの出番が一気に減ってしまった。


(23) チョークストライプのスーツ
横から見ればサイトガセットの縦縞が目立つものの正面からは立派な紐靴それも重厚なフルブローグに見える。チョークストライプのビジネススーツに合わせても存在感は十分、しかも軽く快適な履き心地はESSの最終形ともいえる。ソールはやや厚めでつま先にプレートを最初から付けるなど履く回数の多さを想定した仕様になっている。

(24) フォスター&サンの行方
既にロンドン一の靴屋街ジャーミンストリートから撤退したフォスター&サン。コロナ禍がいつまで続くのか分からないが一刻も早くトランクショウを開いて受注を再開したいところだろう。自身も早くロンドンに行きたいが目下のコロナウィルス感染拡大状況にあって渡英はまだまだ先になりそうだ。だがテリーも松田さんもいないフォスターに眠るマイラストで再び注文する日ははたして来るのだろうか…。


かなりのボリュームになった今回のエラスティックシューズ特集だが、インスタグラムで検索するとサイドエラスティックシューズ(ESS)は相変わらず少数派だがレイジーマンはシューメーカーの先導もあって履き手も少し増えているようだ。紐靴に比べると圧倒的に少ないがそれでも日本はもとより海外の靴メーカーが既成のレイジーマンを次々とリリースしている効果が出てきているのだろう。


コロナ禍でリラクシングウェアの需要が伸び、靴も快適なスニーカーがヒットしている今ならばスニーカー並みの履き心地と紐靴のような外見のレイジーマンがもっと売れても良さそうなものだが、インスタで#タグを付けて検索するとレイジーマンは500件程度、ローファーの22万件やプレーントゥの1万件には全く及ばない。レイジーマンでさえそうなのだからESSは更にマイナーなのだろう。


今年は初ESSを注文してちょうど25年、節目の年に当たる。四半世紀の間私の足に寄り添ってきたことに感謝を込めつつ、今年はせっせと履こうと新年の抱負をここに記しておきたい。


Jun@RoomStyleStore