フィレンツェ仕立て | Room Style Store

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2022/03/05 07:51


サルトリアフィオレンティーナ…フィレンツ流仕立服とでも訳せばよいだろうか。イタリアといえば個性派のナポリが有名だがフィレンツェの仕立服はそれ以上に独創的だ。サビルロウやミラノ、勿論ナポリとも違うアプローチで着道楽たちを唸らせてきた。それは脇身頃の細腹(サイバラ)を付けずに上着を前後の2面体で作るという技。パーツの数が少なければ当然身体にフィットさせるのは難しくなる。

そこでボディに沿って余分な生地を前に寄せ、脇に寄せたダーツでクセ処理を行い立体的に仕上げる方法が編み出された。ダーツをスカー(傷)に例える洋裁からすればパーツを減らしダーツを端に寄せることで無地は勿論柄ものも美しい仕上がりとなる。芸術の都フィレンツェらしい美意識の高い仕立てというわけだ。今その技を現地で習得した日本の職人によるフィレンツェ仕立てが話題を呼んでいる。

そこで今回は20年以上前に遡って当時のフィレンツェ仕立てのスーツをオーダーした記録を紐解きながらその魅力について書き記してみようと思う。

※扉写真はリヴェラーノとセミナーラの仕立スーツ

【Liverano&Liveranoで誂える】
2000年夏、曇り空のミラノから陽光も明るいフィレンツェに到着。当時はまだ日本人スタッフもおらず「英語は少し」というリヴェラーノさんに合わせてイタリア語に長けた現地の親戚にアポ取りと同席を依頼。初対面の当主アントニオさんは実直な人柄。如何にも良い服を作ってくれそうな信頼感に溢れていた。


(1) 英国製ウール&カシミアの生地
フィレンツェ仕立ての始まりはイタリアきっての名サルトリヴェラーノから…店のドアを開けると当主のアントニオさん自らお出迎え。早速ABITO(スーツ)で色は無地に近いグレー、3釦の段返りで3シーズンものを…とお願いすると出してきたのが英国製ウール&カシミア。ネイルヘッドに近いその生地は一目見て分かる極上ものだった。


(2) クリースの落ち方
数日後再びアトリエへ…既に日本で受注会を開いていたアントニオさん曰く「この生地なら日本でオーダーすると50~60万円はするでしょう。」などと裏話を楽しく聞きながら仮縫いを終えて再会を約束。一年後に完成品を着た時は上着のフィット感もさることながらパンツ(組下)のクリースが綺麗に靴の中心に落ちるのに感動したことを今も鮮明に覚えている。


(3) フィレンツェコンビ
実はリヴェラーノ初オーダーの翌日、近場のBONORA(ボノーラ)でも靴を注文していた。おかげで一年後にリヴェラーノとボノーラをまとめて引き取って帰国。以来幾度となくタッグを組んで仕事に臨んだ。丁度その頃は重要な案件やプロモーションが重なった時期、リヴェラーノ+ボノーラのパワーコンビで山を乗り越えたことも懐かしい。


(4) 組み合わせ
イタリアのスーツに鉄板のネクタイは?と聞かれたら間違いなく小紋柄と答えると思う。中でもマリネッラはメローラと同じ50ozシルクのふわっとした感じが堪らない。大切な人に会うときは大抵マリネッラを締めたものだ。一方左のボノーラ…革はデュプィでウェストンのマロン色によく似た感じが気に入って注文。以来アズーロエマローネの着こなしに欠かせない。


【G.Seminaraで誂える】
リヴェラーノは夏になるとバカンスで店を閉める。なんでも受注会を兼ねて熊本によく行っていたそうだ。欧州各地を回っていた関係で夏場に注文できるサルトをフィレンツェで探していたらGianni Sminara(以下セミナーラ)に知己を得た。以来夏はセミナーラでスーツを、冬はリヴェラーノでジャケットをオーダーするという流れになっていった。


〜1着目のスーツ〜
(5) 英国製の生地を選ぶ
イタリアのサルトに英国製の生地で注文する。服好きの間では「間違いのない選択」と言われているものだ。ドゥオモ近くにアトリエを構えるセミナーラでは秋冬の紡毛素材からスタート。遠目にはチョークストライプに見えるダブルストライプは勿論英国製。仮縫いを経て仕上がったスーツは狙いどおり一見英国調、しかし着心地は極めてソフトなフィレンツェ仕立てになっていた。


(6) ミラノとフィレンツェの往復
ミラノではメッシーナ(写真の靴)でオーダーを開始。鉄道で片道2時間のフィレンツェへは日帰りで出向いたこともある。セミナーラのスーツはリヴェラーノより更に軽くソフトな着心地。一見頼りなさそうなほど柔らかい。硬さを微塵も感じさせず、握ってみても布の束を掴んでいるようだ。打ち込みのしっかりとした英国生地が合うのも頷ける。


(7) スーツに茶靴
イタリアンスタイルに茶靴は定番。写真は2足目だがイギリス式にベヴェルドウェストで…と頼んだらたとえ内羽根式でも「茶ならスクエアウェスト」とメッシーナ親方は頑なだった。写真を見ると柔らかなスーツにスクェアウェストの靴も良い。今は亡きメッシーナ親方もBene(良いじゃないか)と褒めてくれると思う。因みにこれだけ近くで撮影してもチョークストライプに見えるほどダブルストライプの幅は細い。


【参考資料】
ガットの流れを汲む靴
メッシーナの修行先がガットの流れということもあり、出来上がった靴もガットによく似ている。例えばレースステイ両脇のパーフォレーション。緩やかに弧を描く英国式と違って下部で90°方向を変えて広がる。またつま先もアイアンフラットと呼ばれトゥスプリングの殆どないもの…英国式とはだいぶ違う。


(8) チェンジポケットを付ける
セミナーラのアトリエではチェンジポケットをリクエスト。英国スタイルと違ってポケットとチェンジポケットが離れ気味なイタリア流が意外と好みだったりする。90年代にブルーの地付きシャツとセットで流行したイエロータイはステファノビジ。暫くクローゼットで眠っていたが久々にブルーの縞シャツと組んで登場。英国調のスーツにはよく合う。


〜2着目のスーツ〜
(9) 再び英国製の生地で
2着目も英国製の紡毛系でオルタネートストライプをチョイス。フラップなしのポケット(+チェンジポケット)をお願いした。細腹なしでダーツが端に寄った前身頃は写真のように柄が一切途切れることなく肩から裾まで続く。これこそフィレンツェ仕立ての真骨頂、同じように柄が途切れない仕立てはダーツのない(ただしずん胴)アメリカンサックスーツしかないだろう。


(10) 黒靴を合わせる
ミラノのメッシーナでベヴェルドウェイストの靴を試したくて珍しく黒のアデレイドを注文。はたしてメッシーナ親方の言うとおりベヴェルドウェイストで仕上がってきた。3足目となるこの靴でリラからユーロに支払いが変更。2002年3月から公式にリラが終了しているので多分その頃納品されたのだろう。もう20年も前の話だ。


(11) イタリアの黒靴
綺麗なベヴェルドウェイストソール。革はジャーマンカーフだからカールフロイデンベルグだろう。引き取りに行ったとき「ミラノのお客さんは黒靴を注文しないのか?」と尋ねたら結構オーダーするがフォーマルが多いとのこと。2つ折りにできる驚愕のレザーパンプス(タキシード用)を見せて貰ったことを思い出した。


【参考資料】
茶靴と黒靴
2足目の茶靴と3足目の黒靴。アヒルのくちばしに例えられるイタリアのスクェアトゥだが誂えのそれはやや控え目でチャーチスの名ラスト♯73にも似ている。左のアデレイドは最近は日本でも取り入れる靴職人さんが増えたがハープの形をした革のパーツを上から重ねるタイプ。下からパーツを縫い合わせる英国式とは正反対の作り方だ。


(12) 斜めに走るダーツとフラップなしのポケット
フラップなしのポケットで終わる斜めのダーツ。ストライプがかなりずれているが、それだけ立体的に仕立てるために生地を寄せたからだろう。当時は派手な柄物は考えもつかなかったが今なら大いにあり。次にフィレンツェに行ったらセミナーラで柄物ツィードのジャケットを仕立てようと思っている。小紋のネクタイは珍しい英国製、ホリデーブラウンのものだ。


〜3着目のスーツ〜
(13) 春夏生地で誂える
3着目で春夏ものを初オーダー。2着グレーが続いたのでアズーロに近いブルーを選んだ。バンチから気に入った生地を選んで注文…またしても英国製だった。今回は段返り(three roll two)をリクエスト、第一ボタンが裏返るのでボタン穴を両側からかがるようお願いしている。写真で見ても分かるが殆ど2つ釦のようだ。


(14) ローマの名靴と
写真はフィレンツェからローマまでさらに足を延ばしてG.Marini(マリーニ)で誂えたウィスキーコードバンのプレーントゥ。当時ローマではミコッチという小さなシャツ屋で仕事用のシャツを毎回まとめてオーダーしたので最初はミラノだけだったのにいつの間にかミラノ⇔フィレンツェ⇔ローマの3都市往来が定番化していった。


(15)  アズーロエマローネ
ローマのマリーニはミラノのメッシーナと違って茶靴でもベヴェルドウェストで仕上げてくれる。深くえぐれたアーチラインはオールデンのプレーントゥとは対極の仕上がり。サンプルどおりに4アイレットをリクエストしたので短めの外羽根も靴を華奢に見せる。手持ちの誂え靴の中で一番シンプルでドレッシーな茶靴が出来上がった。


【参考資料】
無地に見える織柄
濃淡2色の青糸で織り上げたスーツ生地。当時はネイルヘッドやバーズアイ、ピック&ピックなど無地に近い柄物が好きでクローゼットを見ると誂えも既成も合わせて結構な数が並んでいる。袖口の処理は4つ釦のうち一番上は開き見せ、特に指定しなかったのでこれがデフォルトなのだろう。リヴェラーノもセミナーラも毎回同じ仕上げだった。


(16) 補色関係
寒色系のブルー(アズーロ)と暖色系のブラウン(マローネ)は補色関係。寒色系は収縮色で後退色、暖色系は膨張色で進出色ともいわれ両者を組み合わせると立体的に見える効果があるらしい。着手をスマートに見せる収縮系のブルースーツに無彩色の白シャツを挟んで膨張系のブラウンタイを締める。どうやらイタリア男の着こなしは理に適っているようだ。


〜4着目のスーツ〜
(17) ナポリ風の味付け
4着目はイタリアの生地を使った初の春夏物スーツ。湿気の多い日本の気候のせいか胸から肩、ラペル周りにパッカリングが出るナポリ風に仕上がった。紳士服の仕立では身体に沿わせる湾曲とパッカリングは交換不可能な関係だという。日本の仕立屋はパッカリングをつぶそうとするがイタリアではパッカリングを残しても湾曲させる方を重視するようだ。
Shirt : Batistoni(su misura)


【参考資料】
究極のシャツ
(17)で着ているシャツはローマのバティストーニ。ミニマム3枚の誂えは少なめの設定だが全てカルロリーバで注文しているので値段はかなりになる。袖付けとボタンホールは手縫いで襟は細かなピッチのミシン仕上げ…フライのシャツに手縫いを加えた究極のシャツとでも言えば良いだろうか。最後にシャツを誂えるとしたらここしかない。


(18) 英国調の靴
ミラノのメッシーナとは反対の正統派アデレードはフィレンツェのボノーラ、(3)で紹介した1足目に続く2足目。ナチュラルレザーに手仕事でバーガンディの色付けを行ったアッパーは独特のむらと色褪せた雰囲気が特徴。最近よく見かけるマーブル模様のミュージアムカーフなどまだなかった時代のものだ。


【参考資料】
1足目と2足目の変化
ボノーラの1足目と2足目の比較。木型をラウンドトゥからスクエアに変更して捨て寸を若干長めにと依頼して完成した2足目(右)は見違えるほどイタリアンなスクェアに変身。大満足の仕上がりでここから更に2足注文、合計4足をフィレンツェに行く度に注文していた。年に1足として4年間、毎年少なくとも1回は訪問していたことになる…。


(19) ラスト(木型)の行方
フィレンツェは英国ものを揃えている店が何気に多い。エレディキャリーニやプリンチペ、マウロヴォルポーニなどアングロイタリアンな店を回るのも楽しみの一つだった。ボノーラの靴もフィレンツの中では英国よりだったが残念なことに早々と閉店、靴作りを担っていたルーマニアのサンクリスピンがラストを引き継いだ。


(20) 珍しい小紋タイ
淡い水色の小紋タイは珍しいPRADAのもの。ローマではセール品の売れ残りを激安で売る店があった。今回のコロナ禍で閉店したが昔は掘り出し物をよく探したものだ。ブリオーニの上着やプラダの靴、ボリオリやラルディーニなど…目利きが見ればタグを外しても分かるがこのプラダだけはタグを外したらまず分からないだろう。


【番外編】
 プラダの思い出
90年代の終わりからオーダー三昧と並行してプラダにも顔を出していた。トムフォードのグッチが快進撃を続けていたが派手なグッチよりストイックなプラダに興味津々、そのうちシンプルで機能性に優れファッション性も高いプラダスポーツが誕生すると新作をわざわざパリで買ったこともある。


テイラードもののスタンダードは英国にあるといわれる。確かにサビルロウで誂えたスーツは紳士の鎧、着手を凛々しく見せる。立ち姿が美しくなるよう仕立てられた英国服は背筋が伸びてこそ最大の効果を発揮する。だが時には穏やかにオフィスで過ごしたい日もあるはず。過緊張にならずリラックスした状態を作り出すのに心地よい服は欠かせない。

そんな時は軽くて着手をやんわり包むフィレンツェ仕立てのスーツに限る。人の体の動きに沿った立体的な作り、肩の凝らないソフトな肩回り、ストレスを感じさせない腰回り。美意識への追求が生み出したフィレンツェカットは着手を美しく見せる。何よりスーツを趣味で着ることができる今の自分にとって選ぶべきはフィレンツェ仕立てのはずだ。


By Jun@Room Style Store