靴の素材(爬虫類:上巻) | Room Style Store

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2022/03/13 14:17


エキゾチックレザー、中でもワニやトカゲなどのレプタイルは独特の斑や透明感のある色目で様々な革製品に使用されてきた。身近なところでいえばベルトや時計バンド、バッグ、靴などだろう。ところが英国の百貨店「セルフリッジ」が2020年までにエキゾチックレザー製品の販売を取りやめると発表、動物愛護の観点から今後は食用の家畜から採られた革製品のみを取り扱うことを目標に掲げた。

既にミンクなど毛皮製品の取り扱いを中止した同社は「食肉文化が続く限り廃棄される原皮のみを有効に使うことはサスティナブルな取組」と強調。こうした動きにシャネルやグッチなどハイブランドも不使用を宣言、エルメスは「ワニ革業者には高い倫理基準を課している。」と回答した。何より2019年までの過去7年間で米国に輸入されたレプタイルレザーはそれまでの90%減という驚きのデータがある。

靴でいえばウェストンはまだアリゲーターやリザードを扱っているがクロケットジョーンズやエドワードグリーンは小物のみ…足早に市場から姿を消しつつあるようだ。そこでかっては洒落者たちがこぞって履いたというレプタイルの靴について2回に分けながらアーカイブとして書き残そうと思う。

※扉写真はレプタイルの靴


【最初のレプタイル】
(1) J.M.Weston
現存する最も古いレプタイル靴がこちらウェストンのクロコダイルローファーになる。1995年の年明け早々NYのウェストン店で行われたニューイヤーセールで手に入れた1足だ。2022年現在の値段は682,000円だが当時は8万円くらいだったと思う。昔はニューヨークだけでなくパリでもSOLDES(ソルド:セールの意)をやっていたウェストンだがいつの間にかそんな話も聞かなくなった。


【参考資料】
1990年当時のウェストンクロコの値段
婦人画報社1990年発刊のブランド図鑑から写真を拝借。ウェストンのクロコは当時248,000円でリザードが138,000円、カーフやスェードは59,000円だった。当時の大卒初任給が160,900円、初任給2か月分で買えたのに直近の大卒初任給は220,438円、なんと682,000円のアリゲーターローファーを買うには初任給3か月分が必要になる。日本の賃金上昇率の低さが話題になるのも頷ける。



(2) 吉賀店長の話①
ウェストン青山店にクロコを履いていった時のこと。店長の吉賀さんは「ウェストンのクロコは斑が左右対称になるよう革の束を何度も見比べてパーツ取りをするんです。一日で1足分しかできない日もあるんですよ。」と言いながら「ほら、綺麗に線対称になっています…。」と指で靴をなぞっていく。上の写真はそれを再現したものだが職人の集中力を実感する。


【参考資料】
手書きのサイン
吉賀店長さん曰く「クロコのローファーはサイズ表記が手書きなんです。」とのこと…当時既にカーフ版は印刷表記だったので「職人が丹精込めてカットした証ですかね…。」と話は尽きない。因みに数字の一番前は製造年の末尾、この靴の場合は0なので1995年の購入だが製造は1990年になる。残念ながら今は全てのモデルがレーザー彫刻機によるサイズ表記になってしまった。


(3) 吉賀店長の話②
吉賀店長は「ウェストンのクロコに穴開きのリーバイス501…肩にカシミアのセーターなんか羽織って…」と言いながらパリジャンの着こなしを紹介してくれる。そのせいかこの靴を履くときはジーンズばかり。話のお礼にせめてと靴クリームを買って店を出たが、小物しか買わないのに客として暖かく迎えてくれた懐の深さを思い出す。もう四半世紀近い前の話だ。
Denim : RRL
Socks : Brooks Brothers


(4) タイトフィット
ウェストン名物のタイトフィット…パリ本店はメジャーで測ると「あなたのサイズは7.5-C…」と有無を言わさぬ雰囲気だったがニューヨークでは7.5-Dをチョイス。流石は自由の国アメリカだ。因みに日本の青山店ではゲージで測った後で客の好みに合わせてサイズ違いを何足か出してくれる。ハーフサイズ上げてウィズを一つ落とすのもOKと丁寧な接客が光った。


【ジャーミンStにて】
(5) リザード靴を買う

斑の小さなリザードはレプタイルレザー入門に最適な素材。確かに遠目にはグレインレザーに見えなくもない。1998年夏、クレバリーで初オーダーの帰りにジャーミンStを散策。どこもSALE真っ只中だったが一際重厚な店構えのトリッカーズの前で足を止めた。ウィンドウに並ぶリザードのタッセルローファーがセール、しかも日本円で6万円⁈…気がつくと店の中に入っていた。


(6) 年代物のトリッカーズ
シューリペアーのユニオンワークスによれば製造番号が808052だと90年代の製品に当たるようだ。購入後25年経つが製造は恐らく90年代初期から中期だろう。途中経年変化によりレプタイルものにありがちな退色が進んでいたので専門業者に靴のメンテナンスと革の染め直しを依頼している。おかげで黒さが戻り、購入時よりもさらに見栄えが良くなった。


(7) ジャケパンスタイル
黒のリザードスリッポンにグレーのウールパンツとソックスのトリオ。昔銀座のラルフローレンに行くと靴コーナーに鎮座していた黒と茶のリザードスリッポンがいつも気になっていた。日本製靴のライセンス品だったがその時にリザード=タッセルスリッポンがインプットされたに違いない。店に入って試着「お買い上げ」まであっという間だった。
Pants : Marco Pescarolo
Socks : Brooks Brothers


(8) 革の継ぎ目
リザードはクロコダイルに比べて原皮のサイズも小さいため、靴を作る際は途中で継ぎ足す必要があるようだ。写真でも両サイドの中央に切り返しが入っている。表面の丸い小さな紋様から察するに素材はリングマークリザードだろうか…時計バンドなどはミニクロコとでも呼べる長四角の斑が並ぶテジューが有名だが、リザード素材は大抵そのどちらからしい。


~レプタイル靴のビスポーク~
レプタイル、中でもアリゲーターの靴をビスポークするようになった経緯は以前も書いたがクレバリーのグラスゴーが「アリゲーターで靴を作ってみたら…?」と勧めてくれたのがきっかけだった。カーフやスエード、コンビとひととおりオーダーし終えた先に待っていたのがレプタイルだった。


【アリゲーター1足目】
(9) シンプルなデザイン
アリゲーターやクロコの靴は独特の紋様と透明感のある色目が特徴。特に竹斑と呼ばれる四角い部分はスケールが大きくなると遠目にもはっきりと分かる。グラスゴーは切り返しの少ない「シンプルなデザインが良い。」と力説していた。革の配置も斑の小さな部分をつま先に配し、徐々にスケールが大きくなるようパターンを取るとのこと。なるほど1足目は基本に忠実な仕上がりのようだ。


(10) 革の枚数
1足の靴を作るのに革がどれくらい必要か聞いたところ原革を2~3枚使うとのこと。牛革の中でベビーカーフがベストなのと同様ワニ革もベビーアリゲーターが一番のようだ。ただ一枚の面積が小さいため最低でも左右で2枚、その他のパーツで1枚必要とのこと。写真の靴の場合穴飾りのある切り替えし前後でパーツを繋いでいるので最低でも2枚使っていると思う。

(11) コットンスーツと
出来上がったアリゲーターのサイドエラスティック。透明感のあるアメ色や小から大へと大きさを変える斑の美しさも相まって存在感は強烈だ。ドレススタイルには印象が強過ぎるすので専らカジュアルな服を合わせているが、アリゲーター(クロコ)の靴は春~夏の日中に履く靴、シーズンスタートの春に相応しいコットンスーツに合わせるのも悪くない。
Cotton suit & socks : Brooks Brothers


(12) グロッシーかマットか
当時のワニ革見本は全てグロッシー(艶あり)。この艶がアリゲーターの魅力でもあり目立つ要素でもある。結局前半5足は艶ありだったがマット(艶なし)が出てくると残り5足は艶なしにしてバランスを取っていた。思い返せば1足目の頃はトランクショウで自分以外アリゲーターなんて誰も注文してなかったのに徐々に増えていった。ひょっとして自分の仮縫い靴を見てオーダーした他の客がいたのかもしれない…。


【アリゲーター2足目】
(13) 黒を選ぶ
1足目の納品で他の靴を圧倒する存在感を受けて色を控えめな黒に変更、再びサイドエラスティックで注文した。トリッカーズのリザード同様黒ならジャケパンにも合うだろうと思ったが、出来上がった靴はかなりの存在感。もっぱらウィークエンドに登板する黒靴になった。因みにこの靴を注文した時はジョンカネーラもグラスゴーと共に来日、久しぶりの再会を祝った。


(14) 当時の価格
シューレースを細革で再現、甲に乗せて紐靴のように見せた(Faux laceあるいはFake Lacing)のがレイジーマン。紐の部分は共革で仕上げるらしくしっかりアリゲーター素材を使用している。当時の価格はアリゲーター1足と通常のカーフ素材2足分の値段がほぼ同じだったと思う。年1足のオーダーを2年に1足にすれば良いかと思ったが結局毎年オーダーしていた…。


(15) ジャケパンスタイル
ビスポークものと並行してデザイナーもの、なかでもプラダを好んでいたせいかよくモノトーンの着こなしに合わせていた。写真のようにグレーのパンツに黒ソックスとブラックアリゲーター、上半身も白シャツに黒のジャケット、締めは黒のニットタイなんてのもよくやった…。写真はインコテックスの極めてビジネス向きのグレーパンツと合わせたところ。


(16) ノーズのデザイン
2005年のオーダーになる2足目のアリゲーター。途中で一度スクェアからラウンドにつま先を替えた後に再びスクェアに戻したらバランスが変わったことがある。そこでアリゲーターの1足目と2足目はアンソニークレバリートゥを指定。低く構えた甲と角のない柔らかなつま先はまるでF-1のノーズのようだ。


【アリゲーター3足目と4足目】
(17) 3足目は初カジュアル
3足目は初紐靴をオーダーしたが、同席した友人の仮縫い靴に刺激を受けて同じストラップローファーをアリゲーターで注文。何といっぺんにワニ革を2足、しかもアリケーダーの初紐靴と初ローファーというダブル初物…おかげで2年で1足のはずが1年で2足という思わぬ結末を迎えたがその後2回連続仮縫いにして軌道修正。ところが最後にオチがあって出来上がりは紐靴が先のはずがローファーの方が先だった。


(18) 3ピース構造
カットの妙とでも言えば良いだろうか、写真のようにストラップ下の見えない部分でパーツを繋いでいる。構造的には1、2足目と同じ 3ピース構造になる。肝心のフィッティングだがアッパーに被せるストラップのバックルは穴一つ、飾りのようなものだ。フルサドルより伸びるのも早く最初はタイトだったが慣れた後は快適そのもの、初カジュアルには大いに満足した。


(19) カジュアルのフィット感
甲高の足にもフィットしやすいであろうデザインが写真からも読み取れる。足先を潜り込ませて靴ベラを軽く当てればスッと踵が収まり柔らかく足全体を包む。正にスリッポンという名が相応しい。これがきっかけとなってこの後2足の紐靴デリバリーを待って一気怒涛の7足連続ローファーオーダーへと突き進むことになる。
Pants : Beams
Socks : Brooks Brothers


(20) 快適な履き心地
初カジュアルを横から見た図。タンと履き口の合わさる付根は隠れて見えないがワニが口を大きく開けた感じだ。靴磨き台に乗せた左足のタンを見て欲しい。甲との間に絶妙の隙間がある。このゆとりこそ快適フィットの秘訣。最初硬いと感じても馴染むと踵が抜けやすくなるのがローファー、それをガードするのがソフトに被さる長めのタンという訳だ。

(21) 4足目のデリバリー
本来3足目だったはずのプレーントゥバルモラルは順序が変わり4足目としてデリバリー。この靴の最大の見どころはつま先から踵まで継ぎ目なく連続するワニ革の紋様だろう。希少な素材例えば黒のカールフロイデンベルグがあったらプレーントゥでバルモラルを注文してみたいものだ。希少な革を存分に楽しめるという点ではホールカット同様頼み甲斐のあるデザインだと思う。


【参考資料】
予期せぬ靴の汚れ
4足目の納品時に右足外側の汚れを拭き取った跡や横に擦ったような黒い線を発見。一旦は受け取ったが写真を添付して「キャンセルしたい」旨をメールした。その後何回かやり取りして最終的に「材料費代程度」で再納品となった。ビスポーク流れに自分の靴が出るのも嫌なのでよい判断だったと思う。

(22) 2ピース構造
寸法の同じ4足目と3足目。ローファーは「ハーフサイズ小さいラストを新たに作る」と言っていたが、納品のまでの期間から考えるに同じラストを使っていると思う。4足目は写真のように上下2層の構造、特に下層のつま先から踵まで継ぎ目のないパーツ(赤線)を取るために斑の大きい方を敢えてつま先に持ってきたのかもしれない。


(23) アランチャ
鮮やかなオレンジの内羽根プレーントゥ…サビルロウやアメトラとは合わせ辛いが、ラッタンジのアランチャ(オレンジ)にヒントを得てイタリアものと合わせるとこれがドンピシャ。写真はインコテックスのパンツ。コロナが収束したら上にベルベストあたりの端正なジャケットでも羽織って週末のランチに出かけたいものだ。


(24) イタリア鞣しの革
この頃からマットなワニ革の見本が少しずつ出てきた。写真は一見グロッシーだが本来はマット、仕上げの段階で光沢が出てしまったようだ。クレバリーではクロコダイルではなくミシシッピー産のアリゲーターをイタリアで染色したものを使っている。ディープグリーンやコーヒーブラウンなど見本はどれも美しい。ファッション大国イタリアの染色技術の高さを感じさせるものだった。

ファッション業界ではミンクなど毛皮を使わない「毛皮への逆風」が吹き荒れた15~20年前を経て、新興富裕層の増大により近年は毛皮の需要が再び伸びているという。一方でエシカル(倫理的あるいは道徳的)な観点からファッションコングロマリットのケリングは2022年秋冬までにファー(毛皮)フリーを達成すると公約、脱毛皮と毛皮の需要増がせめぎあっている。

レプタイルレザーにしても自分が最後に購入したのが2012年、この10年で革製品を取り巻く環境は大きく変わった。食肉処理の過程で生まれる副産物としての皮を再利用するのはエコだが、革を取るために飼育され殺されるのは動物愛護の精神からも許されないという考えの急速な広まりだ。ワニやトカゲ、或いはダチョウの革などは正にその渦中にあるといえる。

もうワニ革をビスポークすることはないだろう。だがウェストンのパリ店でレプタイルの靴を見かけたらひょっとして買ってしまうかもしれない。レプタイルにそれほどの魅力があることだけは確かだ。


By Jun@Room Style Store