靴の素材(爬虫類•下巻) | Room Style Store

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2022/03/19 09:25


ヴィーガン人口が急速に増えているアメリカでは2009年で全人口の1%だった割合が2017年では一気に6%へと増加した。世界一のヴィーガン都市ベルリンでは既に人口の15%を超えているという。ヴィーガンは動物由来の全ての食品を摂らない主義、「人間は動物を搾取すべきではない」という理念はヴィーガンファッションへと広がり、畜肉由来のレザーにも疑問を投げかけている。


既にワニ革などレプタイルの生産方法はヴィーガンの理念に反するとして、セルフリッジの「エキゾチックレザー販売中止」といった具体的な行動に現れている。だが今後ヴィーガニズムがさらに広がれば畜肉消費は滞り、流通量の多い牛革の供給減が起きる。嗜好品といえるレプタイルと違い生活に密着した牛革の供給減はファッション産業、特に皮革産業にも大きな影響を与えそうだ。


ということで皮革製品のこれからは大いに気になるところだが、まずは終焉の近づくレプタイルレザーの魅力について今回でアーカイブを完成させようと思う。

※扉写真は天然もののアリゲーター素材を使った靴


【アリゲーター5足目】
(1) 切り返しを入れる
5足目(右)で初めてつま先に切り返しを入れてオーダーしてみた。靴の仕上がりは4足目(左)と殆ど変わらないので多分同じボトムメーカーが担当しているのだろう。こちらもマットな革を選んだがフィニッシュの時点で光沢が出ている。それでも初期のぎらついた作風よりはぐっと落ち着いた仕上がりだった。


(2) キャップトゥ
レプタイルの靴は「シンプルなデザインを…」と意識し過ぎるとオーダーが煮詰まることもある。フルデコレーションのブローグ系は避けるにしても少しは冒険してみたくなるもの。そこでつま先のデザインを繋ぎなしから切り返しと穴飾りのあるパンチドキャップトゥにトライ。出来上がりは意外にも斑の違いが却って良いアクセントになったみたいだ。

(3) スーツの足元
アメトラ風バーガンディの靴+グレースーツの組み合わせ。チャコールのスーツだと靴が浮いてしまうのでミディアムグレーに着替えた図。ナポリの男性よろしくスーツを着てカフェに行くなんて着こなしに良いかもしれない、ランチなんてなおいい。出番は少ないが春になればレプタイルも解禁だ。
Suit : Davies & Son

(4) 靴紐の交換
最初は平紐が付いていたが丸紐に交換。紐の形だけじゃなくて紐の色を替えるのも気分が変わって良い。同じ茶系でも濃茶と薄茶では雰囲気がかなり変わる。そういえばちょっと前インスタ映えするのだろう一時カラー靴紐が流行ったことがあった。シューケアBOXの中にグリーンやイエロー、レッドやブルーの靴紐が眠ったままなのでいつかリバイバルさせようか…。


【アリゲーター6足目】
(5) バロン•ド•レデ モデル
アリゲーター6足目はクレバリー最後の紐靴。ここからはブーツを除いてスリッポンタイプのみをオーダーし続けることになる。つま先は再びシンプルなデザインに回帰、サンプルはフランスの貴族にして銀行家、麻酔医、コレクターでもあったバロン(男爵)ド・レデのアンソニークレバリーコレクションからチョイスしている。


(6) 贅沢な革使い
つま先から踵まで一枚のパーツが必要なデザインということで左足と右足で2枚、外羽根部分でもう1枚の合計3枚もベビーアリゲーターの革を使用した贅沢な作り。オレンジ、バーガンディと続いた後は定番のブラウンで。鮮やかに染色されたレプタイルも悪くないがアンティーク調のブラウンはやっぱり落ち着く。


(7) 3アイレットの外羽根
外羽根ながら3アイレットのドレッシーなデザイン。洒落者だった男爵らしく、サンプルはどれもクールだ。春から夏がシーズンのレプタイルということで靴の周りのステッチ(出し縫い)も生成り色をリクエスト、こうして見ると結構目立つ。インビジブルソックスと合わせてみたがもしバロンが見たら「品がない‼︎」と嘆くかもしれない。


(8) 昼に履く靴
アランフラッサーによればレプタイルの靴は春から夏の靴であること、しかも昼に履くべきものらしい。確かに陽光の下では素材の魅力も際立つが、うっかりランチに履いてそのまま夕闇を迎えると一気に場違いな雰囲気が出てくる。唯一の例外は黒のレプタイルだろうか。

【アリゲーター7足目】
(9) ローファーを注文する
満を持してのローファーは6足目と同じバロン・ド•レデのコレクションから引用。サンプルは「黒のアリゲーターと紺のスェードエプロンのコンビ」だったがオールマットクロコで注文。この頃からトランクショウはグラスゴーが退き、現ロブロンドンのティームレッパネンが単独で来日していた。ティーム曰くエプロンのピックステッチは「非常に手の込んだもの」とのこと。

(10) パーツの取り方
写真を見て気が付くと思うがエプロンと靴の両サイドの紋様がピタリと合っている。サドル部分を巡ってみるとどうやらまず①赤線より大きめに靴の前半部分をカットする。次に②靴の後半部分をカットして繋ぎアッパーの開きを作る。更に③緑線に沿って畝をエッジの効いた山に仕上げる④ピックステッチでU字型の畝を作る。レイクと呼ばれる”Raised lake”(レイズドレイク)製法でモカ部分を完成させているようだ。


(11) スーツを卒業
ちょうどこの靴をオーダーした頃に馴染みのテイラーがトランクショウを引退。スーツはもうオーダーしないと決めた。端正なスーツに紐靴から気軽なジャケパンにローファーへとスタイルが変わったのもこの頃だ。作って納得ローファーはスーツ以外なんでも合う。注文すべきは会社勤めを辞めても使い道の多いローファーだと気付いた。


(12) ヴァンプの長さと履き口の広さ…
一見ロングノーズのように見えて実は意外と短いヴァンプ部分。反対に履き口は広くとるのがクレバリー流。踵が抜けないようヴァンプを長く、履き口を小さくしたローファーを見かけるが「気軽に脱ぎ履き出来る」という利点や肝心の「履き心地」をスポイルすることが多い。その匙加減をクレバリーは良く知っているのだろう。


【アリゲーター8足目】
(13) ハーフサドルへの変更
8足目はフルサドルからハーフサドルに変更、革はマットであずき色をチョイス。写真のとおり発色の良さはカーフでは決して出せない色味だ。前作同様この靴もエプロン部分に手の込んだピックステッチを用いて(10)で紹介したレイク仕上げでモカ部分を完成させている。マットな仕上げと念を押しておいたので最後の磨きを控えたのだろう、艶消し具合も程よい。


(14) 一枚革のパーツ
この靴の最大の特徴はハーフサドルにしたことで(10)のように前半と後半に分けずに一枚革のアッパーを切り出しているところ。写真のように赤線で囲まれた型紙に沿ってパーツを取り出している。この靴ではかなり左右対称を意識しているようで、3足作ったレプタイルローファーの中でも一番上手くいったのではないだろうか…。


(15) フルよりハーフ
フルサドルより更に柔らかな履き心地のハーフサドルローファー。誂えと既成合わせて120足以上ある中で頂点を極める快適靴だ。足の指を怪我したときは一番履いてて楽なこの靴を連続登板させたこともある。おかげでつま先もだいぶ減ってきた。近いうちにリペアに出そうと思っている。


(16) くるぶしと靴の関係
手前の右足を見ると分かるように外側の踝(くるぶし)が低いせいか靴の履き口に当たりやすい。英国の既成靴は大抵ここが当たって痛い思いをする。反対にアメリカのオールデンは履き口が低いので最初から快適さを味わえる。こうした足の悩みを解決するにはビスポークしかない。何足もオーダーしたのにはそんな理由もあったということだ。


【アリゲーター9足目】
(17) タッセルスリッポン
9足目では7、8足目のピックステッチからロールステッチへとモカ部分を変更、日本では「掬いモカ縫い」と呼ばれる技法だそうだ。プレーントゥのつま先を掬って縫いながらモカ(風)を形作っていくもの。この畝を均一の幅でU字型にするのも中々高度な手仕事だそうだ。細く綺麗に浮き出たロールステッチがこの靴の見どころ。


(18) 一枚革の構造
この靴もハーフサドル同様赤い線で囲まれた型を革から裁断する一枚革仕立て。カットされた革は①踵を縫い合わせて②木の台にベルトで固定したらモカを縫って③手編みのブレイズ(細紐)を履き口周りに巡らせる。④出来上がったアッパーとライニングの間につま先と踵の芯をセットして⑤ラストに釣り込み⑥ボトムメイキングを経て⑦最後にタッセルを付ける。そんな手順だろうか。


(19) スリッポンのフィット感
甲を押さえるサドルがないタッセルスリッポンはローファーよりも馴染むのが早い。モカシンの原型は履き口周りの紐を甲で縛って脱げないようにしたが今やデザイン上の飾り。伸びたタッセルスリッポンは踵の抜けも激しい。ところがクレバリーのタッセルはソフトなのに踵も抜けず、いつも快適な履き心地を提供してくれる。


(20) フィッティングの違い
横から見るとかなりスマートに見えるが元祖オールデンのタッセルスリッポンと全長は殆ど変わらない。少しだけクレバリーが長いくらいか。足を床に着けてワザと踵が抜けるように足を前傾させていくと柔らかなクレバリーは足に付いて来るが、シャンクが金属でソールの硬いオールデンは踵が抜け気味になる。どうやら底材の違いは大きそうだ。


【参考資料】
上から見た比較
タッセルスリッポンの元祖オールデンとクレバリーの比較。履き口(赤線)を揃えるとつま先までの長さはほぼ同じ。ところがクレバリーはタンの面積が倍以上ある。クレバリーが「なぜ踵が抜けないのか」…答えは底材の違いに加えて大きめのタンも関係しているとみた。足を曲げるとタンが甲に吸い付く感覚は独特だ。


【参考資料】
横から見た比較
さらに横から見てみる。オールデンとクレバリーは履き口の長さ(青の破線)は変わらないがタンの根元の曲がり具合や屋根でいう軒下(黄色と黄緑の波線)の出っ張り具合が違う。それにヒールカップの形状(水色の波線)もクレバリーの方が人の足に近い。こうした各部の違いがクレバリーに手袋のようなフィット感をもたらしているのだろう。


【アリゲーター10足目】
(21) クレバリー最後のレプタイル靴
いよいよアリゲーターでのオーダーも大団円、もともと10足を区切りとしていたが最後に選んだのは再びのハーフサドル。2012年の3月のオーダーだ。初めてラウンドトゥのローファーを注文したので担当のティームも気合を入れて新たにローファー用の木型を削ったようだ。素材はバーガンディのマットアリゲーター、斑の入り方はごつごつして荒々しいものだった。


(22) ショートヴァンプのローファー
スクェアトゥでノーズが長い(そう見える)ローファーに慣れていたせいか、ハーフサイズ下げた木型で作ったラウンドトゥのローファーは寸足らずに見える。ここからは全てラウンドトゥでオーダーを入れ、節目となる30足目までスクェアは頼まず仕舞い。もし今どこかで靴をオーダーするとしたらやっぱりラウンドトゥでお願いすると思う。

(23) お気軽ローファー
つま先がコロンと丸くなったせいか横から見た印象はかなりショートヴァンプに見える。色だってバーガンディのコードバンと似てなくもない。オールデンのペニーローファーレプタイル版という感じか…ならばプレッピー風にラルフのエンブロイダリーパンツにブルックスのボーダーソックスに合体してみる。誂えのお気軽ローファーなんてちょっとした贅沢だ。


【振り出しに戻る】
(24) 再びのJ.M.Weston
クレバリーでの10足目を最後にレプタイルを卒業したのが2012年。ところがその年の夏、久しぶりにパリのウェストン本店を訪問したのが運のツキ、マットなアリゲーターのローファーに魅せられてまたもやアリゲーターの靴を買ってしまった。フランスはエルメスやウェストン、カミーユフォルネといったレプタイルものが上手い皮革ブランドが沢山あって困る…。


(25) 20年間の変化
残念ながら1995年に購入した天然クロコのローファーは2012年には素材が養殖アリゲーターに代わっていた。以前吉賀店長が教えてくれた左右対称も意識はしているようだが、写真の赤線を見れば一目瞭然。左右対称とはだいぶ程遠くなっていた。他にもモカ縫いのステッチ数や出し縫いのピッチなど省力化が進んでいた。


(26) タイトフィットに戻す
7.5-Dを履いて店に行ったのに再びゲージの上に足を乗せられて「7.5-Cの方が良いと思います」と言うフィッター。また万力締めか…と迷っていたら「レプタイルの靴は伸びるのも早いんです。」とのこと。それに出してきた7.5-Cと7.5-Dを比べると7.5-Cの方が斑が綺麗でまだ左右対称に近い。結局1988年に初めて買ったローファーと同じ7.5-Cを買って帰った。


(27) 最後のレプタイル
1995年購入のクロコローファーは天然もので1990年製造。一方2012年購入のアリゲーターローファーは養殖もので2010年製造。1990年代は5年間も売れなかったワニ革の靴が2010年代に入ると2年間で売れたこと、天然素材から養殖ものに代わったことからこの20年でレプタイルレザーの需要が増加したことが想像できる。


ヴィーガンファッションの広がりに呼応して最近はヴィーガーンレザーなる合成皮革も現れている。従来のフェイクレザーは石油由来という事でサスティナブルな環境へに対する懸念が残る。そこで新たに開発された「新素材レザー」が本丸だ。植物由来の環境に優しい素材として注目を集め、既に商品化が進み有力ブランドも用いているという。


ここ20年の間にエコやエシカル、サスティナブルといった様々なキーワードとともに生活環境は目まぐるしく変わってきた。近い将来動物性の肉の代わりに植物由来の人口肉が食卓に並ぶようになればレプタイルレザーに続いてハイドレザー(鞣し革)もアーカイブ入りし、代わりに植物由来のレザーシューズを履く日も近い…そんな気さえしてくる。

By Jun@Room Style Store