ロブパリ注文記 | Room Style Store

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2022/04/09 08:57


当ブログでは本家ジョンロブと分家ジョンロブパリを明確に分けているが、世間では分家をジョンロブと捉えている例が多い。何せ後見人がかのエルメス、ブランド運営の巧みさか今やネットで検索しても殆どが分家に辿り着く。それに本家のジョンロブはビスポーク一筋、分家のように既成靴から入れる気安さもなく王室御用達の看板が掲げられた店構えは中に入るのにそれなりの勇気がいる。

1996年、駐在先のセレクトショップが分家ジョンロブパリの受注会を開催。せっかくだからと人生初ビスポークに臨んだ。当日はパリ店から取り寄せた既成ブーツで受注会に参加。お陰で職人と話が弾み、リラックスしながらセッションを終えたことを覚えている。既成靴をラインナップし、間口を広げてバイリクエストからビスポークへ…ジョンロブパリの戦略に上手く乗せられた一日だった。


その後時は流れて2018年に本家ジョンロブにもオーダーする機会を得た。そこで今回は本家と分家の違いについて書き残すべくまずはジョンロブパリ(以後ロブパリと記す)について注文時のことをまとめてみたい。

※扉写真は本家ジョンロブと分家ロブパリの靴

《ロブパリ1足目》
(1) 記念すべき最初のペア(その1)
ダブルウェルトの外羽根ウィングキャップ、装飾はつま先のメダリオンのみというシンプルなデザインがこの靴の特徴だ。名前はボストン、確か1900年のパリ万博に出展されたデザインだったと思う。「ビスポーク1足目はストレートキャップにすべし」と言う先達もいたが自身のビスポーク歴は初っ端から天邪鬼ぶりを発揮した。


(2) 記念すべき最初のペア(その2)

今思えば英国靴好きなのに初ビスポークがフランス製、しかもJ.M.ウェストンで苦労していたのに…と自分でも意外だ。流石に25年経った今はかなり足に馴染んだが剛を制したとは言い難い。それでもウェルトに走る2列の出し縫いや英国靴にはない佇まいは後にも先にもこの1足のみ。靴自体が貴重な資料となっている。
Trousers : RRL


《ジョンロブパリの2足目》
(3) 2足目用のデザインと革の見本
1足目は現地で受け取ったが帰任後のオーダーを考えビスポーク用のカタログと革見本をお願いした。当時はネット環境も未整備だったとはいえ届いた見本は何とも贅沢なもの。写真は印刷じゃなくて現像した生写真、革見本もレプタイルこそないが殆どの革を網羅している。多分トランクショウ用のものだろう。当時を知る貴重な資料だ。


(4) 2足目のデザインと革
サンプル写真から選んだのが写真のREMY(レミー)、革はBlacken Calfを指定した。変更点はつま先をラウンドからスクエアに変えたこととメダリオンをラムズホーンに指定したことの2点。ところが「つま先のシェイプ変更」という荒業が後になって3足目のデリバリーで大きな影響を与えるとは当時思いもよらなかった。


(5) フランソワプルミエ店で受取
受け取りに訪れたフランソワプルミエ店の外観。さっそく2足目を履くと1足目を凌ぐタイトさに驚いた。どうやらトウシェイプをスクェアに変えたので別ラストを作ったのに仮縫いなしだったためと判明。一旦は受け取ったが、後で受注会のために来日した担当職人に靴を預けて工房で再調整して貰うことにした。


【参考資料】
フランソワプルミエ店内
サンプル(その1)
2足目はエルメス本店内で受け取りかと期待したが静寂なフランソワプルミエ店も悪くない。おかげで数は少ないがビスポークサンプルを撮影させてもらった。(上)のボタンシューズは超お洒落、履く機会は少なそうだが試してみたい気もする。(下)のバルモラルは正統派の英国調内羽根だがパリらしい焼き栗色が洒落ている。


サンプル(その2)
(上)はウィングモンク。ロイドフットウェアのJシリーズでも見かけたスタイルだ。(下)には既成靴で有名なダービー(Darby:eじゃなくてaというのがミソ)も写っている。サンプルは英国風だが色使いや洒落たデザインにパリを感じる。この頃からエルメスの後ろ盾もあって一気にキングオブシューズに駆け上がっていった。


(6) 2足目を履いた図(その1)
調整を終えて戻ってきた2足目のRemy。フィッティングは良好だが芯のしっかり入ったアッパーはまだ硬さを感じる。よく見るとコバが英国靴よりグッと張り出している。耐久性に優れたフランスの靴らしく底材は極めてタフ、多分手持ちのビスポーク靴の中ではロブパリがナンバーワンだと思う。
Trousers &Socks : Polo Ralph Lauren


(7) 2足目を履いた図(その2)
Remyはメダリオンがなければ内羽根プレーントゥというシンプルでドレッシーな靴の極み、たとえ茶でもカジュアルな服装とは合わない。チノパンでさえ靴が浮いてしまう。やはりクリースの効いたトラウザーズが鉄板だろう。となると上もジャケットスタイルや質の良いカシミアニットと合わせるのが相応しそうだ。


【参考資料】
当時の既成靴のカタログ
① メンズのモデル
1994年当時のロブパリ既成靴のラインナップ。これほど沢山のデザインバリエーションがあったことに驚く。エルメスがエドワードグリーンを買収したのが1995年頃、恐らく写真の靴の多くはクロケットジョーンズによるOEMだろう。器用なクロケットならお手のものなはず。ロペスやバロスのU字部分の縫製からクロケットだと分かる。

② メンズのプライス
実に興味深いプライスリスト。何とフランスフラン(FRF)で表示されている。当時下の住所に手紙を送ってカタログを請求したら届いたものだ。因みに定番のウィリアムは3,050FRFとある。1994年当時の為替で換算すると1FRF=18.60JPYだから57,000円くらいか。英国でエドワードグリーンを買うよりリーズナブルだったとは…。

レディスのモデルとプライス
こちらはレディス。全てクロケットジョーンズのOEMだ。ノーザンプトンはオリバーStのジョンロブファクトリーストアに時折クロケット製のレディスモデルがあって土産に買って帰ったこともある。一番高いジョッパーブーツがウィリアムと同じ57,000円…メンズ•レディスともに今から約30年前のロブパリは実直な靴屋だったことが伺える。


《ジョンロブパリの3足目》
(8) エルメス本店で注文する
3足目はメールでのオーダーではなくエルメス本店で…ということで脇道であるボワシー通りのロブパリから入店。勿論店の中はエルメスと繋がっている。ロブパリで誂えた靴を履いてそれに合う鞄をエルメス本店で注文…なんて思っていたが実現しないままエルメスの鞄はとんでもない価格になっていた。


(9) エルメス本店内のジョンロブ
セントジェームスのジョンロブが古色然とした店内なのと比べてロブパリの本店はエルメスらしいゴージャスな雰囲気が漂う。当時は短靴ばかり注文していたが今だったら右から2番目のバックルブーツなんて良さそうだ。人は自分が20年後どんな嗜好なのか予測することは難しい…というのが良く分かった。

(10) エルメス店内サンプル(その1)
エルメス店内のロブパリサンプルは本店のジョンロブよりもスリッポンタイプの靴が多い。(上)の右端、ロペスのタッセルバージョンなんて今だったら食指が動きそうだ。(下)の左から2番目は1901年にジョンロブがパリ店を出した際持ち込んだサンプルだろうか。ヘラ状の取っ手付き3ピースツリーが年季を感じさせる。


(11) エルメス店内サンプル(その2)
(上)の黒い靴が3足目に注文したBaralのサンプル。ツリーの形状から比較的新しいサンプルだと分かる。(下)左端のローファーはビット(馬の口に含ませるくつわ)を金具ではなく革で作るという凝ったデザイン。コバの張り出しも極端に少ないことからルームシューズか、はたまたドライビングシューズか…。

(12) 革を決める
デザインは写真の靴に決めて革を上に見えるブック状の見本から選ぶ。エルメス店内からは客で賑わう声が聞こえ、振り向くとせわしなく動き回る店員が目に入るがロブパリのコーナーでは静かに時が流れていた。ぶ厚い革見本の中から選んだのはコーヒーブラウンのカーフスキン、1足目と同じ外羽根で2足目と同じメダリオンを指定した。

【参考資料】
既成靴のカタログから
こちらが既成靴のサンプル写真。実際はビスポークサンプルもこの写真同様ダブルソールだったが対応した職人は「シングルソールの方が良いと思います。二重にすると硬すぎて返りが悪くなります…」とアドバイスしてくれた。シングルでさえ極めてタフなロブパリのソール、お薦めに従ってシングルをチョイスした。

【ジョンロブパリ工房訪問】
当時パリのフォーブルサンタントワーヌ通りに面した建物のグランドフロアにあったワークショップ。入り口は狭いが内部はコの字型に建物が並び中庭もある立派な一角だ。JLの看板を見つけて玄関をノック。ワンフロアだが隅から隅までかなりの床面積に驚いた。2階はエルメスのケリーやバーキンが作られているらしく見学は勿論不可…そんな話を聞くだけでもワクワクしてくる楽しいひと時だった。
(13) 工房の全景とラスト用の木材
2足目のフィットに問題がありラストを修正したせいか3足目の納期が遅れ、パリ訪問時に靴が未完成という事態に遭遇。ロブパリだけなら延期もできたがミラノやフィレンツなど他の予定も目白押し。せめてと「工房見学したい」旨を伝え、快諾を得て見学会と相成った。当時の工房(上)全景とウッドブロックの山(下)。


(14) ラフターンとデモ
(上)ラックに並ぶラフターン。ガラス窓の向こうはグラインダーのある部屋だ。(下)ラストを削るデモをする担当のパトリスロック。現在はベルルッティの責任者らしい。因みに訪問時の工房責任者はフィリップアティエンザだった。てこの原理を応用したカッターはHandmade shoes for menによればLong Bladed Guillotine(ギロチン!!)との説明が…。


(15) 完成したラストとツリー制作
(上)完成した顧客のラスト置き場。よく見るとローファー用のウォールラストも見える。英国のビスポークメーカーと違ってロペスのような典型的ローファーをオーダーする顧客も結構いるようだ。(下)はラフターンが並ぶラックの奥にある部屋。まさにグラインダーでシューツリーを整形しているところだった。


(16) パーツの下ごしらえ
クリッキングを終えたパーツを縫製前に下ごしらえ。(上)はつま先に施すスキンステッチ用の穴を予め開けているところ。靴はシャンボードだ。(下)はカットしたパーツの端を漉いた後エッジ部分に着色しているところ。隣はパーツを縫い合わせてアッパーにしていくセクション。ロブパリは全て内製で分業制らしい。


(17) ロペスのモカ縫い
(上)は巨大なヘラにロペスのアッパーを釘で固定した図。オールデンのモカ縫いとはかなり違う。(下)はモカ縫いをしている職人。各パートに女性の職人さんが多いのに驚いた。当時は未だフォスター&サンに松田笑子さんが在籍する前だったと思う。日本と比べてフランスは女性の社会進出が盛んな印象を強く感じた。



(18) インソールと掬い縫い
(上)は掬い縫い用のリブを削り出してウェルトを縫い付ける糸を通す穴を開けたところ。全体の厚みやリブの厚さそれに幅など如何にも頑丈そうな印象だ。(下)はウェルトを掬い縫いしているところ。360°ウェルトを縫い付けるダブルウェルトを行っているようだ。多分黒のエプロンダービー、シャンボードだと思う。


(19) ソールの仕上げ
こちらは出し縫いが終わり薄く剥いだ革を縫い目が見えないよう上から被せているところ。ヒドゥンチャンネルソール(伏せ縫い)と呼ばれるものだが(上)ではコテで接着面を地ならししている。(下)では接着剤を塗った後で片口ハンマーのくちばし側で薄革を被せているところ。職人の真剣さが伝わってくるだろうか。


(20) 細部の仕上げ
(上)は完成した靴に付けるインソックを漉いているところ。ジョンロブの刻印のみのシンプルなものだ。(下)はヒールを紙ヤスリで磨いて滑らかにしているところ。作業一つ一つ担当する職人が違う。中にはかなり若い見習いもいて、フランスの誇る職人養成制度コンパニオンドュドゥヴォワールを活用しているようだった。


(21) 完成した靴
(上)は工房の最終工程、完成した靴を磨く見習いと案内してくれたパトリス。見習いの年齢はかなり若そうだがコンパニオン制度は対象年齢が下は16歳からとのこと。多分それくらいの年齢ではないだろうか。(下)は完成した靴。クロコダイルのペリエやグリーンカーフのシャンボード、手前のロペスも良い雰囲気に仕上がっている。


【参考資料】
エルメスで買い物
ロブパリ3足目は受け取りもエルメス店内でとお願いした。そのままジョンロブ用の出口から出ればよいものをエルメス店内に立ち寄ったのが運のツキ、仮縫い時はヴァッシュリエージュのサック38㎝を、受け取り時はボックスカーフのサック41㎝と話題のスニーカー”クイック”まで買う散在ぶり。エルメスは何かしら欲しいものが出てくる魔界だった。

(22) 3足目を履いてみた図(その1)
3足目は硬い履き心地だがフィット感は良好。写真でも分かるように皺の入り方や羽根の閉じ具合など実に良い感じだ。だがこの頃から価格が急上昇、ビスポークシューズの中ではトップクラスになっていた。既にロンドンのクレバリーにオーダーを入れ始めた頃と重なって次第にパリから足が遠のいていった。


(23) 3足目を履いてみた図(その2)
横から見るとソフトなチゼルトゥになっている。流石にエルメス譲りロブパリの靴はどれも革が上質だ。パッと見た目は分かり辛いがこの靴を見たフォスター&サン(当時)の松田さんによれば「とても丁寧な仕事」らしい。そういえばワークショップでみた時も各工程の職人(または見習い)の数がやけに多かったことを思い出した。


《ジョンロブパリの4足目》
(24) ディテール(その1)
すっかりロブパリから遠ざかっていたが,5,6年前ふとしたきっかけでebayに靴を出品するセラー(seller:売り手)と知己を得た。ある時ロブパリのビスポーク靴が出されていたので価格交渉の上ゲット。サンプルものではなくビスポーク流れかオーナーが手放したか…思わぬところから届いたロブパリの4足目だった。


(25) ディテール(その2)
外羽根の3アイレットプレーントゥというシンプルなデザインに色は赤のスェードという奇抜さ。しかもアンラインド仕様というひねりが入っている。写真でも分かると思うが足裏が当たる部分にクッション性の高いパッド入り。これが思いの外効果抜群で硬いイメージのロブパリという概念をひっくり返すゲームチェンジャーになっていた。


(26) 4足目を履いてみた図(その1)
自分の足に合ったビスポーク靴ではないが履き心地は悪くない。多少緩く感じるが紐で縛れば踵の抜けもなく、足が浮腫んでくることを考えれば却って良いかもしれない。外見は昔と比べてコバの張りも少なくグッとスマートな印象だ。伝統を重んじる英国の誂え靴に対して変化を追求するロブパリの姿勢が良く分かった。


(27) 4足目を履いてみた図(その2)
アッパーに走るステッチで囲まれた部分以外の余白はアンライニングつまり内張りのない状態。ただでさえ柔らかなスェードをアンラインド仕立てにする大胆さがこの靴を貴重な資料へと押し上げている。内外の誂え靴屋は伝統的な靴作りに長けているが、これからのビスポーク靴に必要なのはこうしたチャレンジャー精神ではないかと思う。


ロブパリでオーダーしてから間もなく30年が経つ。その間オーダーが入らないと木型は処分されるそうだ。来年フランスに行く予定だがそれまでに1足オーダーを入れようか…そんなことを考えたこともある。少なくとも最初にオーダーした1996年当時とは違ってロブパリも進化していることが分かったし、今ならそれなりに経験を積んでいるので硬いフランス靴というイメージを変えることも可能だ。

気になる価格は1足8000€、なんと今なら100万越えになってしまう。その値段だと日本の誂え靴屋なら何軒か頼むことも可能だ。特に日本の若い靴職人は従来の伝統を継承しつつもチャレンジ精神が感じられて頼もしい。フランスか日本か…悩みは尽きないが「ロブパリ注文記」は一旦閉じて続編はこの後の本家ジョンロブ編(未校了)に引き継ぎつつ、結果は改めてブログで紹介しようと考えている。

By Jun@Room Style Store