HACKETTと英国スタイル | Room Style Store

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2022/08/30 08:18


1979年青山通りにブルックスブラザーズが開店。アイビー信者もすっかりアメトラ贔屓になったが、1990年黒船のごとく現れたのが英国のHACKETTだった。アメトラのバイブル「メンクラ」でその存在を知り、オープン間もない自由が丘の路面店を訪問。初めて英国製シャツを買った。それまでのボタンダウン至上主義を覆すカッタウェイの硬い襟、ダブルのカフ、カフを留めるゴムのノットカフリンクス…その瞬間から一気に英国かぶれが始まった。

翌1991年はひと夏を英国で過ごした。まずは近場のハケットへ…といってもスマホに入力すれば近くの店舗が表示される今とは大違い。雑誌の記事を頼りにコベントガーデン周辺を散策したが結局ハケットは見当たらず…後で別の場所に移転したと知った。がっかりしながらレスタースクエアに出てチャイナタウンで昼食、ピカデリーに出たらなんとコーディングスにハケットのコーナーを発見、帰国前日に英国製スーツを買って帰ったことを思い出す。

残念ながら日本のハケットは1997年に撤退、その後2007年に再上陸するもコロナの影響で2022年3月には再び撤退したようだ。そこで今回は英国スタイルの何たるかを教えてくれた第1期のハケットを中心に英国製品の魅力に触れてみたい。

※扉は第1期のハケットからドレス&カジュアルシャツ

【参考資料①】
ニューキングスロードのハケット
コベントガーデンが空振りに終わり、次なる目標はニューキングスロードのハケット本店だった。まずはキングズロードまで到達、「この先のニューキングズロードを端から端まで歩けばどこかにあるはず…」と探したはいいがニューが付く道の長いこと…ようやく雑誌の写真で見覚えのある「P字形」の入り口を見つけた時の嬉しさは今も忘れられない…。

【ドレスシャツ】
(1) 英国シャツ
日本に戻るとハケット調布を訪問、店長と英国での経験談をあれこれ話しつつ新たに青いシャツを購入した(写真)。英国シャツの一番の特徴は前立て…三分割するように入る2本のステッチとその間に並ぶ前ボタン…ラルフやブルックス、J.プレスのBDシャツを見慣れた目にはアメトラとブリトラの違いがはっきり分かる部分だった。

(2) カフ周辺
ハケットのシャツで初めて経験したダブルカフ…アイビーやアメトラだとフォーマルなシャツでしか見られない仕様だ。そこに品の良いシルバーのカフリンクスじゃなくてく安価なゴム製のノットを合わせるという「外し」が気に入ってシャツとセットで買い集めた。英国のシャツは既成も誂えもガントレットボタンなしが主流だ。

(3) スプリットヨーク
背中の襟下を縦に走る縫い目(スプリットヨーク)は英国シャツの特徴。肩部分(ヨーク)を立体的に作れるだけでなく生地を斜め(バイアス)に使うことで伸縮性を持たせられるらしい。ギットマンやアイクベーハー、Jプレスなど米国シャツでも標準のこの仕様、イタリアのシャツにはなくてフランスはシャルベがなしでエルメスはありと分かれている。

(4) ハケットの袖付け
ハケットのシャツの特徴といえば肩裏の縫い目に隠された生地の折り込み。四角い部分を見ると袖の生地が折り返されて襞になっている。ここを解けば袖が長くなるとのこと。なるほどサイズ表記が15½とバリエーションがネックのみとなっている。スリーブが短ければ自分で調整せよということになる。

(5) 袖付け部分の拡大
折り返し部分の拡大写真。肩線(チェーンステッチ)のすぐ横にシングルステッチ(赤い破線)が走る。これをほどけばスリーブの長さを調節できる訳だ。手が短い自分は試したこともないが直すなら修理店だろう。街の仕立シャツ屋は自家製品以外は基本直さない。となればお直しコンシェルジュではなくコーダ洋服工房のような腕の立つ修理店を選ぶことになる。

【レザー製品】
(6) ベルト
ハケットでは如何にも英国らしいブライドルレザーの革小物が充実していた。中でもベルトは中々の出来、こちらの2本は1995年にわざわざロンドンのスローンStにあるハケット本店にメールオーダーしたものだ。当時は海外駐在でハケットの製品を扱う店もなく、文字どおり手紙を書いてカタログを請求、紆余曲折の末手に入れたものだ。

(7) ブライドルレザー
使い込むことでブルーム(ロウ成分が染み出てきて白い粉が浮き出た状態)がすっかり消え飴色になったベルト。ブラスの留め金は緑青が浮き出がちなので時折ブラシをかける必要がある。デザインやバックルの形状にループなどアメトラのベルトとは一味も二味も違う。ブライドルレザーに魅せられて一時は靴と同じくくらい英国製の革小物に凝ったものだ。

(8) ブレイデッドベルト
ハケットの上陸から間もなく、次なる英国ブランドとして日本に入ってきたのがマルベリーだった。手編みのレザーベルトや頑丈なブライドルのブリーフケースなど革製品で有名になったマルベリーは瞬く間にトータルブランドに成長していった。写真の太いメッシュベルトはどちらもマルベリー、細いのがホワイトハウスコックスのものだ。

(9) バッグ&ブレイシーズ
ハケッター(ハケット愛好者)の必需品といえばブレイシーズ(米国式ならサスペンダー)。日本ではなじみの薄いリージェントベルトと無名(アルバートサーストン?)のブレイシーズを出してみた。下の鞄はマルベリーのブリーフケース。どれも1990年代中頃のものだが英国スタイルにハマっていた頃を思い出させる。

(10) タバコスエードの靴
ハケットの提唱する秋冬カジュアルは決してデニムは履かない。カントリージェントルマンらしくツィードジャケットにモールスキンかコーデュロイの細身パンツがお約束だった。足元はスエード、それもタバコスエードの靴がスタンダード。元々ハケットの前身が靴屋のロイドジェニングス、自社ネームの靴をクロケットに作らせたのも当然だったと思う。

【ニット】
(11) ハンドニット
こちらもハケットらしい手編みのセーター。黒にクリーム色のスノーフレーク模様が洒落ている。クルーネックのセーターながら重さを測ってみると何と900gもある。アランセーターだと700gあたりが平均らしい。かなり太い糸を使って縫っているのだろう。ハケットの店長が「一生もの」と言っていた意味が今になって分かる。

(12) スコットランド製
Made in the British Islesの意味は後で紹介するとしてタグにはHand Knitted In Scotlandと書かれている。スコットランドで手編みのスノーフレークセーターを作るメーカーを探してみるとエジンバラ郊外のAlloaに本拠地のあるインバーアランがヒットした。アラン模様のセーターやカーディガンで日本でも有名なメーカーだ。

【参考資料②】
~インバーアランのサイトから~
こちらはラグランスリーブながらふっくらとした袖やV字型の雪や結晶の入り方などハケットとよく似たインバーアランのセーター。サイズ38で重さは1151gもある。183£(VAT抜き)でカラーオーダーも可能なようだ。今は糸をインドに送ってセーターに編み上げ、スコットランドでボタン付けや検品の後スコットランド製として輸出しているとのこと。

(13) セットインスリーブ
セットインスリーブながら両脇が大きめに作られていて肩がグッと落ちるデザインになっているのが特徴。太めの糸でざっくりと編まれたセーターは中にたっぷりと空気を含んで体を暖かく包む。アランセーターがぴったりとしたサイズを着るのとは正反対だ。購入から間もなく30年、そろそろビンテージ間近の逸品になる。

【参考資料③】
ハケットの初期製品に見られたMade in Englandは後にMade in The British Islesと表記されることが多くなっていった。実際England以外で作られるものが多くなったせいだろう。British Islesとはグレートブリテン島にアイルランド島を含めた全体を指すようで、アイルランド共和国としては疑問が残る表記かもしれない…。

(14) スコティッシュカシミア
初期のハケットでは取り扱いのなかったカシミア製品だったが、ロンドンにひと夏滞在するうちにすっかり感化されて気が付くとカシミア製品にも食指が伸びていた。既に日本では有名だったプリングルやバーバリー、パリのオールドイングランドでもスコットランド製の色鮮やかな英国製のカシミア製品に手を出していた。

(15) バーバリー別注
こちらはバーバリーとマックジョージのダブルネーム。英国滞在中に譲り受けた80年代のビンテージヴェストらしい。イングランドとの境界(ボーダー)に近いスコットランドのホーウィックにファクトリーのあるマックジョージは1990年代に一時廃業するものの近年復活、往年のハリウッドスターが纏った伝統を再現しようとしている。

【参考資料③】
~マックジョージ~
こちらがマックジョージのオフィシャルサイト。残念ながらまだオンラインショップは準備中だったが写真のアランセーターをアイボリーでぜひ注文してみたいものだ。何しろかのスティーブマックィーンが映画で着たのがマックジョージのアランセーターだった…と聞くと余計に欲しくなってくる。

【参考資料④】
~映画「華麗なる賭け」から~
こちらが映画トーマスクラウンアフェアー(邦題:華麗なる賭け)でスティーブマックィーンが着ていたアランセーター。撮影準備中の記録写真のようだが(ネットから拝借)、砂浜をバギーで走り回るシーンと焚火の前で共演のフェイダナウェイ共々アランセーターを着ているシーンと2回出ているらしい。格安DVDでも買って確かめてみたくなる…。

【ツイードジャケット】
(16) ハッキングスタイル
いよいよ自分をサビルロウに誘ったハケットのツイードジャケットの出番だ。ポケットこそスラントではないが深く切れ込んだセンターベントが特徴のハッキングスタイルはハケット初期のアイコン。残念ながら2007年に再上陸したハケットのジャケットはどこでも見られる凡庸で特徴のないデザインに変化していた…。

(16) ショルダー
左はブリトラ度数高め、右はアメトラ度数高めになる。中央のラルフローレンがアングロアメリカンスタイルだがそれでもナチュラルショルダーを保っている。ハケットだけ肩先がやや上向きでロープドショルダー風の仕上げとアメリカントラッドとの違いが出ているようだ。今英国のテイラーに頼むならハケットのようなショルダーラインをリクエストしたい。

(17) 肩線
ハケットの拘り①は後ろにずれた肩の縫い目。工業的な既製服だとこの縫い目が肩の真上にあるほど作りやすいそうだが敢えて昔のテイラー仕立てを再現している。元々ビンテージ衣料の販売から始まり既製品を売るようになったハケットの出自を考えればさもありなん。仕立て屋からすると正面から肩線が見えないことで綺麗な肩のラインが強調されるそうだ。

(18) ワーキングカフ
ハケットの拘り②はワーキングカフ(本開きの本切羽)。ボタン穴が開けられてしまっているので袖詰めが容易ではないが、ビンテージジャケットのディテールを盛り込んだ既製品を作ろうとした意欲作だ。切羽部分の雰囲気や贅沢な生地遣いなど後のパープルレーベルやクラシコイタリアに与えた影響は大きいと思う。

(19) 上襟の髭
ハケットの拘り③は上襟のヒゲ。やはりビンテージのテイラードウェアの仕様を再現している。1990年の購入時これほど凝った作りの既成のジャケットは他になかったと思う。1995年頃からクラシコイタリアが流行り始め、ようやくこうしたディテールが知れ渡っていったことを考えるとハケットの先見性に感服する。

(20) 英国製
ハケットの拘り④は織りネームの付く位置。右ポケットの内側に隠すように付くのも英国(ビンテージ)テイラー仕立ての特徴。しかもメイドインイングランドとなれば希少性も増すというもの…手持ちのファーラン&ハーヴィーやデイヴィス&サン、ハンツマンなどサビルロウテイラーは皆同じ位置に縫い込んでいた。唯一の例外はヘンリープールだけ…。

(21) 信州にて
本ブログでは度々話に出てくる90年代ハケットの名物店長Tさん…銀座店で店長をしていた頃はグレーのスリムなトラウザーズにハケットのツイードジャケット、タバコスエードの靴で銀座界隈を颯爽と歩く姿をよく見かけた。当時を思い出して信州の山小屋にて再現…彼はチャッカブーツが好きだったが短靴でトライしてみた。

ハケットの上陸をきっかけに始まった英国スタイルへの憧れも30年が過ぎた今はすっかり落ち着いた。信州での暮らしが始まると服に対する価値観も変わり、目のしっかり詰まったガーンジーセーターが欲しくなる。草の種がまとわりつくウールパンツよりクリースのいらない4駆のようなデニムがリアルなのも同じ理由だ。

それでも久々にハケットのジャケットを出してみると創業当時の拘りが感じられる逸品だと改めて気付いた。実は1997年のハケット撤退後一度だけジャーミンStのハケットを訪れたことがある。残念ながら欲しいものはなく足早に店を出た。日本にいたっては再上陸後一度も訪問することのないまま再び去ってしまった。

「色見えで うつろうものは 世の中の 人の心の 花にぞありける」…人の心は移ろうもの。ブルックス然り、古い客を末永く惹き続けるのは難しいようだ。

By Jun@Room Style Store