英国仕立て注文記(第1回) | Room Style Store

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2022/09/13 01:27


前回はナチュラルショルダーにまつわる四方山話を書いたがアイビーブームの立役者くろすとしゆきさんが独立してオーダー服店のクロス&サイモンを1970年に出店した時は「服を注文するってどんなだろう」と漠然と想像したものだ。後になって父親が近所のテイラーで仕立てたホームスパンのツイードスーツを喜んで着ていた時なんとなく「これが誂えるということか」と理解したことを思い出す。

それでも当時は注文から完成まで待つなんて面倒、既製服で十分だと思っていたし靴だって最高品質のエドワードグリーンを買えば満足していた。そんな自分を大きく変えたのが海外駐在の生活と現地でジョンロブパリの靴を誂えたことだった。今のようにネットが発達していなかった当時は待つことや我慢が当たり前、長い間待って自分の欲しいものを手にする喜びを徐々に理解できるようになった。

既に父は他界したが近所のテイラーは今も健在、近々ジャケットの裏地を張り替えて貰うついでに昔話でもしてこようかと思っている。ともあれ自分を仕立服の世界にいざなったサビルロウとの20年以上にわたる付き合いを何回かに分けてまとめてみたい。


《オフサビルロウ時代》
(1) 2001年7月(初注文)
記念すべき1着目のスーツはVゾーンの狭い純英国調の3つ釦スタイル。オフサビルロウのサックビルStにあったファーラン&ハービーで注文した。採寸はピーター(ハービー)が、仮縫いはキース(ファーラン)が担当。袖裏は彼らの修行先ハンツマンのストライプが使われるなど1着目から渾身の出来だった。第1期のハケットを思わせるカットだ。


(2) コーディングスのスタイル

(1) の初ビスポークスーツとよく似たスーツを扱うのがロンドンの名店コーディングス。オンラインショップから写真を拝借したがチェンジポケット無しやセンターベントというわずかな違いはあれどまるで双子のようだ。コーディングスではこれを「クラシックシティスーツ」と呼んでいる。ハッキングジャケット(乗馬服)由来のデザインはいつ見ても新鮮だ。


(3) 手縫いの肩
ナチュラルショルダーで…という注文どおりの肩まわり。手縫いによる袖付けは摘むとたれ綿入りの構築的な肩先だと分かるが見た目はあくまで自然なライン。しかも前肩気味の体型に合わせた袖ぐりのおかげで肩から腕がすっぽり収まる感覚が小気味いい。靴から服へ…ビスポーク熱が一気に高まるきっかけとなった一着だ。

(4) ビスポークスーツの本領
組下はブレイシーズとサイドアジャスターでフィットさせる英国式。動き回ってもずり落ちず綺麗にクリースが落ちる快感を一度知るとベルトの窮屈さが気になってしまう。上着に目をやると下襟裏の丁寧なハ刺しや上襟裏のひげ処理など注文服ならではの手仕事がそこかしこに見られる。今はなきキースとの仮縫いセッションを思い出させる1着だけに愛着もひとしおだ。


【参考資料①】
パンチドキャップトウ
チャコールグレーのソリッドスーツに合わせる靴は黒一択。それもシンプルなパンチドキャップトウばかり履いている。写真の靴はフォスター&サン、デザインネタはジョンロブパリのフィリップだがフォスターではやりたがらないシームレスヒールを依頼。当時担当の松田さんに無理を言ってボス(テリームーア氏)を説得して貰ったことも懐かしい。

(5) 2002年9月(2着目)
二着目はストライプの秋冬物をシングルピークドラペルで注文。今でこそポピュラーだが当時はショップはおろかテイラーの仮縫い服を見ても誰一人オーダーせず…一人悦に入っていた。因みにこのスーツを着てヘンリープールを訪れたら当主のカンディ親子が袖のストライプを一瞥して「シングルピークのスーツは良いね!ハンツマンかい?」と聞いてきた。

(6) 肩の作り
背中に落ちた肩線とかすかに盛り上がった袖山…トルソーに着せたまま身頃の肩部分を押さえて袖を軽く下に引っ張ると手仕事による縫い目が見える。生地をいせ込み丸く縫い上げるにはハンドに勝るものなしといったところか…一着目よりたれ綿の面積が少し増えたのかナチュラルショルダーからロープドショルダー気味になっている。

(7) 生地の耳
身頃のポケット内側に見える生地の耳。ハダースフィールド産のスーパー100s+カシミアの混紡だと分かる。実はロンドンで最初の1着目を注文後フィレンツェのリヴェラーノでもスーツをオーダー…その際当主のアントニオが薦めたスーパー100s+カシミアが殊の外良かったので2着目に選んだという訳だ。

(8) 書籍(Dressing The Man)から
アランフラッサーの書籍(Dressing The Man)に掲載されたシングルピークドラペルのスリーピース。特に参考にしたのが右側の段返り3ツ釦のスタイルだった。東京のトランクショウで再会したピーターはピークならVゾーン深めの2つ釦を薦めたが写真を参考にシャープなピークドラペルと段返りの襟で3つ釦のデザインを上手くまとめてくれた。

【参考資料②】
セミブローグ
ストライプスーツに合わせるならつま先の賑やかなセミブローグが好相性、もちろん色は黒だ。ヘンリープールのカッターが「その靴良いね、どこの?」と聞くので「フォスター&サン」と答えたら同じロンドンなのに近所の誂え靴屋さえ知らないのに驚いた。プールにとっては同じ王室御用達のジョンロブ以外は誂えに来た客を案内することもないのだろうか…。

(9) 2003年2月(3着目)
3着目は満を持してのツイードジャケット。勿論トラウザーズも別生地で注文がお約束(のようなもの)だ。選んだ生地はホーランド&シェリーのウィークエンドツイード。腰ポケットはスラントからクセのある三日月形のポケットに変更。一着目と同じ3つ釦で狭いVゾーンに長めの着丈とムーンポケットでアヴァンギャルドなジャケットが完成した。

(10) ムーンポケット
元々スラントポケットでオーダーしようと思っていたら同行した服仲間が写真を見せながら「こんなポケットにしたい」と話していたのがきっかけ…「それなら自分も」と2人揃ってムーンポケット仕様にした思い出がある。後で別の服仲間も同じ注文を入れているので仲間内では密かに流行っていた仕様かもしれない。

(11) ウィンザー公
上のジャケットのムーンポケット…参考元は洒落者のウィンザー公だ。改めて写真で見ると2つ釦段返りで下のボタンを締めている(写真はネットから拝借)。1つ釦のデザインに敢えて釦を上に足したようなデザインとこれまた個性の強いムーンポケットを加えるなど当時のトレンドセッターらしい凝った仕立てだ。写真はフラップを中にしまっているのだろうか…。

(12) フラワーループ
ファーラン&ハーヴィーに限らずサビルロウ仕立てには必ず付いてるフラワーループ。因みにイタリアのサルト仕立ても同様だ。実際に使うことは(ほぼ)ないだろうがそのひと手間が嬉しい。ナンバー6のスーツに相応しい英国のチェスターバリーは既成服ながらフラワーループがしっかり付いている。流石は服のロールスロイス、手抜きはなし…のようだ。


【参考資料③】
バックスキンの短靴
ジャケットと一緒に注文したのはミディアムグレーのサキソニー。スーツパンツ同様ベルトレスでサイドアジャスターにブレイシーズボタン付きの英国仕様だ。履いているのはウィンザー公よろしく濃茶のセミブローグ。スェードより格段に柔らかいバックスキンは靴好きに試して欲しい素材だ。因みに靴下もロングホーズと秋冬本番モードにしている。

(13) 2004年11月(4着目)
4着目はスーツの原点グレーフランネル。グレゴリーペック主演映画「グレイフランネルを着た男」は「ブルックスブラザーズでグレーフランネルのスーツを注文しなさい」という助言に従いとんとん拍子に出世したというストーリーだが、ブルックスが青山に出店した当時は高根の花だったグレーフランネルのスーツをようやく手にした1着だ。


(14) 映画の中のグレイフランネル
映画の中のグレーフランネルスーツ姿が格好良かったのがアンタッチャブル。ケビンコスナー演じるエリオットネスのスーツはジョルジョアルマーニの担当、英国スタイルとは違うが何度見ても格好いい。ネスがシカゴを去る時出世したジョージストーン(アンディガルシア)が着ていたチャコールグレーのスーツも負けず劣らず決まっていた。


(15) 地味なスーツ
チャコールのグレイフランネルスーツはご覧のとおり超コンサバだがその色目は安心感や説得力、重量感を与えるという。一方ダイヤモンドオンラインでは若い人はネイビーが合うと説いている。グレーは幹部候補生の色目だが、仕立てが良くないと疲れて見えるとのこと。若い頃に背伸びしてブルックスのグレーフランネルスーツを買わなくて良かった…若過ぎて似合わなかったに違いない。


(16) ライニング
バーガンディの靴にも合うようライニングをワイン色に指定、袖裏は相変わらずハンツマンの裏地が貼られている。このスーツだけは4つの袖ボタンのうち一番上はダミー(開き見せ)になっている。袖を直して着られるようにするためのものでヘンリープールでは2個開き見せ+2個本開きだったがファーラン&ハーヴィーでは初めてだった。


【参考資料④】
サイドエラスティックフルブローグ
映画「グレイフランネルを着た男」のスチール写真ではがっしりとした外羽根の黒プレーントウを履いているグレゴリーペックだが英国仕立てにはシュッとした英国靴が似合う。ストロングなフルブローグも良いがレイジーな黒のサイドエラスティックフルブローグならさらに快適だ。英国スーツのDNAがさせるのか、自然と黒靴が履きたくなる。


(17) 2005年1月(5着目)
それまでリヴェラーノでネイビーのジャッカを頼んだ経験はあるがこの年、初の本格的なブレザーを注文。4着目のグレーフランネルスーツとほぼ同じチェンジポケット付きだがスラントの角度を変更。生地はブレザーの定番ドスキンを選択、もちろんブレザーに合わせたトラウザーズも一緒にオーダーしている。

(18) フラップの形状
ポケットの中に入れられるようフラップは長方形かと思いきや英国仕立ては外側がフレア気味になっていることが多い。仕立服の特徴かと思いきやイタリアのサルト仕立ては逆にきっちり四角(またはスラントした場合は平行四辺形)で仕上げるところもある。既製服だとラルフローレンやブルックスブラザーズでもお馴染みのようだ。


(19) シルバーボタン
着込んで曇りがちのシルバーボタンだったがメッキの質が良いのか磨くと結構綺麗になる。ブレザーを注文する時に大いに迷ったのが金ボタンにするか銀ボタンにするか…ピーターによると金ボタンは「Too regimented(厳格過ぎる)」とのこと。ならば銀でとお任せしたらクラウンの入った平形の足付きボタンで仕上げてきた。カジュアルフライデーはブレザーという当時の流れを無視して週に何回も着たせいでライニングもだいぶ傷んでいる。


(20) ネクタイのチョイス
アイビー時代はブレザーとストライプ(レップ)タイはセットだったが英国仕立てのブレザーには小紋やペイズリーよりタータンを合わせたいところ。中でもブラックウォッチに黄色の格子が入ったキャンベルタータンは一番のお気に入り…リネン素材のネクタイは春夏限定だがシルク特有の光沢がないのでVゾーンがギラつかず涼しげに見える。


【参考資料⑤】
英国式ローファー
ブレザーと一緒に注文したトラウザーズは黒に近いチャコール。もう一段明るいグレーと迷っていたらピーターはダークな方を指さす。なるほどこれが英国流の色合わせか。黒靴ばかりじゃつまらないのでバーガンディのオールデンを履いたら相性悪し…。やはりブリティッシュなブレザールックには端正な英国ローファー(フォスター&サン)の方がお似合いのようだ。


鎧のような…と例えられるとおり英国仕立ては立体的で構築的だ。シェイプの効いたウェストや首に吸い付く上衿、肩骨から腰にかけて綺麗にS字を描く背中のラインや肩から胸にかけて現れるドレープ…手の込んだ既製服やイタリアのデザイナーズも試したがどんな場面でも着手をより良く見せてくれる。反面、たとえツイードジャケットであろうと「ノータイだとどこか締まりがなくて似合わない」或いは「ジーンズと合わせづらい。」という声も聞く。

着手を立派に見せる英国仕立てはリラックスしたい時でさえ相応の振る舞いを求めてくる。日本の老舗英国屋は「そもそも英国のスーツは英国紳士たちが互いを認識させるための衣服だった」と説いている。個をアピールするためでなくグループに属することを無言で分からせるツール…脱個性が根底にあるという。稀代の洒落者ボーブランメルが「行き交う人が振り返るようならあなたの着こなしは失敗しているのだ…。」という名言が説得力をもつ分析だ。

今は仕立服を着る機会も減った代わりに田舎生活に慣れてワークウェアが様になりつつある。誰も振り返らなくなったのは服装が板についたのかよそ者じゃなくなったのか分からないが、どちらにしても喜ばしい。

Jun@Room Style Store