英国仕立て注文記(第2回) | Room Style Store

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2022/09/18 18:20



英国仕立ての扉を開いてくれたファーラン&ハービーはサビルロウから少し離れたサックビルStに店を構えていた。ショーウインドウもディスプレイもない作業場からはどんな服ができるのか見当もつかなかったが出来映えは群を抜くもの、「こんな服が欲しい…」という思いはピーターのセンスによっていつも想像以上に素晴らしい仕上がりになっていた。

順調にオーダーを重ねていったがある時ピーターがトランクショウをスキップしたことがあった。いつもと違い単独で来日したクレバリーのグラスゴーが「長年の相方キースが亡くなった」と教えてくれた。それから間もなくピーターはキースと二人で切り盛りしたサックビルStの店舗をたたみサビルロウのデイビス&サンの下でトランクショウを再開した。

当時のピーターの心中は察するに余りあるが、再開後の彼は以前にも増して良い仕事で客の要望に応えてくれた。そこで今回はサックビルStに店のあったオフサビルロウ時代からデイビス&サンに移って文字どおりサビルロウテイラーへと変化したファーラン&ハービーについて触れてみたい。

扉写真は移転先となったサビルロウのデイビス&サン

(1) 2005年12月(6着目)
6着目は初めてダブルブレステッドの3ピーススーツを注文。英国の6釦ダブルは下2つ掛け(または中1つ掛け)がお約束だがピーターはラルフ流の下1つ掛けも様になるよう微妙にロールを付けて仕上げてくる。勿論ウェストの絞りやボタンスタンス、肩から胸にかけてのドレープはベリーブリティッシュ…さじ加減の上手さが彼の真骨頂だ。

(2) ベストの見え方
3ピースのスーツで一番気を遣うのがウェストコート。ピーターは「ラペルを付けるかい?」と聞いてきたがダブル前なら「シンプルな方が良い…」とお互いの意見が一致、プレーンなデザインにした。仮縫い時は上着の前ボタンを留めた状態でウェストコートがどれくらい覗くか特に念入りにチェックしていた。その一手間が写真の「見え具合」に表れている。

【参考資料①】
生地の耳
生地はSAVILE ROWのSuper120’s。ベルギーの名門マーチャントSCABALが英国の工場で織り上げたミディアムグレーのバーズアイだ。当時ファーラン&ハーヴィーと並行してオーダーを入れていたサビルロウのヘンリープールで薦められたスーパー120'sの生地感がいいたく気に入って来日したピーターと一緒にバンチから選んだ生地だ。

(3) ボタンホール
ウェストコート付きのダブルスーツはボタン穴も多い。実際は写真のように見える部分だけでなく内ポケットやトラウザーズのボタンフライにバックポケット、ウェスト部分の持ち出しなど全て手縫い仕上げ。これが既製服だとアットリーニやキトン、最高峰のチェスターバリーでも見えない部分のボタン穴は全てミシン仕上げになる。

(4) 下ボタン2つ掛け
ダブルの重なりを捲ってみた図。下身頃は中と下に2つあるボタン穴だが被さる上身頃の裏ボタンは中1つのみ。確かピーターに聞かれて中1つにしたと思う。手持ちの既製服だとエルメスは下身頃のボタン穴も上身頃の裏のボタンも中1つ、ラルフのパープルレーベルは下身頃のボタン穴も上身頃の裏ボタンも中と下の2つとまちまちだ。


【参考資料①】
フルブローグを履く
ハケット流だとダブルのスーツに合わせるのはセミブローグだそうだが、ここは押しの強い黒のフルブローグそれも革の重なりが多いストロングタイプを持ってきた。アーチ部分に穴飾りのある革が3枚集まるのが特徴のこの靴。確かに見るから強そうな印象だ。チゼルトウのつま先が如何にもジョージクレバリーらしい。

(5) 2006年8月(7着目)
7着目は日本の冠婚葬祭用にブラックスーツをオーダー。ピーターが一番やりたくなさそうな顔をした注文だったのをよく覚えている。ビジネスの場では明確にNOなブラックスーツだが日本では仕事以外に冠婚葬祭など色々な場面で着ると話して納得の上注文を入れた。とはいえ実際は白シャツと合わせて結構仕事でも着ていた。

(6) 組下と…
組下のカフはもちろんシングル。後にも先にもシングルで仕立てて貰ったのはこの1着だけだ。黒のスーツだと思わずに一番濃いチャコールのスーツだと考えればあまり意識せずに着ることができる。因みにトラウザーズのブレイシーズボタンはなし、サイドアジャスターの調節みで履いていた。

(7) フラップをポケットに仕舞う
フォーマルに近い場面では敢えてフラップを仕舞って着ることも多い。一時期は仕事場のロッカーに備えていたこともある。グレーのストライプパンツと合わせて白シャツにシルバーのネクタイを締め、ディレクターズスーツ風の着こなしで結婚式に参列したこともある。重宝する1着だったが、流石に茶靴と合わせたことはない。



(8) ブラックスーツ
日本では仕事用の黒スーツは一般化しつつあるがパーマネントスタイルの主宰者は「ブラックスーツを愛する友人」と対照的に自らは明確にNot Business, "I hate black suit." "Can't stand them."と言い切っている。ふと日本で働くスコットランド出身の青年が上手くブラックスーツを着こなしていたことを思い出した。郷に入っては郷に従えと言うことか…。


【参考資料②】
シンプルなサイドエラスティック
シンプルな黒のシングルカフトラウザーズにはプレーンなサイドエラスティックを…つま先に控えめなパーフォレーションが入る外観はルームシューズに近い…。因みにこの手の靴の場合はエラスティック(ゴム)部分にスラッシュドカバー(パネル状の細革)が縫い合わせれているタイプを選びたい。エラスティックのままだと伸び切った時見栄えがいまひとつになってしまう。


(9) 2007年6月(8着目)
8着目でツイード3ピースを初注文。"Three roll two"いわゆる「3つボタン段返り」だ。一番上のボタンは裏返えったラペルに隠れて見えない。ややスラントした腰ポケットとチェンジポケット、それに深くなったV ゾーンからラペルの付いたウェストコートがしっかり見える。数あるスーツの中でも一番のお気に入りだ。


(10) スリーピース
仮縫い時のウェストコートはプレーンな状態だが心配無用。最後は写真のようにしっかり付いた状態で納品されるからだ。地厚な秋冬ものの生地で仕立てた3つ揃えはゴージャスな雰囲気が漂う。前ボタンを留めないのがルールに従って前を開けるとウェストコートの前ボタンがずらりと並ぶのが気持ち良くて一時期は 3ピースばかり注文したこともある。


(11) ウィリアムビルの生地
選んだ生地はW.Bill(ウィリアムビル又はダブルビル)のアイリッシュドネガル、カラフルなネップ(節)が特徴のホームスパンツイードは目付けが440g程度だろうか…。ダブルビルは1846年創業のマーチャントでエベレスト初登頂のヒラリー卿が着ていたことやピカソが愛用したことで知られている。現在は英国最大のグループ「ハリソンズ」の傘下にあるという。

(12) ライニングの変遷
最初はハンツマンのライニングだったものをピーターがデイビス&サンに移った後で直しに出したらデイビス&サン仕様のライニングで戻ってきた。さらにトラウザーズのみハンツマンに再度出したら元どおりハンツマンのライニングになって戻ってきたという訳だ。因みにビスポークものは体重の±10㎏増減に対応できるそうだ。

【参考資料③】
英国製の靴
身体にフィットしたビスポークのツイードスーツにジョンロブのビスポークカントリーシューズ。お気に入りの素材で誂えたもの同士の組み合わせは心もうきうきする。せっかくなのでソックスの色や柄合わせにも気を配ってみた。画面では分かり難いがトラウザーズのアウトシームは折り伏せ縫いに手縫いのステッチを入れたウェルトシーム仕上げ。ピーターのディレクションだ。


《サビルロウ時代》
(13) 2008年9月(9着目) 
前作、8着目のツイード3つ揃えがサックビルSt時代最後のファーラン&ハービー、このスーツからデイビス&サンによる仕立てへと変わった。その分価格もサビルロウプライスへとステップアップしたがピーターの強みは生地の持ち込みOKなところ、友人はビンテージトニックで、自分はドーメルのトニック2000で誂えたのが写真のスーツ。慣れた3つボタン段返りから2つボタンに変更した。


(14) トニック2000
この頃から縫い子がデイビス&サン御用達に変わったのかファーラン&ハービーのスーツのクオリティも一段と上がったようだ。それにしてもトニック2000の生地はかなり硬い。肩が動きやすいようにとの配慮からかドロップショルダーへと肩の作りを変えている。ビンテージトニック同様トニック2000のモヘア混紡率は30%、試しに手で揉んだり絞ったりしても全く皺が寄らない。


(15) ダブルネームへ
内ポケットの下にはファーラン&ハービーのタグがつくものの、トラウザーズには新たにデイビス&サンのエチケットが付くようになった。細かな部分、例えばボタン穴のかがり縫いやサイドアジャスターの取り付けなど以前にも増して丁寧な仕事ぶりが見てとれる。トラウザーズのデザインも慣れ親しんだフォワード2プリーツからプレーンフロントに変更している。


(16) デイビス&サン
デイビス&サンのフェイスブックから写真を拝借、サビルロウに店を構えるだけあって風格を感じさせる。サビルロウ最古のテイラーはヘンリープールだが1803年の創業というデイビス&サンのタイムラインも中々のもの。図らずもファーラン&ハービーが傘下に入ることによってヘンリープールに続き2軒目のサビルロウテーラーを体験することになった。

【参考資料④】
サビルロウのスーツに茶靴を合わせるなんて…とも思うが流石にいつも黒じゃ味気ない。ここはポールスチュアート流ネイビースーツ+ダークブラウンシューズの組み合わせにトライ。手持ちの茶靴で最も暗いクレバリーのイミテーションフルブローグのアデレイドを履いてみた。トニーガジアーノのディレクションによる2足目のクレバリーだ。


(17) 2009年9月(10着目)
10着目はウール&カシミアのジャケット。それまで着ていた秋冬もののネイビーブレザーが傷んだのでよく似たウール&カシミアの生地で仕立てたもの。初期のファーラン&ハービーと違いカーブを描く下襟(Bellied lapel)はデイビス&サンに近い。この頃から見習いとしてロバートベイリーがピーターの後任としてトランクショウに随行していたが仕上がりもピーターの作風からロバートの作風へと変わりつつあるのを感じた。


(18) チェンジポケット
ファーラン&ハービー時代の中庸なポケットもロバートが関わるようになってから大きく目立つようになっていった。ピーターが顧客の望むものを上手く英国スタイルに落とし込むタイプだとするとロバートは自身の理想とするカッティングを顧客の要望に重ねていくタイプか…今は独立したロバートベイリーのサイトを見るとこのジャケットと良く似ている。


(19) ダブルネーム(その2)
外付けのファーラン&ハービーネームタグとポケット内側のデイビス&サンのエチケット。サックビルStの住所が縫い込まれたエチケットは過去のものになり新たなダブルネームが始まった。ちょうど還暦を迎えたピーターを祝おうとクレバリー親子と主賓のピーター、それにロバートと日本のトランクショウ仲間で会食したのが懐かしい。


【参考資料⑤】
デイビス&サンのショルダー
デイビス&サンのスーツショルダー。フェイスブックから写真を拝借したが①盛り上がった袖山とはっきり分かるロープドショルダー②下端に近づくにつれてカーブを描く(Belly)ラペル…目下サビルロウの仕立て服はこの2点が共通のようだ。中庸なヘンリープールやソフトテイラーリングのアンダーソン&シェパードでさえも見られる。


(20) ショルダー
デイビス&サンの写真ほどではないが袖山の盛り上がりやロープドショルダーの特徴が見え隠れする新生ファーラン&ハービー。個人的にラペルはストレートが好みのせいかどうも馴染みがない。もし今自分がジャケットをオーダーするならやっぱり肩はナチュラルショルダーでラペル下端はカーブさせずにストレートで…と念を押すと思う。


【参考資料⑥】
カジュアルパンツ
足下を飾るクロケット&ジョーンズのギリーはジャーミンStのショップでMTOしたワンオフもの。アッパーはホーウィン社のウィスキーシェル、コードバンでは一番人気の色目だ。ソックスはブルックスブラザーズの英国製アーガイルソックス。コットンツイルのパンツはアメリカ製のJ.プレス、アングロアメリカンな組み合わせは一番落ち着く。


ファーラン&ハービーではその後もスーツを3着にトップコートを1着注文したが、キース他界後のピーターは激務だったに違いない。時差の生ずる東西の移動は疲労が大きい。彼が海外に出向くトランクショウをロバートに任せたのも良く分かる。ところが後を引き継いだはずのロバートが突如ハンツマンに移籍、後処理のため急遽来日したピーターと再会したのが最後になった。


ピーターからロバートに交替して服の雰囲気は大きく変わった。ハンツマンのシングル1つボタンといった明確なアイコンは別として、ハウススタイルは結局のところカッターによって決まることも知った。最後のスーツを受け取り挨拶を交わしてホテルを出た。真冬の渋谷を駅に向かって歩きながら12年に及ぶピーターとの思い出がつい昨日のことのように思い出されるのだった。

By Jun@Room Style Store