英国仕立て注文記(完結編) | Room Style Store

Blog

2022/10/02 09:05



2001年から始まったファーラン&ハービーとの付き合いは年2回のペース。1回が仮縫いでもう1回が納品と新たな注文という流れが続いていた。途中2005年にロンドン地下鉄爆破テロが起きたが、空港など警戒態勢の中ピーターは来日、「"keep calm"(平常心)、恐れたりすればテロを起こす側の思うつぼだ…」と言う彼の言葉にジョンブル魂を感じた。

2011年に東日本大震災があった時も来日。仮縫いを手際良くこなしながら東京やロンドンの日常など話したり次のオーダーの生地を一緒に選んだり…。型紙を引くのは既にロバートの仕事だったが、ぎりぎりまでトランクショウに関わっていた。「彼が辞める前に…」と初の大物トップコートを注文したがそれがピーターとのラストセッションだった。

そこで今回はファーラン&ハービーとのセッション晩年を思い返しながら英国仕立て注文記をまとめてみたい。

扉写真はファーラン&ハービーのワークショップがあった場所の近景。

(1) 2010年9月(11着目)
2005年から始まった日本のクールビズも定着するには時間がかかったのか、2010年には英国の春夏生地として名高いマーティンソンのフレスコでスーツをオーダーしている。本家Martin Sons & Coは1976年にKirkheaton Millsに買収され商標権も移ったが今も健在。日本ではポーラーあるいはホップサックの名で親しまれているようだ。

(2) フレスコの特徴
フレスコは平織り。バスケット状に織り上げることで通気性や耐久性を高めている。しかも糸が単糸ではなく2プライや3プライを使用するのでハリとコシもある。皺になりにくくドライなタッチは確かに涼しげだ。透かして見ると糸と糸の隙間が分かるほど。写真は2プライの生地で仕立てたが英国仕立ては総裏が標準、通気性はやや下がるのは致し方ないか…。

【参考資料①】
フレスコ生地
フレスコ生地の別名ポーラーは植物の葉の裏にある気孔の英語読み"Pores"から来ているという。気孔とは植物が二酸化炭素を取り入れ水分(水蒸気)を放出する穴。汗を水蒸気として放出する生地をイメージしてのネーミングだろうが言い得て妙だ。2プライより耐久性がある3プライのフレスコはその分重く、夏用というより「合い物」向きとのこと。

(3) ショルダー
袖山がはっきりと分かるショルダーライン。薄い生地でも仕立て映えがするよう肩パッドやたれ綿も入っている。アームホール下から胸にかけてゆとりを持たせ袖を通してボタンを閉めると胸から脇にかけて自然なドレープが現れる。夏用のスーツとして注文したが次第にクールビズが普及し始めると夏場はほとんど着ることなく春ものにシフトしていった。

(4) ライニング
デイビス&サンの傘下となったことで袖裏のライニングもハンツマン仕様ではなくなったがそもそも裏地さえ透けて見えるほど薄手のフレスコ生地、同系色の裏地なのも当然か…。出来上がりはジャケットがベージュで組下は白だった(写真を参照)。既にトラウザーズはノープリーツでブレイシーズボタンもなしが標準になっていた。


(5) ライトブラウンの靴と…
英国スーツは黒靴という暗黙の了解を無視したグレースーツとライトブラウンシューズの組み合わせ。ラルフローレンやポールスチュアートがよくやる手だ。スーツより一段明るめのライトグレーソックスとブリーチしてから色を加えたフルブローグ。夏というより春の装いにピッタリかもしれない。


(6) 2011年9月(12着目)
東日本大震災から半年後にピーターと再会。略式礼服以来2着目のブラック、ただしフランネルのチョークストライプで3ピースを注文した。生地はホーランド&シェリーのSuper150s'フランネル、紡毛ながら独特の艶と光沢がある生地は仕立て映えがする。出来上がったスーツのジャケットからのぞくラペルドウェストコートはいつにも増してゴージャスだ。

(7) ベリードラペル
ピーターが後継に指名したロバートは彼自身の理想とするカッティングがある。写真は後にデイビス&サンからハンツマンのシニアカッターとして移籍、彼がハンツマンの下で手掛けたツイードの3ピースと比べた写真。比較すると肩の作りやカーブしたラペルのカッティング、スラントポケットの角度や大きさなど類似点が多い。

(8) ウェストコートの襟
ロバートの遊び心を感じさせるウェストコートの襟。元々オーダー時に「後付けの襟ではなくジャケット同様上衿(カラー)と下襟(ラペル)をゴージで繋いだウェストコートを…」と注文していたが、ロバートは上着と同じピークドラペルで仕上げて来た。ロバート曰く「クラシックなスタイル」とのこと。

(9) ウェストコートの見え方
釦を留めるとウェストコートのボタンが2つ見える。因みにヘンリープールの3ピースだとウェストコートの見え方がもっと控え目だ。ネクタイは英国製のピュアカシミアタイ。同じ起毛素材同士だけに相性も良い。ロンドンのボンドStにあるラルフローレンで購入。第一期パープルレーベル時代の名品だ。

(10) ショルダー
初期のファーラン&ハービーからみると肩の作りがだいぶ変わっている。袖山の盛り上がりは遠くからもはっきりとわかるし、昔のスーツより押しの強いスタイルになっている。このスーツが納品されたのが大震災の翌年、自粛から平常へ様々な催し物が再開され始めた時期、届いたばかりのスーツを着て記念祝賀会に出かけたことを思い出す。

(11) 黒靴一択
黒のチョークストライプスーツに合わせる靴といえば黒一択。それもクラシックなレースアップシューズだろう。写真はバルモラルオックスフォード。3/16インチのソールは4/16=1/4インチより一段と薄い。イミテーションのキャップと相まってかなりドレッシーだ。グラスゴーが「3/16はあまり歩かない靴用だ…」といってたとおり歩くと地面の反発が足裏にかなり響く。


(12) 2012年2月(13着目)
ピーターと最後のセッションとなったトランクショウでピュアカシミアのコートを注文した。①シングルチェスター②ピークドラペル③ボタンフロント④スラントポケットという注文に、イメージが湧くようピーターに見本の写真を見せながらやりとり、彼が首にかけたメジャーを取り出しコートの着丈や袖丈を採寸し直していたことを思い出す。

【参考資料】
コート生地の目付け
納品時にはすでにピーターの姿はなかったが珍しくポケットに共布が付属してきた。端切れの面積は約348㎠で重さが12g、ダブル幅140㎝の生地が1m(100㎝)で14000㎠だから目付けを計算すると14000÷348×12=483g/mとなる。コート用カシミヤ生地としては極上の部類だろう。因みにイタリアのピアチェンツァでは520g/mの目付けのピュアカシミア生地があるらしい。


(13) 生地とカフまわり
毛並みが揃い光沢のあるカシミア生地。ビーバー仕上げというらしい。前作のスーツ同様マーチャントはホーランド&シェリー。既成服ではまず見かけない肉厚な生地だ。このコートより前にセミナーラで仕立てたドーメルのピュアカシミアより一段と重い。袖ボタンはジャケット同様本開きの本切羽、ボルドーのライニングはピーターのサジェスチョン…。


(14) 襟まわり
ラルフローレンのスーツから興したラペルの型紙で作ってもらったピークドラペル。ロバートはカーブドラペルが得意なところを敢えてストレートなカッティングをと念を押した部分だ。前ボタンは3つで中一つ掛け、一番上は完全に返っている。当時は一気に体重が減ったり増えたりしたのでロバートは対応に苦慮、初めて仮縫いと中縫いの2ステップを踏んだのも懐かしい思い出だ。


(15) 腰ポケット
微かにスラントした腰ポケット。近くで見ると大ぶりに見えるが遠目にはバランス良し。コート自体の重さは1.6㎏。480g/mの生地で3.5mの用尺ならば妥当な線だろうが軽さが特徴のカシミアコートにしてはかなり重い。とはいえ重さを感じさせない仕立ての良さは仮縫いと中縫いの2ステップを踏んで精度を高めてくれたロバートのおかげだ。

(16) カジュアルな組み合わせ
シングルでもチェスターコートだとカジュアルに着こなすのは意外と難しい。特にネイビーだとフォーマルな雰囲気が強いので同じカシミア素材のタートルネックと合わせて巻物で色足しにトライ。鮮やかなオレンジが目を引くタータンマフラーはスコットランド製、トラディショナルウェザーウェアのもの。


【参考資料】
ポロコートの組み合わせ
同じウールコートでもラルフローレンのポロコートはデニムジャケットやラグビーシャツなどカジュアルな服装によく合う。仕立てコート特有のかっちりとした感じがないからだろうか。知人がサルトで仕立てたポロコートもグラマラスでスタイリッシュ、ジージャンやラガーシャツとは合わなさそうだ。


(17) 2012年2月(14着目)
トップコートと同じ時期に春夏もののスーツも注文した。ピーターが「そろそろロバートに任せるつもり」だと聞いたからだろう。最初で最後の2着同時注文だった。既にロープドショルダーと下端がカーブするラペル(ラペルベリー)がファーラン&ハービーの新定番スタイルになり、組下のトラウザーズもプリーツなしのシンプルなものになっていた。


(18) ファブリック
ピーターにグレーにウインドウペーンが入ったスーツ用の良い生地で…と依頼。彼は「良い生地があるから…」ということでどんな生地か分からないまま注文して出来上がったのがこのスーツだ。生地はハリソンズオブエジンバラ、公式サイトで確認すると最新の生地見本からSuper100’s +カシミヤで11oz(330gm)のプルミエクリュが該当しそうだ。

(19) 段返りの襟
ロールしたラペルで反り返った第一ボタンホール。両側から穴かがりを行なっているので見栄えが良い。肝心のボタンは襟の裏側に埋もれて見えず…このあたりは見慣れたアメトラの3ツボタン段返りとは雰囲気がだいぶ違う。ブルーの格子に合わせたネクタイと差し色ポケットスクエアはポケットはポールスチュアート、シャツはイタリアのスミズーラもの。


(20) 柄合わせ
スーツの柄合わせはさながらパズルのよう。1番気を使う部分は右腰のあたりか。スラントしたチェンジポケットに身頃の脇ポケットが集まる部分はダーツが走っているので完璧とはいかないものの上手く合わせてる。ウインドウペーンは格子柄の中でもシンプル、グレンチェックや複雑なツイード柄だともっと大変なのだろう…。

(21) 英国の良心
既成の黒靴で靴棚に今も残っているのはチャーチスのディプロマットとチェットウインドウのみ…90年代に購入、ロンドン•パリ•ニューヨークの三都市時代のものだ。アッパーはクラックが入り始めているがここで国王となったチャールズ皇太子がチャールズパッチなる古い靴をレストアしながら履いているのが話題になって以来古い靴を捨てずに修理して履く世代が増えたとのこと。


(22) 2013年2月(15着目)
ファーラン&ハービー最後のスーツ。初めて持ち込んだ生地は知人から仕入れたドーメルのビンテージモヘア混3プライ。ウール50%にモヘアが50%で400g。コシのある生地は座って背もたれに体を預けても全く皺にならない。春夏ものの印象があるモヘア混だがこちらは秋冬から春先までが出番か…。ピーターに代わってロバートが担当したスーツだ。


(23) ハウンドトゥース
グレンチェックやハウンドトゥース(千鳥格子)といった柄物には縁がなかったがようやく最後に仕立てることができた。写真でも分かるように袖筒や腰ポケット回りなど皺ひとつ寄らず生地がピンと張っている。これが3プライモヘアの実力、生地が擦れるとシャリシャリ音がする。アイロンでクセを付けるのも大変だったろう。


(24) ショルダーとVゾーン
袖山の自然な盛り上がりや綺麗な肩線は仕立て映えのする服地ならでは。意外と難しいのが千鳥格子のVゾーン。シャツは白無地(か目立たぬドビー)でネクタイも無地(に近いマイクロチェック)で組んでみた。因みにシャツはボローニャのフライ(スミズーラ)でネクタイはドレイクス(英国もの)。

(25) 初ビスポーク靴とのコンビ
ラストビスポークのファーラン&ハービーとジョージクレバリーの初ビスポーク靴との組み合わせ。オーダーはクレバリーの方が3年も早かったが東京で開催する年2回のトランクショウはいつもクレバリーとファーラン&ハービーの部屋を行き来していた。他の顧客とお互い入れ違いで親交を得たのも懐かしい。それにしてもカールフロイデンベルグのサイドエラスティックはいつ見ても革質の良さが際立つ。

ファーラン&ハービーには2001年~2012年までの12年間に14着のスーツとコートの合計15着オーダーした。年1着の注文はセッションのハイライト、「今度はどんな生地でオーダーしようか…」と考えるのが楽しみだった。だが物事に潮時はあるもの。海外を行脚して注文を受け、仕上げて納品という激務をこなしてきたピーターのリタイアは思ったより早くやってきた。

最後のスーツは2015年に完成したがロバートは既に移籍、引退したピーターが急遽来日してフィッティングを見てくれた。その前年に完成したコートの出来ばえを見せたくてわざわざコート姿で訪問、太鼓判を押して貰ったのが懐かしい。ピーターの作る服が好きでオーダーし続けたファーラン&ハービーの服。彼のフィッティングで最後を迎えられたのも縁あってのこと。

服を仕立てるということは単なる買い物ではなく、人間関係そのものだと思う。とあるドラマの名セリフ「出会いの結末には必ず別れがある…。」を今しみじみと感じている。

By Jun@Room Style Store