NYトラッドの名店 | Room Style Store

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2022/10/08 16:47


アメリカントラディショナルの代名詞サックスタイルはアンダーステートメント(控えめな表現)が信条。麻袋(サック)のように寸胴なシルエットや誇張のない自然な肩線は確かに華美な印象を与えない。映画「グレーフランネルのスーツを着た男」ではブルックスブラザーズのグレースーツ(もちろんサックスタイル)が出世のキーアイテムになっていた。


とはいえないものを欲しがるのが人の常、70年代に入ると地味で控えめ、ともすると退屈になりがちなサックスタイルに英国調を取り入れたブリティッシュアメリカンスタイルの波が到来、一気にブレイクした。その流れをリードしたのが元祖ビルブラスやその後に続くラルフローレン、そのラルフローレンが足繁く通ったポールスチュアートだった。


そこで今回は「英国の伝統に米国の視点を加えた最良の折衷主義」と自らを表現するNYの名店ポールスチュアートを振り返ってみようと思う。


《スーツ》
(1) バンカーストライプ
1987年公開の映画「ウォールSt」が話題となり、衣装を製作したアランフラッサーと共にパワースーツなる言葉が男性服飾誌を賑わした。1990年に初訪問したNYのポールスチュアートの店内もそんなスーツが並び、大胆なバンカーストライプのパワースーツを手に入れた。ワイドで下端がラウンドにカットされたラペルは見慣れたアメトラとは雰囲気が全く違う。


(2) Vゾーン
映画ウォールストリートでやり手のゲッコーが身に着けていたのはワイドスプレッドのクレリックカラーだったが、写真では同じポールスチュアートのタブカラーシャツを合わせている。往時のカタログを参考に幅を変えたストライプオンストライプでスーツとシャツを組み合わせ、ペイズリーのタイでポールスチュアート流を再現してみた。


(3) パワードレッシングの時代
ポールスチュアートのスーツはベルトレスでサスペンダーボタン付きが標準、ベルト派のために後付け用のループが付属していた。英国のブレイシーズより洒落た柄の多いアメリカ製サスペンダーはポールスチュアートやラルフローレンの品揃えが豊富でベルト代わりによく買ったものだ。クローゼットにサスペンダーが何本もある人も結構いるのではないだろうか。


(4) ユニオンチケットとタグ
ポールスチュアートの重衣料は主にカナダ製だがアメリカのユニオンチケットが付く。タグ裏側のシンジケートの文字から察するに企業連合に属していたようだ。サイズタグは39-33のRegular(レギュラー)。今は38の次は40と偶数展開だが当時は39があった。しかもショートとレギュラーにロングと3種類の着丈を常時用意していたという。売り場に掛かるスーツの数に圧倒されたのも当然か。


【参考資料①】
ブラックシューズ
ウォールStの中でゲッコーが何色の靴を履いていたか覚えていないがポールスチュアートなら焦げ茶のフルブローグを合わせたと思う。ここは英国調に黒のパンチドキャップトウを合わせてみた。当時のスーツはポールスチュアートもラルフローレンもプリーツをたっぷり取ってドレープの効いたトラウザーズが主流、写真でもそのワイドさが分かると思う。


《ジャケット》
(5) グレンチェック
こちらは1994年末のNYで購入したラムズウールのジャケット。イタリア製の柔らかな生地を使ってサイドベンツにチェンジポケット付きの英国スタイルに仕上げている。ワイドなラペルは第1ボタンと第2ボタンの間で綺麗にロールしている。昔から定番の3-roll-2スタイルだ。購入後かれこれ25年以上経っているのに古臭さを感じさせない。


(6) ショルダーラインとVゾーン
胴絞りのない控え目なサックスタイルに英国流のウェストサプレッション(胴絞り)を加えたブリティッシュアメリカンスタイル。一方で肩のラインはアメリカ流のナチュラルショルダーを継承していた。Vゾーンはイタリア製のシャツとタイ。「世界中の最高のもの」を求めるポールスチュアート流を貫くと、写真の中にアメリカ製品が一つもないことになる。


(7) 肩の縫い目と柄合わせ
背中側にオフセットされた肩の縫い目。肩線が綺麗に見える一手間だ。猫背気味のせいか襟後ろにツキじわが出やすいのでポールスチュアートで試着すると大抵直しが入る。この時も袖丈詰めに加えてツキじわ取りを中一日で仕上げてくれた。首下の背中心とアーム部分の袖幅を広げツキジワは解消、柄合わせも上手くいったようだ。


(8) ローファー
ポールスチュアートの靴は上級ラインがエドワードグリーン製というのは有名な話だった。アランフラッサーも著書Style and the manで「珍しい型のエドワードグリーン製シューズが目を引く」と書いている。写真のペニーローファーは"Harrow"。グリーンの定番モデルにはなく、当時はロンドンのワイルドスミスかニュー&リングウッドでしか買えなかった。


【参考資料②】
ローファースタイル
Harrow(ハーロゥ)の特徴はアンラインドの一枚革というところ。踵とつま先部分に入る芯以外は柔らかなアッパーが足に吸い付く感じだ。グッドイヤーウェルトとは思えない軽さはまるでスリッパのよう。既成靴の人気No.1のドーバーと同じつま先のスキンステッチやU字部分のライトアングルモカステッチは手仕事ならでは…UA原宿店の開店時の目玉商品だったのも頷ける。


《シャツ&タイ》
(9) Made in USA
90年代のNYトラッドといえば大御所ラルフローレンがシャツの製造を東南アジアの新興工業国産にいち早くシフトした一方でポールスチュアートはアメリカ製やイタリア製にこだわっていた。写真はアメリカ製のシャツ。1995年オープンのシカゴ店がタグにあることからどちらのシャツも90年代中期のものだろう。


(10) Made in Italy
こちらは2000年代以降のシャツ。15½のサイズタグを見てクラシコイタリア好きならすぐ気が付くと思うがルイジボレッリ別注だ。手縫いの台襟やボタンホールに加え超レアなタブカラーを作らせるなんてポールスチュアート側の要求も中々のものだ。シャツに限らずニット類や革製品などなど…どこの別注品か店員にカマかけたりするのもポールスチュアートで買い物をする楽しみの一つだった。


(11) 春夏用ネクタイ
左3本はポールスチュアートの経営権が2013年に日本企業に移る前後の旧タグ。一番右は経営権が移ってからの新タグ。2010年代に入ってからのポールスチュアートは紆余曲折があったように見える。上級版スチュアートチョイス(写真上のシャツ)を出したりパープルレーベル同様アッパーカテゴリーのフィニアスコールを打ち出したり…残念ながら定着しなかったようだが。


(12) 秋冬ネクタイ
こちらは秋冬物のネクタイ。地厚なツイード生地を使った地厚のタイ(左)や茶系でお洒落なラムズウールのグレンチェックタイ(中)は旧タグ。大柄のストライプタイ(右)は表参道店の最終営業日に購入したものだ。石垣の外観、店内に入り大きな階段を上がると広がるスーツやジャケット売り場、自然光の入るフィッティングルーム…真の名店だっただけに閉店を心から惜しんだ。


【参考資料③】
ポールスチュアートといえば銀座と青山どちらも豊富なポケットスクェアが魅力の一つだった。下から銀座3丁目店の閉店記念に買ったチェック柄、銀座8丁目への移転記念に買った4色柄、表参道店の閉店記念に買った4色柄と赤のペイズリー、青山店移転記念に買った緑のペイズリー、節目節目に何か一つ買いものをしていたことになる。


《コート》
(13) ツイードコート
こちらは2000年代中期の購入品。大柄のツイードコートは英国製、襟のレザー使いが如何にも上質そうだ。日本でもライセンス品と一緒に本国展開の上質な直輸入ものが買えたのがポールスチュアートの魅力、その後はライセンス品が増え、さらに日本製から中国製へシフトするなどコストという言葉が見え隠れするようになっていった。


(14) ツイードシェル
ツイード生地はポーター&ハーディングのグレンロイヤルではないだろうか。公式サイトを見るとグレンロイヤルは435gmsの比較的軽いシティユースのツイードとある。一方コートの縫製はグレンフェル、名前からはスコットランドの会社かと想像しがちだが創業者のグレンフェル卿の名を取ったれっきとした英国のアパレル会社とのこと。


(15) ライニング
取り外し可能なウールライニングはかなり派手だ。秋口はライニングなしで冬はライニングを付けて着る。バーバリーのトレンチ同様本格的な作りは自社でもトレンチコートを作るグレンフェルならでは。直輸入ものは袖が長いので直しに出そうと思うも袖先のベルトが柄合わせをしているのを発見…袖から詰めるのは不可能で肩から詰めることになりそうだ。


(16) ハット&キャップ
ポールスチュアートは昔から洒落たハットやキャップの置いてある店だった。さすがにNYで買って帰るのは大変なので銀座と青山のブティックでよく買ったものだ。フォーマルなトップハットやレザートリムのカジュアルなインディジョーンズハット、夏用のストローハットにツイードキャップ。どれも思い入れのあるものばかり…。


【参考資料④】
帽子の内張り
帽子をひっくり返してみる…チャコールが英国製でファー(兎の毛)フェルト、茶色が米国製でウール(羊毛)フェルト、下に見えるストローハットは米国製で一番上のツイードのキャップが青山店移転記念に買ったイタリア製。「私たちは世界中から良いものを選んでポールスチュアートのタグを付けて店頭に並べています」…昔そんなキャッチコピーのパンフレットを見かけたことを思い出した。


《シューズ》
(17) エドワードグリーン別注
初めてNYを訪問した1990年、エドワードグリーンのことは既にマスターロイドで経験済みだったがブルックス本店にはピールネームのグリーンが、ポールスチュアートでは写真のようにマンオンザフェンス(ブランドモチーフ)が刻印されたグリーンが並んでいた。因みに当時のラルフローレンはパープルレーベルの展開前でグリーンの靴はまだ扱ってなかった頃だ。


(18) ノーザンプトン製
今も手元にあるポールスチュアート別注靴は3足。左右のチャッカブーツはノーザンプトンの名ファクトリークロケット&ジョーンズのものだ。シューコーナーにはクロケットの他にチーニーなど英国靴が多かったことを覚えている。残念ながら1995年にエドワードグリーンの扱いは終了、ウィリアムグリーン&サン(即ちグレンソン製)にシフトしていった。


(19) Dウィズ
クロケットの通常ラインナップで唯一Dウィズの木型を用いているのがこのチャッカブーツ…ソールを見るとアーチ部分はくびれているがつま先部分は丸みとゆとりがある。オールデン好きならよく知るモディファイドラストのソールに近い感じだ。足を入れるとキュッとした土踏まずや足指を自由に動かせるストレスフリーなつま先が心地よい。


(20) アンラインド
更にこのチャッカブーツの特徴はアンラインド仕様ということ。その名もCHUKKA(チャッカ)と呼ばれるこのモデルはビームスが取り扱ったポールセン&スコーンのチャッカの後継。履き心地はグリーンやジョンロブパリを凌ぐ。いつディスコン(製造中止)になってもいいように緑と茶の2足が手付かずで手元にあるのも理解できると思う。


ブリティッシュアメリカンスタイルの先駆者だったポールスチュアート、その店に出入りしてCEOのクリフォードグロッド氏と盛んに服飾談義をしていたラルフローレンも自身のブランドポロbyラルフローレンを創設、瞬く間に世界的なブランドに成長していった。一方でポールスチュアートは日米の店舗展開にとどまった。いったい両者の違いは何だったのだろう。

思い返せばポールスチュアートのブティックはいつ行っても趣味の良い上質なもので溢れていたが若い世代の入店率は決して高くなかったと思う。だがラルフローレンのブティックはハッとするような色遣いのカジュアルウェアやアメリカンネイティブスタイル、アウトドアなど常に新しいものが入れ替わり店頭に並び、男女問わず若い世代をよく見かけたものだ。

銀座3丁目店のポールスチュアートが閉店したのが2014年、同年8丁目に移転したものの2020年には再び閉店してしまった。残った表参道店も2020年の2月に閉店して11月に青山2丁目にリオープン…足繁く通った銀座店も表参道店も既にないが残る青山店が再び「世界中から最上のものを集める」店に回帰するのか若い世代を巻き込んだ新たなスタイルを提案するのか気になるところだ。

By Jun@ Room Style Store