ウェストン今昔 | Room Style Store

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2023/04/10 09:20



本格紳士靴といえばイギリス製が一番だと答える靴好きは多いだろう。全盛期には200か所も靴工場が点在していたという英国靴の一大産地ノーザンプトン。今では僅か19か所とかっての面影はない。とはいえ「紳士の身嗜みの基本は英国にあり」…靴も例外ではなくノーザンプトンの熟練工から生み出される英国靴は手堅い作りで安定した人気を誇るという。

英国靴派を自認してきたが実は初めての本格紳士靴はフランスのJ.M.ウェストンだった。言葉の壁に苦労しながら買い物を済ませてシャンゼリゼを歩いた時の充足感は今も強く心に残っている。冒頭で接した情報がその後の情報に影響を与える心理効果を「初頭効果」と言うそうだが、英国靴に宗旨替えしたはずなのに近頃ウェストンが気になってしかたない。

そこで今回はノーザンプトンの英国靴軍団に伍して孤軍奮闘するファッション大国フランスの靴メーカー、J.M.ウェストンとの35年にわたる思い出を今昔物語として書き記そうと思う。

《チェックポイントその1 : モカ縫い》
(1) 最初の一足

J.M.ウェストンが欲しいならパリで買うしかなかった時代の初ウェストン。何しろネットのない時代、貴重なファッション雑誌メンクラ(メンズクラブ)に載ったまんまの黒ローファーを買った。どんな服に合うかなんて二の次、入手するのが至上命令のような勢いだった。それにしてもシャンゼリゼ店の店員の態度は慇懃無礼だったなあ。

(2) 端正な顔つき

吉徳のCM「人形は顔が命」に倣えば「ローファーはモカ縫いが命」だろう。ウェストンのローファー(以下180と記す)は50針を超える端正なモカステッチで並み居るローファーを圧倒していた。確かデュプイだったと思うが上質なフレンチカーフと相まって当時からドレス靴のようなオーラを放っていた。

(3) 今も現役(その1)
手持ちの靴の中でリーガルのウィングチップに続き2番目に古いのがこのローファー。右足のライニングが擦り切れてしまい外側から縫い合わせた跡が履き口の外縁(カラー:襟)に見える。肝心のモカ縫いは購入以来一度も修理に出すことなく35年経過してもなおシャープな顔つきのままだ。

(4) キングオブローファー

パリでしか買えなかったウェストンもほどなくシップスが輸入開始。バブル期の日本は「なんでも手に入る」時代に変化していった。シップスの品揃えは充実していたが現地との価格差が大きくやっぱり「ウェストンを買うならパリ」だった。ところがNYにウェストンができたことを知って渡米時に急遽買ったのが写真の180クロコになる。

(5) モカ縫いの変化
1990年製の180はウィズがCからDに変わったこともあってややぼってりとした印象だったがそれより気になったのが「モカステッチ」の変化だった。アッパーは天然クロコダイルだそうだがデリケートな素材だからなのか大ぶりなモカ縫いが気になってしまう。クロコの斑に隠れて見えないがステッチ数は43に減っていた。

(6) 今も現役(その2)
間もなく製造から33年経つウェストンのクロコダイル(現在はアリゲーター)。履き口がワニ革の斑にそって切れやすいのがこの靴のウィークポイント。古い180クロコは履き口のどこかに亀裂が入っているものが多い。尤も最近の靴修理の技術向上は目覚ましく殆どの不具合は綺麗に直すので憂う必要はない。

(7) パリ土産を頼むなら
お次はマロン色の180。1992年シャンゼリゼ(ジョルジョサンク)の本店で購入…とはいっても当時パリに駐在していた家族に「帰国土産用に…」と頼んだものだ。モカステッチを見るとクロコで感じた大雑把なモカステッチはそのまま、しかもクロコと違って斑がないので大ぶりなステッチがよけい目に付く。

(8) モカ縫いは?
果たしてモカ縫いを数えてみたら1990年製のクロコ180と同じ43針。レプタイル素材もカーフ素材もモカ縫いのピッチは変わらないことが判明した。ファクトリーには当然モカステッチの仕様について基準があるはず、ひょっとして90年あたりを境にモカシンの縫い方が変わったのかもしれない。

(9) 今も現役(その3)
ローファーの両巨頭といえばオールデンとウェストン。両者は①履き口のラインとモカ部分が一直線か段差があるか②モカ部分が摘みステッチか拝みステッチか③つま先にスプリット(縫い目)があるかないか…など明確な違いがある。同じチノパンでもオールデンからウェストンに替えるとプレッピーからBCBGへと雰囲気がガラッと変わる。

【参考資料①】
ローファー以外を買う
こちらは1994年、再びシャンゼリゼの本店を訪ねて購入した初の紐靴。前回のブログ「靴底の違い」で紹介したタフなリッジウェイ(ウェストン)ソールのゴルフだ。英国靴好きから見ると何とも野暮ったいデザインだが、本店で買って履いたまま店を出てから旅行中ずっと履き続けたのにびくともしないタフさが頼もしかった。

(10) 時は流れて…
時は流れて2012年。みたび訪問したシャンゼリゼ店はドアマン付きにアップグレードしていた。ワニ革の180は天然クロコから養殖アリゲーターに替わっていたが木型とデザインは相変わらず。店内は明るくモダンに変身して革張りのソファもある。優雅にエスプレッソを飲みながらのフィッティングは初ウェストンの時とは大違いだった。

(11) 大きな変化
1992年製の180マロンから20年の時が流れて180アリゲーターは面構えが更に変化していた。大雑把に見えたステッチはさらにざっくり…ステッチを数えたらなんと37にまで減っている。細かく縫える職人がいなくなった訳ではあるまい…モカ縫いの工程を省力化したのかと思えるほどの変化だった。

(12) アリゲーターへの変更
初代の180天然クロコと比べると180養殖アリゲーターの方は革の斑(スケール)が大きい。NYではウィズを一つ上げてみたが因縁のシャンゼリゼ店で再びDウィズ→Cウィズに変更。こりゃ万力締め復活かな…と思ったが店員によればアリゲーターは馴染んで柔らかくなるのも早いらしい。確かに最近は結構いい感じだ。

(13) 最新版の180
こちらはウェストンの公式サイトから写真を拝借。同じサイズ(7.5)かどうかは分からないので単純に比較できないがモカステッチの運針は36針と1988年に買った時より14も減っている。ステッチが細かいと「モカ部分が綻びやすい」とか…そう考えたものの手持ちの1988年製180が綻び一つないのだから説得力はない。

【参考資料②】
廃番モデル
こちらは廃盤モデルの376フルブローグ。チャーチスのチェットウインドウと良く似た面構えだ。履き口は踵や踝で裂け始めているもののまだまだ現役、捨てずに出番を待っている。残念ながらクラシックなモデルを次々と廃番にしているウェストン。企業にすれば売れないモデルを外すのは常道だがなんだか寂しい…。

【参考資料③】
甲の低い376
英国スタイルのウェストンの376だが甲の低さは特筆もの。購入当初は羽根が数㎝は開いていたと思う。中底が十分沈んだ最近は写真のように程よく閉じている。このフルブローグ、製造番号が手書きの古いタイプで既に読めないが製造は1986年と初ウェストンよりも古い…NYのウェストンでセール時に買ったものだ。

《チェックポイントその2 : 出し縫い》
(14) 1988年製の180
靴職人の菱沼さん曰く「出し縫いは靴の顔」とのこと。1988年製の180をすり減った底から測ってみたら1インチ(2.54㎝)あたり10ステッチ(10SPI)もあった。機械縫いのドレス靴が多く採用するピッチだそうだ。カジュアルなローファーなのにドレス風に見えるのはそんな訳があったのかと納得…。

(15) 1990年〜1992年
1990年製と1992年製の個体を測ってみるとどちらも10SPI(1インチ当たり10ステッチ)を保っている。ただ、コバが1980年代のものより張り出しているようだ。その違いはわずか1㎜だが両端合わせて2㎜になると意外と分かるもの。因みに菱沼さんによると手縫いに比べ機械縫いの方がピッチが一定ではないとのこと。

(16) 2010年製
時代は進んで2010年もの。見ただけで分かる大ぶりな出し縫いのピッチ。1インチ当たり8ステッチ(8SPI)と粗めになっている。ドレス靴から一気にカジュアル靴に仕様も変化していた。2020年代に入ってからの180モカシンは手元にないので分からないが御殿場のアウトレットで見た限りはカジュアル化が進んでいるように思えた。

《チェックポイントその3 : トップリフト》
(17) 1990年もの
写真は1990年製180モカシン。タフなウェストンらしくヒールトップも未交換のまま。半月状のラバーチップと21本の化粧釘が当時の標準仕様だ。ここが減ったら3,000円代で街の靴修理屋に日帰り修理を依頼するか7,700円でウェストン純正修理を1か月預かりで依頼するか…因みに自分なら馴染みの靴修理屋一択だ。

(18)1992年もの
1992年のヒールトップ。化粧釘の数は21本と変わらないが1990年ものでは左13・右8だったのに1992年ものでは左14・右7と左右の数が違うのは手作業ゆえか…。ところで釘の数がほぼ同じなのにクロケット&ジョーンズだと良く滑ってウェストンだと滑らないのはなぜだろう?ラバーチップの違いだろうか…。

(19) 2010年もの
2010年もののヒールトップ。省力化はヒールトップの化粧釘にまで及んでいるようで21本から11本とほぼ半減している。その分大ぶりなラバーチップで「滑りにくくした」とも考えられなくもないがそれほど違いがあるとも思えない。化粧釘を減らす=すっぴんで素っ気ない靴への変化…とみるべきか。

(20) 最新のヒールトップ
こちらは最新のヒールトップを公式サイトから拝借したもの。一見凝ったラバーチップのようにも見えるが化粧釘はさらに減ってなんと8本しか使われていない。しかもハントダービー用と見紛うに無骨な太釘が打たれている。初ウェストンから35年経つと気が付かないところでモカシンはすっかり変わっていた。

【参考資料④】
ブレイク製法のモカシン
こちらはブレイク(マッケイ)製法のルモック。2000年にパリで買った時はサマーモカシンと呼ばれていたが当時は限定発売だったのかそのうちラインナップから消えていた。最近になってルモックという名で復活、今シーズンはヌバックで多色展開されている。180モカシンと似ているが履き心地は至って軽い。

【参考資料⑤】
ルモックを履くならローファーソックスで素足風に。サマーモカシンと名乗っていた頃はレザーソールがすぐに減ってしまい履く気が失せたものだがルモックはソールにラバーが最初から半貼りされているので耐久性は向上している。パッチマドラスのパンツとの相性も中々良いようだ。

(21) ウェストン一推しの名靴
こちらは手縫い既成靴の傑作ハントダービー。自ら手工業の振興とノウハウの継承を目指すウェストンはコンパニオン・デュ・デュボワールと共同で靴職人の養成も行っている。そんなメーカーの姿勢が良く表れた9分仕立の靴だ。これほど凝った靴を定番ラインナップに加え続けるウェストンという靴メーカーの懐の深さよ…。

【参考資料⑥】
唯一無二の靴
ゴルフ同様ずんぐりとした外観は英国靴とは対極にある。以前マドレーヌ広場に出来たウェストンの支店でハントかモカシンか試し履きした挙句スマートなモカシンにしたが今となっては後悔しかない。ツイードのパンツにアーガイルソックスとノルヴェ製法のハントダービーなんて最高の組み合わせじゃないだろうか。

(22) マイコレクション
最近はスニーカーばかりだがたまには革靴を…という時は大抵ウェストン、それも一番古い黒か次に古いクロコと180が出番多し。大体4足も色違いを持つこと自体好みのタイプに違いない。そういえば公式HPではシグネチャーローファーと呼ぶが昔パリの本店で接客した髭面店員は「ローファー」はノン、「モカシン」と言ってたっけ。

この夏はパリのウェストンを再訪しようと計画中だが、日本での評判をネットで調べると「ウェストン以外で修理を依頼を行った場合、純性リペアを受け付けない」ことが特に話題となっているようだ。個人的には純正リペアに拘る必要は全くないと思う。それよりモカ縫いのステッチや出し縫いにヒールトップ、廃番モデルの増加など質の維持が気になる。

実は手持ちのウェストンは結構都内の靴修理屋さんで修理している。それを履いてパリの本店で「この靴は街中の靴屋で修理したものだけどウェストンでは修理を受け付けるのか?」聞いてみたい。もし受けるならウェストンジャパンだけのローカルルールだしもし受けないとしても日本の靴修理屋の腕前ならば純正に負けず劣らず良い仕事で応えるはずだ。

By Jun@Room Style Store