仕立屋ロバートベイリー | Room Style Store

Blog

2023/12/24 13:13


ハンツマン出身のキースファーランとピーターハーヴィーの二人によって設立されたファーラン&ハーヴィー(以下F&Hと記す)はビームスの仲介でその名が広まり、日本に多くの顧客を抱えるようになった。スーツの聖地ロンドンのサビルロウに近いサックビルストリートに工房を構えていたF&Hはサビルロウの名門ほど敷居の高さは感じさせずそれでいて英国仕立ての魅力を味わえる優れたテイラーだった。日本に引いたビームスの先見性も実に大したものだと思う。

順風満帆だったF&Hだが相方キースが亡くなると転機が訪れる。工房を畳んでサビルロウの重鎮デイヴィス&サンの軒を借りたピーターはトランクショウを任せるべく後任のロバートベイリーと共に来日するようになった。ピーターの還暦をロバートと一緒に丸の内で祝ったことは懐かしい思い出だ。そうして始まったロバートとの交流は彼が退職したことで途絶えたかに思えたが、移籍先のハンツマンがアジアトランクショウを開始したことで劇的な再会を果たした。

ところが2020年1月の新型コロナ感染拡大で状況は一変する。人の往来が制限される中ロバートは独立の道を選択、ハンツマンのアジアトランクショウ引き継ぎに活路を見出した。とはいえ厳しい入国制限の中、来日に向けた橋頭堡を確保するために尽力したのは名古屋に住む彼の顧客だった。制限が撤廃され日常が戻った昨年は名古屋の恩人も駆けつけ再会を祝った。ファーラン&ハーヴィーやハンツマン時代の顧客が中心だったが順調な滑り出しに皆で祝杯を上げた。

その際ロバートの薦めでジャケットを誂えることになった。そこで今回は自身の名を冠したロバートベイリービスポークの特集を組んだ。前置きが長くなったが注文から完成までその魅力と実力を紹介してみたい。

※扉写真はトランクショウの生地見本

(1) 生地を選ぶ
久々の英国仕立て、最初はツイードでカントリーなノーフォークジャケットをと思ったがドレッシーなダブルのブレザーで難易度高めの8ボタン3つ掛けに変更。生地は旧リアブラウン&ダンスフォードのP&Bユニバーサルをチョイス。590gの地厚なウーステッドサージは凛とした立ち姿が期待できる。

(2) オーダーシート
詳細を記すオーダーシートに注文日と生地番号を書いたところ。他にも①ライニング②ボタン数③袖ボタン④内ポケットの仕様など次々に決めていく。今はすっかり慣れたが2000年ロンドンのF&Hで初めて英国仕立てを体験した時は「これがビスポークか…」と感動したことを思い出す。

(3) 採寸①
サンプルジャケットを着てメジャーをたすき掛けにした状態での採寸。アームホールの深さを測る一手間のようだ。サビルロウの名店ディージ&スキナーで身に付けた英国流テイラーリングにクラシコイタリア流のハイアームホールを融合させたロバートのフィッティングや如何に…完成が楽しみだ。

(4) 採寸②
床から裾までの長さ(写真の採寸風景)と上襟から裾までの長さを等しくすると「ジャケットの着姿が一番美しく見える」とのこと。その上で最近はヒップが半分見えるくらい短めな着丈が主流のようだ。基本を押さえつつ時代に合う洗練されたスタイルを取り入れるのもテイラーの腕前というわけだ。

(5) 採寸③
一通り採寸が済んだら仮縫い用のジャケットを脱いでシャツの上から肩の肉付きや左右のバランス、前肩の具合を両手でスキャン。結果をオーダーシートのメモ欄に書き込んでいく。ビスポークシューズの職人が足の各部を触りながら出っ張りを木型に反映させていくのと似たようなものだろう。

(6) ボタン選び①
ブレザーのビスポークといえばどんなメタルボタンを選ぶのかが最大の楽しみ。シンプルなものから盾などの紋様入り、ゴルフシーンやテニスラケットなどモチーフものに七宝焼きまで様々。一つ一つ見ていくと時間があっという間に過ぎる。とはいえブレザーの見栄えを左右するだけに妥協は禁物だ。

(7) ボタン選び②
以前、既成ブレザーにロンドンのショップから取り寄せた金ボタンを縫い付けてカスタマイズしたことを思い出した。カタログの中には見覚えのあるボタンが確認できる。一方で流石はビスポークテイラー、見たことがない珍しいものもある。せっかくのビスポークだけに一点ものの金ボタンを付けたくなる…。

(8) ボタン選び③
あれこれ迷ったが(5)の写真でロバートが着ていたブレザーの金ボタンをチョイス。最もシンプルでプレーンなタイプだが表面に景色が映り込んで一つずつ違う表情を見せるのが面白い。それに奥の手とばかりにボタン中央にイニシャル(JK)入れをお願いした。これで真に一点ものの金ボタンの完成だ。

(9) 仮縫い①
写真は5月の仮縫い時の様子。肩の収まりやアームホールの形状に袖ぐりなど念入りにチェックしていく。この段階でもかなり出来上がっているが実際は10月に中縫いを行い更にフィッティングの精度を上げている。ハンツマン時代とほぼ同じ年に3〜4回の来日だからこそ可能なサービスだ。

(10) 仮縫い②
着丈のチェックに余念のないロバート。この段階から今までの上着より「着丈が短い」と感じたが金ボタンが未だ付いていない段階では出来上がりがイメージしにくい。だが心配はご無用だ。純英国調の8ボタンブレザーならばロバートは手慣れたもの、その実力が遺憾なく発揮されるはず。

(11) 仮縫い③
両肩は生地が余っているのが分かる。1月の採寸時からジム通いで体重が減ったので肩の肉付きも落ちたのだろう。身体にフィットしつつ着姿をより良く見せる誂え服だが着手の体形変化には敏感だ。上着のウェストボタンを留める時「あれっ、きついな」と感じたら太っている可能性が大きい。

(14) デリバリー前①
ロバートのインスタグラムより。来日前に完成したブレザーをいち早くポストしていた。早く袖を通してみたいと期待が高まる。ピークドラペルの先端がピンと立っているのは590gの生地ならでは。言われないと気付かないが金ボタンの中央に微かに見えるイニシャルも良い感じだ。

(15) デリバリー前②
肉付きの良いラペル。ラルフローレンのようなストレートカットが好みだがハリのある生地(ラペル)をチェストに沿わせるには曲線の方が良いのだろう。肩先は盛り上がりの少ない控えめな仕上がり。コート用に匹敵する590gの生地だけに胸から上だけ見るとダブルのチェスターコートのようだ。

(16) ファイナルフィット
ウェストのくびれからフレアする裾は砂時計のよう。如何にも英国仕立てらしいラインだ。既成服では望むべくもない仕上がりに感動を覚える。生地もねらいどおり皺のない美しい立ち姿。同じサージのグレートラウザーズならばフォーマルに、デニムならドレスダウンも様になる。

(17) 外観①
ここからは自宅での撮影。シャツはチャールズ新国王お好みのホワイトカラードを用意。所謂クレリックシャツは昼間専用のシャツでフォーマルではない…など諸説あるが皇太子時代に現カミラ夫人との結婚式でモーニングと合わせたことから復権。懐かしのイエロー小紋タイと組み合わせてみた。

(18) 袖口
カフは本切羽で4つ全て開けてある。袖裏末端の処理は「額縁仕上げじゃないの?」と思う人もいるだろう。だがサビルロウのテイラーもフィレンツェのサルトも大抵こんな感じだ。「子や孫へ服が引き継がれる」英国仕立て服は将来の直しに備え、敢えて簡素に仕上げているのかもしれない。

(19) 内ボタン
左前の下側には小さな内ポケットがあるので身頃の内ボタンは中1つ。生地にはチャコペンで引いた線がまだうっすらと残っている。ブラシで擦っても消えないので専用の消しゴムでも買って試してみようか。因みに最近は自然と消えるチャコペンがあるとか。そうなら気楽なのだが…。

(20) タグ
ロバートの名が冠されたタグ。1985年ギーブス&ホークスから始まった彼のキャリアのゴールでもあり新たなスタートを示すものだ。ハンツマンのように見えない場所にタグを縫い付けるのではなくロバートが多くを学んだディージ&スキナーのようによく見える場所に付いている。

(21) ショルダー
元々はアメトラ派、アメリカ人の顧客を抱えるF&Hのピーター流パッドの薄い英国仕立てが好みだが、ロバートはより構築的でがっしりとしたショルダーだ。ロバートに何着かオーダーした友人によれば「ノータイやデニムは難度高め」とのことだが今回のブレザーに関してはノータイでもデニムでもOKそうだ。

(22) 袖を通す
実際に着てみた写真。スーツを着る必要がないので日頃はデニムかチノパンばかり。ダブルカフのクレリックシャツとネクタイ+チーフでドレス寄りにしつつボトムスはデニム+ローファーでカジュアルに。ラルフローレン流折衷スタイルだ。このまま友人の勤務するデパートを表敬訪問した。

今回のダブル前ブレザーでちょうど20着目となる英国仕立て。スーツが中心だがイタリア仕立てやコートも含めれば30着の大所帯になる。既にクローゼットは満杯だ。100着を超すスーツを所有する強者もいるが田舎暮らしでワークウェアが日常ではもはや箪笥の肥やしに近い。そんな現状を知った上でロバートはジャケットを勧めたに違いない。

田舎暮らしに相応しいツイードを注文するのでは…と想像してたロバートもナーバルな8ボタンブレザーと聞いて驚いたようだ。だが彼の経験と実力を発揮して最高のブレザーが完成した。納品後は何度となく羽織って出かけ、久々に服を誂える喜びを味わっている。ダブルの6ボタンなら既製服もあるが8ボタンとなるとまず見かけないのが良い。

思い返せば高校時代初めて買った本格服はキャメルとはいえVANのブレザーだった。最近はロバートと会う時もブレザー姿が多かったので彼も「そういえば…」と思い当たる節があったのかもしれない。因みにファッション誌によれば90年代に流行った紺ブレブームが今季本格的に再来してるとか。実は数年前からじわじわと流行っていたそうだ。

「上質なブレザーを仕立てたい…」という人にはロバートベイリービスポークをぜひ薦めたい。

By Jun@Room Style Store