続森人ケンさんを訪ねる | Room Style Store

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2024/01/27 07:04


菱沼乾さん率いるKhisi The Workの八ヶ岳工房を訪ねたのが昨年の6月。当時建設中だった新工房を夏に完成させるとMTO受注会の準備で多忙な日々を送っていたようだ。それでも年を越さぬまいと「仮縫い靴ができました。」と連絡をくれたのが12月末。完成した新工房の見学も兼ねて年明け1月の訪問を約束した。

既に仮縫いは済んでいたが修正箇所の確認と足の怪我もあって再仮縫いを依頼、それに応えた菱沼さんの気遣いだった。最寄駅の送迎付きなので鉄道と迷ったが荷物が多くて車で出発。まあ平日ならば渋滞もあるまいと余裕で出たのが間違いのもと。まさかの下道渋滞に遭遇、約束の時間に間に合うか冷や汗ものだった。

それでも約束の時間に何とか到着。菱沼さんとの挨拶もそこそこに工房へ向かった。ということで今回は菱沼さんの新工房と再仮縫いの様子を紹介してみたい。

※扉写真はKhisi Bespokeの木型

(1) SAで小休止
高速に乗るまでの渋滞で疲れてしまい談合坂SAのスタバで小休止。前回とメニューを変えて今回はカフェミストにしてみた。外を眺めていると平日なのに観光バスがやって来ては乗客が次々と降りてくる。富士観光に向かうインバウンド客のようだ。最近は混雑しない観光地を探すのも中々難しい。

(2) 待ち合わせ場所
待ち合わせ場所の甲斐大泉駅。車は駅の真横とすぐ下の無料市営駐車場に留められる。菱沼さんを待つ間に待合室の時刻表を見たら上下線とも列車の来ない時間帯らしい。どおりで待合室に誰もいないはずだ。帰り際に覗いた時は列車待ちの客達が談笑していたので鉄道を利用する客は一定数いるのだろう。

(3) ワークショップ到着
建設中だったワークショップの完成姿。デッキや無造作に置かれた木製の車輪がアメリカンな雰囲気を醸し出す。アメリカ生まれのツーバイフォー工法だからだろうか。フィルソンでも着てくれば良かったか…と思った。手縫いワークブーツ工房の看板を併設するのも似合いそうだ。

(4) ハンドクラフト
玄関に掲げられた手作りの看板。パーフォレーションを思わせる丸穴で看板の周囲を囲み、その外側にワイヤーを拠ってエンブレムのように仕上げている。文字は全てレーザーカット、しかも自分で切り抜いたそうだ。工房の建築はもとより小物に至るまでハンドメイドに拘る菱沼さんの矜持を感じる。

(5) 薪ストーブ
室内はレセプションと工作室の二部屋。昨年夏の訪問時に見た外壁からは想像できない室内だ。レンガ積みのコーナーに置かれた薪ストーブの炎を見ていると運転で疲れた心が和んでくる。断熱材の効果もあって室内は薪ストーブだけで十分暖かい。夏の涼しさと相まって理想の工房が完成したようだ。

(6) 工作機器
様々な機械が並ぶ工作室。素人には見分けがつかないがどれも靴作りに欠かせないものらしい。一番奥の回転ブラシが付いたマシンは靴修理屋でよく見かけるものだろうか…。靴職人を目指して腕を磨き、道具を揃えて工房を建てながら商いを軌道に乗せるまでの年月がここに凝縮されている。

(7) ワークスペース
工作室の窓際に置かれたワークスペース。こちらは菱沼さんの席だ。低く思えるが掬い縫いするには丁度いい高さなのだろう。隣にはMTOを担当する同僚のワークスペースもある。日差しの低い冬らしく作業台に陽光が差し込んでくる。春から秋は窓を開ければ鳥や虫の声が聞こえてきそうだ。

(8) 愛犬
昨年6月の訪問時には居なかった白い犬が工作室の奥からお出迎え。子犬から飼ってもうこんなに立派になったそうだ。番犬ですか?と聞いたら「癒し」と「作業ばかりだと体が鈍るので散歩のお供に」とのこと。自分も信州の田舎暮らしで「犬がいたら」と思うだけにその気持ちが良く分かる。

(9) MTO製作
MTO担当の職人さん。分業体制ができているので菱沼さんはビスポークに集中しているそうだ。(7)で紹介した菱沼さんの机とは様子が違っているのが面白い。それぞれ職人の個性が出ているのだろう。因みに昨年開催したMTO受注会は好評だったようでかなりの注文が入ったとのこと。

(10) 工具類
靴作りに欠かせない工具類。アンティークの壁掛けに整然と並んでいる様子は如何にも手縫い靴工房といった感じで写真映えもいい。昔パリのコルテを訪問した時のことを思い出した。菱沼さんと同じようにコルテもまたピエールとクリストフの兄弟2人で工房を切り盛りしていた当時が懐かしい。

(11) 糸
アッパーの縫製や出し縫いに使う糸が並ぶラック。下に見える生成りの太い糸は出し縫い用のものだとか。糸を撚れば太さを変えることもできるそうだ。特に今回は掬い縫いや出し縫いが全て見えるノルヴェジェーゼ製法をお願いしているだけに糸の太さはデザイン上のポイントになる。

(12) ビスポーク靴
こちらは製作途中のビスポーク靴。MTOと違い「内羽根でベヴェルドウェストの靴を注文される割合が多い。」とのこと。靴を誂えるなら最初は「アーチ部分がキュッとえぐれたドレスタイプ」が欲しくなるのは自分もそうだっただけにあるあるな事例だ。どちらも素敵な仕上がりに違いない。

(13) ランチタイム
菱沼さんと同僚の職人さんと3人でランチ。評判の店で開店と同時に焼き立てパンを購入、すぐさま高速に乗った。メインは東日本揚げカレーパン部門連続金賞受賞の「ゴロッと牛肉カレーパン」。それにドーナツなど甘辛織り交ぜて持参。淹れたてのコーヒーと共に3人で靴談義に花を咲かせた。

(14) MTO木型とイノシシ革
こちらがMTOの木型と仕掛かり中の靴。かなり攻めた木型のようで裏を見るとアーチ部分の造形は人の足にかなり近い。MTOでも足に合わせて木型の微調整を行ってくれるようで客にとっては嬉しい一手間だろう。右の靴は今回オーダーが多かった「野生の猪革」を使ったエプロンダービー。

(15) 熊革
こちらは最近あちこちで出没する「熊」の革を用いたエプロンダービー。菱沼さんは外羽根靴を作るのが実に上手い。内羽根で美しい靴を作る靴職人さんは数多くいるが個性的な革を使い時にはノルベ製法も駆使して格好いい外羽根靴を作る職人はそうはいない。菱沼さんの存在はとても貴重だと思う。

(16) MTOで人気のデザイン
中央はMTOサンプルのUチップ。受注会でも一番人気のデザインだという。来訪客も菱沼さんの外羽根靴に魅力を感じたのだろう。因みに素材は新喜皮革のコードバン、アップチャージは1.5万円程度とのこと。ポリッシュしたコードバンの外羽根靴は左のジョンロブロンドンに負けてない。

(17) ホーウィンコードバン
こちらはホーウィンのコードバンを纏ったシンプルなプレーントウ。MTOのサンプルだが流石にホーウィンの革でオーダーすると今の円安もあってかアップチャージは4万4千円と新喜皮革よりぐんと上がる。それでもオールデン990を凌ぐ格好良さは思わず注文したくなるオーラを放っている。

(18) 革のチョイス
MTOのサンプルを並べてみた図。左端が「野生の猪革」で隣と右端がコードバン。手前の2足は左が「フランスのシボ革」で右が「野生の熊革」になる。机の上にずらりと並んだ靴はどれも外羽根。ダービースタイルが菱沼さんのハウススタイルの柱の一つになりつつあるのが良く分かる写真だ。

(19) 2回目のフィッティング
いよいよ2回目の仮縫い。靴を履いた途端に前回との違いを実感する。サビルロウの重鎮ハンツマンでは仮縫い2回が当たり前、納品時に体型が変化していると修正が入り次のトランクショウまで先延ばしになることもある。足の肉付きも変化することを考えれば靴の仮縫いが1回で済むとも限らない。

(20) 仮縫い靴のカット
触診後はカットして内部を確認していく。履き口の外側を深く抉ることとU字モカ部の畝幅は細めに…とお願いした。肝心の底付けは菱沼さんの力量を駆使してノルウィージャン製法をさらに深化させたものになる予定。アップチャージは不可避だが読者には完成を心待ちにしていて欲しい。

(21) 本場用の革
こちらが最初のオーダー時に確保してもらっていた野生の猪革。国産の革なので素材の調達は思ったよりも安定的らしい。ワインハイマーやデュプイといった欧州の一流革で作られた靴も素敵だが国内で鞣された革を日本の職人が仕上げる靴こそ真の「メイドインジャパン」…完成が楽しみだ。

(22) 調度品
年代物の家具が並ぶレセプション。床板は敢えてエイジング加工が施されていて家具と見事にマッチ。昔は高価だった英国アンティーク家具も最近は手頃な値段で出回っている。中にはヤフオクでお値打ち価格の英国家具を購入、わずか8,000円の送料で工房まで配送してくれたものもあったとか。

(23) ビスポークベルト
MTOの靴を展開するだけでなくビスポークベルトも始めるなど新機軸を打ち出すKhish The Work。絶えずアンテナを高く張る菱沼さんらしい。バックルが5〜6種類、ベルトのコバ部分はマシン縫いだがエルメスのようにリバーシブル仕様や手縫い仕上げのオプション付きなど大きな可能性を秘めている。

(24) 入口の装飾
入り口の窓から外を望む。ドアの上には靴のパーツを並べたパネルやアンティークのフォトフレームが趣味よく並んでいる。海外から遠路はるばる新工房を訪れ靴を注文していったお客さんもいました…と話す菱沼さん。これだけ雰囲気のあるアトリエならばゆったりとした気分で注文されたに違いない。

(25) ツリー製作用工房
前回紹介した小さな工房。今はシューツリー専用とのこと。若くして独立し、静かな環境の中で靴作りに没頭できる日々が羨ましく思える。大学で学んだ建築学も靴作りも「ものづくり」の本質は同じ。糸を撚うように身の回りの様々な物事を束ねて形にする菱沼さんの行動力は大したものだ。

(26) 小海線の通過
外を散策中、工房近くの踏切がなって小淵沢行きの列車が通過していった。2両編成のキハ110系は釜石線で乗って以来久々の再会…もっと昔に遡ればポニーの相性で親しまれていたC56蒸気機関車の時代も記憶にある。靴好きにして鉄道好きでもある自分にとって菱沼さんの工房は心躍る場所だ。

(27) 再訪を期す
今回の目的である仮縫いを終えて工房を後にお暇する時間となった。この後は本番の革を使って真の注文靴作りが始まる。納期を尋ねたら「5月頃には完成させたい」とのこと…心踊るが手作業の多い複雑な底付けになるので焦ることなく「納得のいく靴」に仕上げてくれることを望んでいる。

日本ではこの20年で注文靴職人が随分と増えた。当時若き靴職人として嘱望された人達も今や立派なマエストロだ。新世代の作り手はそうした先達の労作を基に端正で美しい靴を次々と生み出している。SNSによる発信もあり、互いに切磋琢磨し合うことで日本の靴作りのレベルは格段に上昇したと感じる。

一方注文する側としては数ある工房の中からどこを選ぶのか大いに迷う。どこも飛び切りのサンプルを用意してるからだ。「どれも良い」から「これが良い」になる為には注文主によって異なる要望に応えうる技量や感性はもとより一目見て「これ」と呼べる個性を盛り込めるかどうかも鍵となってこよう。

菱沼さんの靴が完成した時は真っ先にブログで紹介したい。その時Khisi The Workの「これが良い」の「これ」が明らかになるはずだ。

By Jun@Room Style Store