エドワードグリーン物語 | Room Style Store

Blog

2024/03/03 13:48


「靴だけは外国製に限る…それも英国製というのがファッション界の世界的傾向といえる」と刺激的なキャッチコピーであまたの靴好きを生んだ1989年11月1日発行の雑誌ブルータス。怒涛の英国靴特集は読みどころ満載だったが特にエドワードグリーンの社長フルスティック氏の「ポルシェのような靴を目指している」というくだりが印象に残る。

英国靴なのにドイツ車?…とも思ったが「ポルシェのようにひと目で分かる姿を保ちつつ常に改良し続ける」靴づくりを思い描いていたようだ。そんな社長の一推しはドーバー、ならばと靴オタクよろしくビームスかロイドフットウェアで手に入るとの確信を得て渋谷から青山界隈を行脚。一番安く手に入るロイドで念願のドーバーをゲットした。

あれから幾年月、最近は店を訪れる機会も買う機会もなく当時の記憶も曖昧になりつつある。そこで今回は過去から現在に至るグリーンの思い出とそれにまつわる靴をアーカイブとして残そうと思う。

※扉写真は歴代のカタログ

(1) 初グリーン
初エドワードグリーン(以下グリーン)のロイドフットウェア(以下ロイド)Uチップ。当時のロイド製白黒カタログにも載っている。靴の内張りを見るとラストは#32、最もドーバーに合う木型を採用しているのは流石だ。革もロイドとポールセンスコーン専用のヒュームドオークタンだったが ロイドの価格は48,000円と抜きん出ていた。
ドーバー①

【旧工場時代】
〜1991年英国初訪問〜
(2) オリバーSt
旧グリーンの工場。残念ながら当時の写真はネガなので1999年の画像を掲載。JL&Coの社名やJohn Lobbの名が見える壁面から分かるとおり買収後の姿だ。あのエルメスが惚れ込むほどこの工場の実力は高かった。工員と工場を丸ごと買収され、エルメスと袂を分かつ事になった新生グリーンがその後苦労したことは想像に難くない。

(3) ハロッズで買う
雑誌ブルータスの発売から2年後の1991年、初めて英国を訪問した。グリーンの直営店がどこか分からずまずはハロッズの靴売り場で見つけたのが写真の靴。オリジナルの初グリーンはセミブローグのカドガンだった。同じ靴でも店毎に値段が違うことを後で知ったが流石はハロッズ、260£とどこよりも高い店で買ったようだ。

(4) ハービーハドソンで買う
1991年の訪問時はチェルトナム駐在中の親が一時帰国する代わりにフラットに滞在。二日に一度はコーチ(バス)でロンドンに出かけていた。ジャーミンStを歩いているとシャツ屋の「ハービーハドソン」ディスプレイにグリーンを発見。価格も185£とハロッズより75£も安い。グリーンなら万事OKとばかりにシャツに目もくれず靴を即買いした。


(5) カタログから(モンペリエ)
こちらが直営店で貰ったカタログ。ハービーハドソンで買ったローファーが載っている。名前はモンペリエ、ビンテージアンティークスに分類されていたようだ。右隣のバッキンガムも今見ると中々格好良いが英国製のローファーはパンツよりもトラウザーズに合う上品さがある。ビスポーク靴が増えてくると最後は手放すことになった。

(6) ワイルドスミスで買う
こちらは素材が特別なダブルモンク。ジャーミンStから横に延びるプリンセスアーケード内の靴屋ワイルドスミスで買ったもの。サンプルらしく値段も90£と破格だった。毛足の長いスタグスエードは唯一無二、皮革市場から姿を消して久しい。ビスポークでさえジョージクレバリーでオーダーした時に最後の1足分だった。

(7) スタグスエードの表情
グリーンではスタグカントリーの名で分類されていたようだ。スタグスエードはタバコとココの2種類があったが日本で見かけたのは断然タバコの方が多かった。それにしてもライフルとケースを小物代わりに撮影したカタログ写真のクオリティの高さよ…キルトの付いたドーバーも殊の外格好良く見える。

(8) LORDで買う
こちらはバーリントンアーケード内のLordという店で買ったチェルシー。最初にハロッズで買ったカドガンよりグッとお安い220£だったが同じEウィズなのにキツく感じる。幅が狭いのか店員が何やら電話している。程なくして同じアーケード内からFウィズの靴を持ってきたのがグリーン直営店の名販売員レイモンドフォックス氏だった。


結局1991年の初英国旅行ではグリーンを友人の分含めて5足、他にチャーチスやクロケットなど10足以上買って帰国した。大きなショルダーに靴を入れてVAT申請に並んだが、職員はフォームを見ながら高額品だと分かると「この靴はどれだ」と提示を求めてくる。全てスタンプを押して貰い封筒毎ポストに投函して一息ついたことをふと思い出した。

〜1992年英国再訪問〜
(9) フォスター&サンで買う
初の英国旅行でさんざん靴を買ったのに翌年の冬、再び英国を訪問。しかもロンドン滞在のみと正に買い物旅行だった。紳士用品が何でも揃うジャーミンStで目星をつけていたフォスター&サンを訪問。フォスターラストと呼ばれる#88のジョッパーブーツを買った。値段は飛び切りの360£だったが満足感もとびきりだった。

(10) グリーン直営店で買う①
意外にもグリーン直営店での購入はこれが初めてだった。当時外羽根のプレーントウでグレインレザーと言えばグレンリヴェットが既にあったがこちらはウィンダミアという名前。145£とセール価格で購入。前半分のライニングが布張りということで価格も抑え目だったのだろう。既に中敷きロゴがMADE BYの入るブロック体から筆記体に代わっていた。

(11) グリーン直営店で買う②
グリーン直営店で買ったもう一足がクロコダイルのモンペリエ。玉斑と呼ばれるスケールの丸い部分を用いている。ウェストンのローファーが左右差をなくすよう手間をかけているのに対してエプロン部分の左右差が違うのが大らかではある。価格は失念したがあまり履かないまま人手に渡った。履き口をカーフで補強したのは理に適っていた。

(12) カタログから(クロコ靴)
再び1991年のカタログから。クロコ靴はモンペリエとタッセルのベルグレィヴィア、写ってないが隣にはチェルシークロコも載っている。色目はブラウンとブラックそれにラストの3色。バーリントンの直営店ではクリスマスが終わってセール価格になっていたと思う。当時は今と違ってレプタイルの靴を見かけることは殆どなかった。

【日本国内で旧グリーンを買う】
(13) ポールセン&スコーン
2度の英国旅行から戻ってもグリーンへの情熱は冷めやらず。日本では青山のオールドイングランドや銀座ヨシノヤにユナイテッドアローズなど取扱店が増えてきたがビームスのポールセンスコーンとロイドのマスターロイドのチェックは欠かさなかった。ある時ポールセンスコーンの#33ラスト黒ドーバーのセールに遭遇、68,000円で手に入れた。
ドーバー②

(14) ニュー&リングウッド
こちらもセール価格の68,000円で購入したグリーンのチューダー。中敷はポールセンスコーンだがソールの刻印はNL即ちニュー&リングウッドなのが面白い。この頃から「エドワードグリーンがエルメスの靴を作る」という噂が広まり始めていた。実際は逆で工場を買収したエルメスの下でグリーンの靴が作られていたようだ。

(15) ロイドで再び買う
フォーマルな靴が必要になりロイドの銀座店で購入したマスターロイドのチェルシー。表記はEウィズだが(6)で紹介したFウィズのチェルシーとほぼ同じ。日本用にFウィズをEウィズに置き換えたのかと思ってしまった。この頃から「製造元のグリーンが注文を受けなくなり始めた」と当時店長の井上さんも嘆いていたのを思い出す。

(16) ロイドの旧グリーン①
当時のロイド謹製カタログ。何やらジョンロブロンドンの古式豊かな葉書状のカタログみたいだ。上はサドルで下がフルブローグのマルヴァーン。どちらにもコンビバージョンが用意されているのが如何にもロイドらしい。しかも白い部分はカーフ素材ではなくスェードやバックスキンといった起毛素材というこだわりが良い。

(17) ロイドの旧グリーン②
こちらはグリーンでいえばドーバーとアンラインドローファーのハーロウ。珍しいドーバーのコンビバージョンは両脇のV字切り返しが格好良い。残念ながら実物を見たことがないのでもし実際に買った人がいたらぜひ見せてほしいものだ。それにしてもロイドはなんとコンビ靴が好きなことか…。

(18) NYから取り寄せ
ポールスチュアート1994年秋冬カタログを見て個性派グリーンをNYから取り寄せた。バルキーな木型は初お目見えの#404、名前はハリファックスだった。ドーバーと同じエプロンフロントに惹かれて注文したが関税額のなんと高かったことよ。当時既にグリーンの工場はエルメスに移りダイナイトソールの採用などテイストが変わり始めたのを実感した。

(19) NYで旧グリーンを買う
1995年の正月は初めて海外、それもNYで迎えた。売り出し初日の3日はJ.M.ウェストンのセールに続いてポールスチュアートを訪問。思ったとおり旧工場製のグリーンが全てセールになっていた。アンラインドのハーロウにマイサイズ発見、結局この1足しか買えなかったが貴重なポールスチュアートのロゴ入り靴として今も玄関で出番を待っている。

(20) トレーディングポストで買う
1995年春、海外駐在を前に渋谷で買い物。今も宮下パーク近くに店を構えるトレーディングポスト渋谷店で旧グリーンのサンドリンガムを購入した。自分のワードローブに必要か深く考えず、グリーンならウェルカム状態で手に入れたものだ。程なくビスポークに傾倒し始めて黒靴が充実すると人手に渡っていった。

(21) 幻のピールと出会う
グリーンがエルメスの靴を作るという噂が一気に広まった1994年暮れ…ポールセンスコーンもグリーンも在庫一掃セールに突入、ブルックスブラザーズ青山本店までもアランフラッサー推奨のピールbyグリーンがプライスオフになっていた。マイサイズは売り切れだったが縁あって後日手元にやってきた。これが最後の旧工場製、当時の姿のまま未使用を保っている。

(22) 検査員のサイン入り
後のパープルレーベルがトップドロウアーの中でも別格だったのと同様グリーン製のピールは出来栄えが違っていた。箱の中に入っていた品質検査のギャランティカード。担当者のC.Tipping直筆サインが泣かせる。ピールとブルックスの名前が入る上にグリーンのギャランティ付き…まるで靴界のトリプルクラウンみたいだ。

グリーンにまつわる四方山話を忘備録としてまとめてみたものの、やってみるとかなりのボリュームになることが判明。とてもではないが一回では収まりそうもない。今回紹介した靴は15足だったが、更に15足以上がエントリーを待っている。ちょうど旧工場製の靴を紹介したところできりよく終了、後編は新工場移転期の苦難を乗り越え最高峰に返り咲くまでをまとめてみたい。

グリーンを語る上でビームスとロイドの役割は欠かせないが実はユナイテッドアローズの存在も大きい。厳選されたものだけを扱う十貨店を標榜して渋谷に初オープンした1990年。店頭に立つ栗野宏文さんはグリーンが英国靴の中で如何に秀でているか熱く語ってくれた。プロの目から見てもグリーンは別格だったようだ。その言葉が翌年の英国行きをどれだけ後押ししたことか。

By Jun@Room Style Store