森人ケンさんの靴作り | Room Style Store

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2024/03/18 15:41


最近は靴をオーダーする機会もぐっと減ってきた。良いな欲しいなと思う靴はあらかた揃ったし環境が変わったせいか革靴を履く場面が激減したこともある。一時期はアーティスティックなデザインを職人と一緒に形にした靴も今では埃を被りがちだ。何より既成靴の良さに改めて気付いたことが大きい。

「誂え靴を履くと既成靴に戻れないのでは?」と聞かれるがとんでもない。万人に合わせるノウハウやデータの蓄積は既成靴メーカーならでは。逆に「誂え靴はもう上がりか」と思ったことさえある。そんな時出会ったのが森人ケンさんの靴だった。実物を見て直ぐ注文、ここでようやく木型が完成した。

詳しくは過去記事続森人ケンさんを訪ねるを参照して欲しいが木型完成後のケンさんは急ピッチで靴製作を進めているようだ。そこで今回は完成間近の1足目を紹介しようと思う。 

※写真は手持ちの靴とケンさんのサンプル

(1) モックトウ部分UA栗野さんの話に感化されてつま先に縦のスキンステッチが入るエドワードグリーンの「ドーバー」が一番のお気に入り、お陰でよく似た靴ばかり注文した。ローファーやブーツも入れればなんと8足もある。流石に今回はつま先にスキンステッチを入れなかったが代わりにチェーンステッチを入れて貰った。

(2) ヒールシーム
つま先のスキンステッチを断念した代わりにJ.M.ウェストンのハントダービー(以下ハント)同様ヒールのシームを靴の内側にずらし、スキンステッチで縫い合わせている。靴に限らずスーツやシャツなど手縫いステッチフェチだけに写真のように縫い目が殆ど分からないスキンステッチを見ると萌える。

(3) アッパー完成(近影)
モカステッチが完成した様子。U字部分を大きくするか小さくするかでケンさんと話し合ったが今回の靴のベースがウェストンのハントだったので小さ目をリクエスト。外側も内側もチェーンステッチで仕上げるのはロンドンの独立系靴職人ニコラステンプルマンの十八番だが外側だけでも存在感は中々のものだ。

(4) アッパー完成(全景)
ペッカリーとイノシシはよく似ているが足先の形状が違うらしい。革の表面を見るとペッカリーは…状の3連毛穴が整然と並ぶのに対して野生のイノシシ革は不規則な感じだ。柔らかさに勝るペッカリーは手袋に使われる一方、頑丈でしなやかな野生のイノシシ革は靴や鞄、革小物に使われている。

(5) アッパーを縫い合わせる糸
ここからいよいよ次のステップ。アッパーを木型に吊り込んで中底と縫い合わせる工程だ。2連3連と並ぶステッチで一番最初且つ一番上に来るだけに整然とした運針が肝だ。チェーンステッチで見栄え良くすることもできるが敢えてのシングルステッチ…この太い糸で縫い込んでいくのかと思うとステッチフェチとしては堪らない。

(6) 中底と縫い合わせる
中底の一番外側に興したリブとアッパーを太い糸で力強く縫い合わせていく場面。360°ぐるりと靴の周りを縫い込んでいくだけにステッチの幅は均一、しかも縫い終わりの部分だけステッチ幅が狭くなったり広くなったりしないよう丁度良い塩梅で縫っていく必要がある。ケンさんの腕の見せ所でもある。

(7) 一列目のステッチ①
一列目のステッチが縫い終わったところ。ハンドウェルテッド製法なら本来見えないはずの掬い縫いがこうして外側に出てくるのがノルベ靴の特徴、U-Tip部分のモカ縫いと絶妙にマッチしている。夏はちと厳しいが春や秋はデニムにチノパン、軍パンまでなんでもござれ、真冬はツイードと相性良しの1足になるはず。

(8) 一列目のステッチ②
一列目のステッチが完成した様子。ロブパリやコルテなどフレンチボッティエのアトリエのサンプルを見ると流麗な靴に混じって朴訥なハンティングシューズが大抵飾ってある。そんな雰囲気をうまく出せたようだ。今までビスポークといえば英国調がベースだったが今回は初めてフランス風を意識している。

【参考資料①】
〜コルテのサンプル〜
こちらはアーティスティックな靴を次々と生み出し、ベルルッティと並んでビスポークシューズの新境地を切り開いたピエールコルテのアトリエにあったハンティングシューズ。彼らにとっては流れるようなフォルムの靴だけじゃなくこうした伝統的な靴も作れますよという技術力のアピールなのかもしれない。

(9) 中底側から見てみる
中底にアッパーを縫い込んだところ。中底を削って興したリブが一番外側に来ているのが良くわかる。その外側にはアッパーの端がヒラヒラしているのが分かるだろうか。ここから中底とリブの間に詰め物(コルクではなく革だと言っていたと思う)を敷き詰めて平らにすると同時にシャンクを入れて一番底を縫い合わせていくことになる。

(10) 第一ソールを縫い付ける
一番底に沿うよう折り返したアッパーとソールを縫い合わせたところ。2列目のステッチは一列目より細くピッチも細かくしている。肝心の一番底だが写真からはかなり薄いことが見て取れる。厚過ぎて返りが悪くならないようリクエストしていたので薄く漉いたソールを縫い付けたのかもしれない。

(11) 二列目のステッチ完成
トリプルステッチノルベジアンが具体的な形になってきたところ。1列目のステッチとより細かな2列目のステッチが靴の周りを取り囲んでいる様子は手縫いならでは。ステッチが靴全体を引き締めている。この後更にステッチが2連並ぶのだから仕上がりはクレバリーやフォスター、ジョンロブを凌ぐ一足に違いない。

(12) トリプルソール①
さてここでは既にニ番底(ミッドソール)を縫い合わせた様子が写っている。より細かな3列目のステッチが靴の周りを取り囲んでいるのが分かるだろう。ここまでがトリプルステッチのノルベ靴、ケンさんのサンプルにもあるものだ。そこから更に三番底(アウトソール)を縫い込むことになる。

(13) トリプルソール②
3連ステッチは糸の太さも間隔も変えている。既に相当な迫力だがここから本底(アウトソール)へ出し縫いをかけることになる。トリプルステッチの上をいくクワッドステッチという訳だ。ウェストンのアイコンといえるハントとトリプルソールを合体させた外観はウェストン好きには堪らない。

(14) トリプルステッチ完了
両足ともにトリプルステッチまで終了した様子。窓の外は冬の景色が広がる八ヶ岳の工房で黙々とハンドステッチをこなしていくケンさんの姿が目に浮かぶようだ。今の日本はケンさんを始め腕の立つ若手靴職人が大勢いる。どこも魅力的だが最後はどの靴職人を選ぶのか…実に悩ましい。

(15) 4列めのステッチ①
本底の出し抜いを終えた図。「この後、色を付けてロウで光沢を出します…」とのこと。一気に靴が完成に近づいてきたのが良く分かる。最後の一列だけは目立たないようにするあたりケンさんのセンスを強く感じる。見た目はトリプルソール、でも本当はクワッドという控えめな主張が良い。

(16) 4列めのステッチ②
ウェストンのトリプルソールウイングチップを昔持っていたがその迫力はそのままソールの底材はもっと柔らかいものを使うので返りはそれほど悪くならないのでは…と考えている。早く足入れしてみたい反面アッパーをポリッシュするか否か迷うところだ。このままでも良いし陰影をつけるのもありか。

(17) 4列めのステッチ③
手間暇のかかったトリプルステッチノルベ靴もほぼ完成のようだ。これからツリーの製作があるのだろう、まだ納品の案内は届いていない。文字どおりワイルドなイノシシ革を丹念に縫い上げた外羽根靴は他のシューメーカーとは一線を画す仕上がり。それにしてもケンさんの外羽根靴は格好良い…。

(18) 4列めのステッチ④
こちらは完成した靴の外側。これを履いてパリのウェストンを訪れてみたい。きっと靴好きの店員が「それはどこの靴だ?」なんて話しかけるに違いない。そういえば昔新宿のバーニーズが伊勢丹によって運営されていた時代は靴好きのバイヤーがいてコアな話をしたものだ。あの時代が懐かしい。

(19) 受注会での展示①
写真はインスタクラムで相互フォローしている靴好きの方のポストから写真を拝借。しっかりマイシューズを上げてくれたので大阪まで行かずとも雰囲気を味わえた。隣はやはりビスポークカスタマー、なんと彼も黒のワイルドボアに4アイレットの外羽根靴をトリプルステッチでオーダーしていた。

(20) 受注会での展示②
こちらも相互フォロー中の方のポストを拝借。隣の黒イノシシのU-Tipも中々の出来栄え。モードにもラギットにも相性良し。そういえば昔トランクショウで他の人の注文靴を見て「これと同じでここを変えて…」と注文したこともあった。丸々パクるのは気が引けるのでどこかしら必ず変えたものだ。

さて、ここまで来ると後は納品を待つのみ。久々に早く履いてみたい気持ちに駆られる。今回靴を作るに当たってケンさんとは展覧会、採寸、仮縫い2回と合計4回も打ち合わせる機会があった。以前も書いたがケンさんはこちらがリクエストすると「あゝあれですね」とすぐに理解してくれるのが嬉しい。

靴に興味が湧いて以来数多の既成靴を買って履いたというケンさん。その中で養われたのだろうケンさんの作る靴はどれも格好良い。サンプルならまだしも顧客の足に合わせたビスポーク靴はシビアだ。足に合わせると見た目は今ひとつ、格好良く仕上げると履き心地に難ありなのに抜群の匙加減なのだ。

By Jun@ Room Style Store