2025年履きたい靴(誂え編) | Room Style Store

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2025/04/08 09:36



靴好きが高じて100足を越えるようになった頃「これ以上増えないよう」誂え靴も既成靴も60足まで、合計120足を越えたら「靴は注文しないし買わない」と宣言したことがある。一時は靴への興味も薄れたかに思えたが2020年に世界を覆ったコロナ禍により窮地になった靴屋やショップを応援すべくオーダーするうちじりじりとデッドラインを越えていた。

既に一生かかっても履ききれないほどの靴がクローゼットに並んでいる。必要な分だけ靴を揃え上手に履き回す紳士に憧れるが今さら後戻りもできない。幸い家族からは「趣味だから…」とあきらめにも似た理解を得てはいるものの年間を通じて一回も履かない靴さえ出て来る始末。「靴は履いてこそなんぼ」という知人のアドバイスが頭の中で繰り返される。

そこで閃いたのが「年間を通じて重点的に履く靴を決めるのは?」というアイデアだった。ということで今回は2025年履きたい靴と銘打って10足の靴を選抜、その動機やスペックを紹介しようと思う。

※扉写真は今年履きたい10足の誂え靴

〜倫敦の名店比べ〜
まずは最も好きなエプロンダービーをチョイス。好きな靴なら履く機会も多いはずという単純な動機から選んだのが一つ。あとは写真の4足がロンドンの三大老舗注文靴屋ジョンロブ、フォスター&サン、ジョージクレバリーとの20年以上のやりとりの中で唯一同じデザインの靴を注文している点。

(1) ジョージクレバリー
1999年、注文時のやり取りはジョンカネーラだったがエプロンダービーは「ソールが厚くなるからベヴェルドウェストにはならないよ」と念を押されたことを思い出す。一方納品時はジョージグラスゴー(父親)が担当。外羽根の黒靴は「よく歩く人のための仕事靴」と言ってたのが印象に残る。

(2) 靴のスペック①
黒靴というとビジネスの側面が強いがシボ革でエプロンダービー、しかも厚みのあるシングルソールに角ばったウェストはデニムやチノパンとの相性も良し…要するに仕事靴っぽくないのだ。トムブラウンが踵にトリコロールの持ち出しを付けた黒シボ革のウィングチップをオールデンに作らせてから一気に市民権を得た。

(3) フォスター&サン
エプロンダービー2足目はフォスター&サン。最初の採寸こそ名木型職人テリームーアが採寸したがその後は仮縫いも納品も若手が担当、やがて日本人女性の松田笑子さんが窓口となった。アウトワーカーへの差配やクオリティコントロールは実に見事なもので女性ならではのきめ細やかさがあった。

(4) 靴のスペック②
アッパーはアフリカの大地で躍動するインパラを鞣したもの。バックスキンが柔らかいという声もあるがインパラには遥かに及ばない。因みに高さで2㍍、幅9㍍もジャンプする跳躍力だとか…それだけしなやかなのだろう。要するに手持ちのビスポーク靴の中で最も柔らかく最高の履き心地ということだ。

(5) フォスター&サン(その2)
松田さんがいる安心感からかフォスター&サンではエプロンダービーを2回も注文している。写真の靴は初回(インパラ素材)から数年後に注文したもの。通常のハンドソーンではなくノルベ(ジェーゼ)を指定している。派手なチェーンステッチはないが職人の技が光るシングルステッチが見どころの一つ。

(6) 靴のスペック③
フォスター&サンに在籍していた松田さんは自身も靴の制作に当たっていたが写真の靴だけでなく注文した全て(12足)の靴は英国屈指のボトムメーカー(底付師)やクローザー(製革師)に回していたとのこと。このエプロンダービーもU字部分がエドワードグリーンのドーバーとは異なる仕上げになっている。

(7) ジョンロブ
ジョージクレバリーで馴染みだったティームレッパネンがクレバリーにおける記念すべき30足目が納品される少し前にジョンロブに移籍したのをきっかけにジョンロブにオーダーしたのが4足目となるエプロンダービー。初ジョンロブ訪問(といっても店の中を覗いただけ)から25年越しのオーダーだった。

(8) 靴のスペック④
アルディラ色のエプロン&シューカラー(履き口)にクシュベル(デュプイ)のコンビネーション。底付はフォスター時代からすべての靴を請け負っていたジム・マコーマックが担当。ジョンロブのティームに無理を言ってジムを指定した。ロブパリの既成靴バロスをヒントにそれを越える1足がここにある。

〜内羽根VS外羽根〜
今年はスーツやブレザーなどネクタイを締めて出かける機会をなるべく増やそうと靴も意図的に内羽根や外羽根を選んでみた。左下から時計回りに日本・ルーマニア・フランス・イタリアの靴達。ソフトスクェアなつま先は当時の好みが反映されたもの。暫く前からつま先はラウンド派に転向している。

(9) ジョンロブパリ
ジョンロブパリの3足目となるBARAL。パリエルメス本店内のジョンロブでオーダーしたことを思い出す。当時はエルメス本店で受け取りついでに似た色の革でサックアデペッシュの外ポケット付きスペシャルオーダーなんて壮大な計画を立てていたが納品場所は閑静な場所にあるフランソワスプルミエ店というオチだった。

(10) 靴のスペック⑤
以前も書いたがフォスター&サンの松田さんがこの靴を見て「やはりジョンロブ(パリ)ですね…細かな部分への手の掛け方が違います。」と感心していたことを思い出す。ソフトチゼルと呼ばれるつま先はエッジがないのが特徴。インスタグラムで見かけるエッジの立ったつま先が単純に見えてしまう。

(11) ボノーラギリー
こちらはボノーラがフィレンツェに店を構えていた頃にオーダーしたもの。スエード素材で注文したはいいがローマに戻って気が変わってニューイヤーイブにも関わらず電話で「コードバンに替えて」と依頼。「革の産地は?」と聞くと担当ダニエレが「シカゴだ…」と答えたのでホーウィンと判明。マローネ(茶)を指定した。

(12) 靴のスペック⑥
スコティッシュギリーと紹介されたこの靴、つま先のアザミ(スコットランドの国花)が最大の特徴だ。コードバンは木型に釣り込む際に裂けやすいがこの靴はシームレスヒールなのも見どころ。サンクリスピンの高い技術力が良く分かる。尤もフォスター&サンの松田さん曰く「コバの処理がマシンですね…」とのこと。

(13) メッシーナ
こちらは今はなきミラノの名工「メッシーナ」のセミブローグ。詳細は当ブログで紹介済みだが久々に履いたら小柄で寡黙なマエストロのことを思い出してしまった。きめの細かなフレンチカーフのアッパーが光る黒靴とマルコペスカローロのパンツの組み合わせ。イタリアものにはイタリアものが合う。
(14) 靴のスペック⑦
昔某雑誌対談で出会った大塚製靴勤務のTさんと知己を得てメッシーナの靴を見て貰ったことがある。「コバの出し縫いが見えない」のはどうしてなのかTさんに聞くと「出し縫いの際の縫い穴に防水性を高めるため熱いロウをコテで突く「目突き」と呼ばれる工程が入っているためとのことだった。

(15) コージスズキ
写真は日本のビスポーク靴職人の草分け「コージスズキ」1足目。最初に木型を削る労力を考えると靴職人としては2足目以降も定期的に注文するのが理想らしい。一方顧客側は昔なら3足目まで付き合ったが今は仮縫い用カット靴まで作って精度を上げている。1足目が合わないとなるとリピートに至らない場合も出てこよう。

(16) 靴のスペック⑧
実はこちらの靴は本来2足目だったが1足目を修正中アッパーが裂ける事故で繰り上がった。この後の3足目も注文しており暗黙の了解「3足目までにフィットした靴に仕上げる」を守ったことになる。今はMTOも有りだが当時は誂え一本、精進しながらフィッティングの技量を高めたのだろう。

〜スリッポンタイプ〜
(17) ジョージクレバリー
クレバリーとの付き合いは長い。1998年から始まり2017年まで約25年間にわたって「注文⇨仮縫い⇨納品」を繰り返しながら最終的には30足に到達していた。一度に2足注文したことも何回かある。写真はローファーを頻繁に注文していた頃の最終期。珍しい素材に興味があってピッグスキンをチョイスしている。

(18) 靴のスペック⑨
ジョージクレバリーの甥であるアンソニークレバリーの顧客だったバロン・ド・レデの靴がアーカイブに加わりトランクショウに毎回目を見張る洒落た靴が並ぶようになった。後にジョンロブに移籍したティームも洒落たサンプル靴を多数持参していた。このローファーもそんなバロンのモデルの一つだ。

(19) ジョージクレバリー
こちらはアリゲーターの靴に嵌っていた頃の1足。ハーフサドルローファーが一番快適だと思っていたが久々にこの靴を履いたらその快適さにびっくりした。ストラップがいい塩梅に伸びたことで「きつ過ぎず緩すぎず」踵が浮き上がることもなく正に吸い付くような履き心地は手袋のようだった。

(20) 靴のスペック⑩
当時受注会に連れだって出入りしていたFさんと一緒に注文したのこの靴…きっと自分一人だったら頼まなかっただろう。誰か親しい人とトランクショウに行くのも刺激が貰えて良いものだと気付いた。因みにFさんはグレーのアリゲーターだったが自分は無難な赤茶にした。彼はまだ履いているだろうか…。

ところで2014年にオックスフォード大学が認定した「あと10年でなくなる職業・なくなる仕事」が話題になったことを覚えてるだろうか。その中には手縫いの仕立屋が含まれていたので随分と驚いたものだ。幸いオックスフォード大学の予想は外れたようであれから10年経ったがテーラーの本場欧州で修業してきた仕立屋が日本では次々と開業している。

手縫い靴屋も同様の事業形態だがオックスフォード大学の一覧には載っていなかった。ただAIによれば少子高齢化やコロナ禍の影響による職場環境の変化などで靴業界の市場規模は縮小、需要も減少が見込まれるとしている。誂え靴一本では難しいこともありメイドトゥオーダー(MTO)など販売チャンネルの多様化やブランドの強化が必要と分析している。

既存の木型を削ったり足したりして調整するMTOはビスポーク靴のように木型を一から制作する手間が省ける。AIによればこうしたビジネスモデルの転換も必要と伝える一方でMTOに注力すれば一人一人の顧客の足に向き合い快適なフィット感を提供する機会は減少するだろう。手縫い靴職人だがビスポーク靴職人ではない…そんな未来図も有り得る。

そう思うとロンドンのジョンロブが昔も今も誂え靴だけで事業を続けていることに畏敬の念を覚える。

By Jun@Room Style Store