スキンステッチの靴(追記) | Room Style Store

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2021/11/14 18:32


ずらり並んだ15足の靴。全てスプリットトウの靴だ。しかもスキンステッチと呼ばれる「手縫い」の技を用いて仕上げられたもの。誂え靴では声を大にすることはないが、既成靴はハンドメイドシューズとしての箔がつく。過去のブログ記事でも書いたが既成靴の世界でスキンステッチをセールスポイントに人気を得たのがエドワードグリーン(以下グリーン)のDover(ドーバー)だった。

つま先に手縫いのスキンステッチが入る靴をどう呼ぶのかロブのティームに聞いたら「スプリットトゥ」と教えてくれた。ならばとネットで検索するとオールデンのVチップのようにつま先がミシン縫いの靴もヒットする。それでもドーバーに魅せられて以来スプリットトゥ=スキンステッチという図式が出来てるせいか手縫いバージョンを求めてローファーやブーツまで手を伸ばしていった。

そこで今回はスキンステッチの入った靴を追記としてもう少し探ってみたい。


(1) スキンステッチ
グリーンのスキンステッチ作業場面。ネットより拝借したが昔東京のデパートで実演していたこともある。素人なりにその時のことを思い出してみた。まず左右のつま先部分を仮止め?してベルトで作業台に固定。次に①先の曲がった錐(オウル)を革の裏側から入れて②革の内部を通しながら断面(写真で白く見える部分)に錐の先端を出す③錐が開けた穴(トンネル状)に縫い糸を入れて④左右を縫い合わせる…確かそんなステップだったと思う。


【元祖スプリットトウ対決】
(1) グリーンVSロブパリ
ドーバーは服飾雑誌で人気投票一位となったことのある人気靴。ジョンロブパリ(以下ロブパリ)がグリーンの工場を職人ごと買い取りそっくりな靴シャンボードを売り出したことで元祖とキングの競演が始まった。親会社のエルメス譲りの上質な革と頑丈な作りで台頭…軽くて柔らかなドーバーがモカステッチ切れを起こすのとは対照的に欧州旅行中連日履きを難なくこなす堅牢さが光った。


 (4) フィッティング
実際に履いてみると左のグリーンは小指側が張り出すが右のロブパリはあまり目立たない。柔なグリーンVS剛のロブパリらしくソールもグリーンの方がよく曲がる(その分モカステッチが切れやすい)…タンもグリーンの方が短く足に優しい。羽根の閉じ具合を見るとロブパリのラストの方が甲高に対応できている。つま先のスキンステッチは先輩格のグリーンが綺麗でウェルトに目付けが入るなど見た目にも気を使っている。


【カジュアル対決】
(5) グリーン対ロブパリ再び
スプリットトゥ互角の実力を見せたグリーンとロブパリ…今度はカジュアル(ローファー)靴で相まみえた。先行したグリーンのハーロゥ(左)に対して日本からの要望で送り出されたアシュリー(右)。スキンステッチはグリーンが上手だが見栄えはロングノーズのアシュリーが優位。いや1990年~2010年頃までのグリーンとロブパリの競い合いは見応え、買い応え、履き応えがあった。

(6) ハーロウを参考に…
ビスポーク靴の方も最後のあたりはラウンドトゥばかり注文していた。そういえばスキンステッチの入ったカジュアルがなかったな…ということでオーダーの参考にしたのはアシュリーではなくハーロゥ(当時はバクストンという名前)。靴をオーダーする時既成靴を見本に自分の好みを加えるのはよくあること。そんな時グリーンは頼りになる靴メーカーだ。

【ハントダービー対決】
(8) 西欧と東欧
フィールドは再び変わって今度はハントシューズ。狩猟用の短靴はブーツのデザインからシャフトを切り取ったデザインがお約束…履き口に沿って切り返しがあるのが特徴だ。元祖はJ.M.ウェストンの9分仕立てハントダービー(左)だが後輩のサンクリスピン(右)がフルハンドで名乗りを上げた。どちらもエプロンは小さめでその分つま先のスキンステッチが長いのが特徴。

(9) フィッティング
ウェストン(左)は既成、サンクリスピン(右:以下クリスピン)は誂えという違いはあるが写真のように地厚なウールソックスを履くとフィット感は似てくる。外羽根の長さはクリスピンがコンパクトだが、蛇腹タンのウェストンは甲から足首への当たりが優しい。モカステッチ(やはりスキンステッチ)の雰囲気やエプロン中央からつま先に伸びるスキンステッチは似たもの同士。ウェストンは既成だが誂えのクリスピンより値が張る。どちらか選べと言われたら迷うが、一番の解決策は両方買う…だった。


【フェイクとリアル】
(10) イタリアかイギリスか
写真の2足は磨いていたら「よく似てる…」と言われて「確かに…」と気付いたもの。詳細は左のシルバノラッタンジ(既成)がスキンステッチの応用シャドウステッチによるなんちゃってスプリットトゥ。一方右のフォスター(誂え)はスキンステッチ入りの正統スプリットトゥ。まあ靴を知らない人から見ればこの2足がそっくりに見えても当たり前かもしれない。

 (11) 履いた印象
片足ずつ履いてみるとなるほどよく似ている。靴に特段詳しくない人から見れば「そっくりだね…」ということになる。「フィット感もモカの縫い方も違うし、コバの張り方もアイレットの数も違う。製法だって違うし底の厚みも違う」と力説しても「どっちも角張っていて同じ靴かと思った…」と言われては勝負アリ…。靴好きの陥るスペック偏重に対する痛烈な一撃だ(笑)


【 ビスポークシューメーカーの宴】
(12) 三大英国誂え靴の粋
ジョージクレバリー、フォスター&サン、ジョンロブ…ロンドンの老舗三大シューメーカーだ。残念ながらフォスターは今回のコロナ禍の影響でジャーミンStの店を閉じて郊外に工房を構えたが91年にロンドンを訪れた時から続いている名店に変わりはない。三店に共通してオーダーしたスプリットトゥを履き比べながらそれぞれの工房の魅力について触れてみたい。


(13) 初代と二代目
まずは初代(右)クレバリーと二代目(左)フォスター。初代の注文時はデザインと革の選択以外はお任せだったが、二代目では外羽根やヒールのシームにスキンステッチを加えて凝った1足に仕上げて貰っている。初代クレバリーの方がやや短めだが見た目のゴツさに反して履き心地は柔らかい。二代目のフォスターはアッパーが超ソフトなインパラ(革)なのでスニーカー並みのフィット。紐をきつく結ぶと気になるタンのあたりだが、両者共に足首に当たる直前で寸止めされている。

(14) 初代と三代目
フォスターで追加オーダーした三代目と初代クレバリーの比較。両者ともU字部分のステッチ畝が外側に来るリバースタイプ。全長や羽根の長さ、タンの位置などもほぼ同じ。羽根をコンパクトにしている分履き口の縁はクレバリーの方が低い。(13)でも書いたがクレバリーが予想以上に柔らかい履き心地なのはそのあたりが秘訣なのかもしれない。

(15) 初代と四代目
初代クレバリーと四代目のジョンロブとの履き比べ。ロブの方はクレバリーから移ったティームによるパターン。クレバリーより靴自体が長い。クレバリーは靴の長さは短めだがレースステイを後ろに寄せてロングノーズに見せるのが上手い。一方ティームは厚手のソックスを履くことを考慮してカントリーシューズ本来の足を包み込む感覚を靴に盛り込んでいる。



(16) 二代目と三代目
さてこちらは同じフォスター同士、比べるまでもなくフィッティングはもとより羽根やタン、アイレットの間隔など大元のパターンは共通しているのがよく分かる。違いは履き口下の切り返しの有無だろうか。モカステッチは二代目(左)がスキンステッチの畝がよく出ている。確か三代目(右)が出来上がった頃だったか、松田さんが「ドーバータイプの靴を縫える職人が引退して…」と暫く注文を受けなかった時期があった。


(17) 二代目と四代目
あまりにも違う二代目と四代目…敢えて共通項を探すとしたらエプロン部分へのこだわりだろうか。二代目はつま先はスクエアでもエプロンをラウンドにしているところ。一方の四代目ではコンビゆえエプロン自体の大きさをどれくらいにするかが難しい。このあたりは職人のセンスや勘と経験、試行錯誤がものをいうところ。松田さんにもティームにも感謝している。


(18) 三代目と四代目
三代目(左)と四代目(右)…オーダーの間隔が近いせいか結構似ている。どちらも履き口下に切り返しがあるタイプだしモカステッチも同じ縫い方。底付けもノルウィージャン。何より同じアウトワーカーのジムマコーマックが担当している。三代目の時は久々ということでトレーニングしてから本縫いしたと後で松田さんから聞いた。


【スプリットトウブーツ対決】
(19) フックかストラップか
さてスプリットトゥ特集もいよいよ最終章ブーツの競演になる。フォスターで完成した究極のブーツ(右)で上がりと思っていたがコロナ禍でビスポーク業界の不振が話題となり、応援を兼ねてマイラストありでオンラインシステムが機能しているサンクリスピンに依頼。昔ジョンロブパリがボノーラに作らせたという超絶ブーツEdelineをデザインソースに注文したのが左のブーツになる。

(20) フィッティング
フィッティングはどちらもビスポークなので良好、羽根の閉じ方も綺麗だ。トゥのスキンステッチはフォスター(左)の丁寧さが光る。一方サンクリスピン(右)は(9)でオーダーした時から木型をラウンドトゥに変えているので両者は大分似てきている。フォスターの方がやや尖った感じか…。履く機会の限られているブーツをビスポークするのは贅沢かもしれないが完成した時の喜びは短靴にも増して大きい。


以前も書いたが時代がAIに向かう中、手縫いのスキンステッチにこだわって新たに職人を迎え入れたクロケットジョーンズは2型、元祖グリーンはドーバーやハーロゥをはじめ6型、ロブパリはわずか1型だがスキンステッチの靴をリリースし続けている。ビスポーク靴界隈でもスキンステッチの靴は問題なくオーダーできるようだ。


90年代、「スキンステッチのできる職人が2人しかいない」と言われていた時から30年経っても後継の職人さんが育っていること、ビスポーク職人さんが一気に増えた日本でもスキンステッチのできる人が増えているのは心強い。問題はスキンステッチの靴が好きな人がどれくらいいるか…ということだが人気一位だったのは昔のこと…インスタシューズを見る限りマイナーの域を出ていないのが残念だ…。

By Jun@RoomStyleStore