ブーツをデザインする | Room Style Store

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2022/04/16 21:53


辞書を引くと「短靴」とは「足首より下までの短い靴」とある。オックスフォードにダービー、ローファーやモンクなど靴好きの話題になるのはたいてい短靴だろう。一方「長靴」は「足首より上の部分を覆う靴」、ブーツのことだ。さらにネットで検索すると「踵から履き口までの長さ(シャフト)によってアンクル、ハーフ(ふくらはぎが半分隠れるの意)、ロングと分かれる」とのこと。


誂え服の究極はコートにありと言われる。誂え靴ならさしずめ長靴になろう。ところがいざ注文となると「足首より下のデザイン」に加えて「足首より上のデザイン」をどうするか悩みが一気に増える。おまけにコート同様季節を選ぶし短靴と違って見本の少ないブーツはイメージが湧きにくい。トランクショウに参加しても短靴に流れてブーツは結局後回しということが何度もあった。


そこで今回は意を決してロンドンのフォスター&サンに注文、その後2年以上かかって完成したブーツについてあれこれ書き記してみようと思う。


【参考資料】
ブーツのイメージ①
ブーツに限らず何かを注文するには具体的なイメージが欲しい。理想は①外羽根で鳩目は8列以上②上部がダブルバックル③シャフトはハーフレングス④つま先のデザインはスプリットトゥ…としたがネットで検索しても中々見つからない。ようやく発見したのは古いコマンドブーツだった。これを元にエプロン部分はドーバー風で底付はノルウィージャン…と細部を煮詰めていった。


ブーツのイメージ②
こちらはSHOESAHOLIC(シューホリック)からお借りした画像。ジョンロブがボノーラに作らせたフルハンドの既成ブーツEDELINE(エデリン)。以前のブログサンクリスピンの実力でも登場するので参照してほしい。切り返しがちょうど踝の下に来るデザインだ。あとはコバを走るノルヴェのステッチ、この両者をデザインに取り入れることにした。


【ファーストフィッティング】
(1) モックアップによるトライアル
トライアルまでに一度採寸をしているのでオーダーから既に半年が過ぎている。採寸箇所はふくらはぎの一番太い部分の周囲や床からの高さを測ったと思うがそう多くはなかったはずだ。それをもとに短靴のラストを使って製作したモックアップ(靴作りに使わない革を用いた試作品)によるファーストフィッティングとなった。


(2) 底付の様子
モックアップとはいえノルヴェということでモックアップもウェルトなしで直接アッパーとインソールを縫い付けている。ボトムメイキングは今まで全て名職人のジムマコーマックが担当している。このモックアップも練習を兼ねて担当したのだろうか…いつかチャンスがあったら松田さんかジム本人に聞いてみたい気もする。


(3) フィッティング(その1)
履いてみると柔らかな感触にびっくりする。モックアップ用の革だからかと思ったがこれに関しては最後まで変わらなかった。考えてみれば仮縫い用の革とはいえ本番と同じテクスチャーの革じゃないと正確なフィットは分からない。写真は両足履いてお立ち台に乗ったところ。松田さんはストラップを引っ張りながら履き口付近のフィッティングを見ている。


(4) フィッティング(その2)
(上)は踝付近を触診しているところ。ボールペンで何やら革に書き込んでいた。(下)は履き口を指で押しながらフィットを確認しているところ。こうして片足ずつ丁寧にチェックしていく。昔はロンドンのシューメーカーも行っていた「モックアップによる仮縫い」を復活させた理由を松田さんに聞いたら「フォスターでは経験のないスタイルなので…」とのことだった。


(5) モックアップの精度(その1)
こちらの要望したデザインと違うことを尋ねたが「モックアップなので…」とのこと。確かにロプバリの仮縫い時も本番とは違うシンプルなデザインだったから気にも留めなかったが、これが後で大幅な納期の遅れにつながるとは知る由もなかった。肝心のファーストフィッティングは既に精度の高い短靴を完成させていただけに課題は足首より上に限定された。


(6) モックアップの精度(その2)
モックアップのU字部分。当時フォスターのライトアングルモカを引き受けていたクローザーが引退したので「ドーバーと似てますがレイクと呼ばれる手法です。」と松田さんが説明していた。なんでもモカの頂上部分にカッターで切り込みを入れてからステッチを入れることでモカの頂上部をシャープに見せる手法らしい。モックアップにまで施したのは実物を見せようという松田さんの配慮か…。


【セカンドフィッティング】
(7) フィッティング(その1)
オーダーから1年後、本番と同じ革を使ってセカンドフィッティングが行われた。モカ部分もノルウィージャン製法のステッチも本番ということで気合が入っているのが写真からも伝わる。足首部分の革の余りも一気に解消されたようだ。ダブルストラップの部分はイメージ①のようなコマンドブーツのタイプではなくパーツを後付けにしている。


(8) フィッティング(その2)
外側の踝部分。モックアップによる最初のフィッティング段階ではかなり革が余っていたが、セカンドフィッティングでは不自然な皺が消えている。実はこのブーツをオーダーするに当たって木型のつま先もシェイプを変更している。ラストをシェイプアップしつつ未知のブーツを具体的な形にする作業の連続は松田さんにしかできなかったに違いない。


(9) 靴の精度(その1)
ブーツのアウトサイド(上)とインサイド(下)。やはり本番用の革だと雰囲気がまるで違う。ソールが付いていないのとメタル製の鳩目が付いていないので全体的にシンプルな印象を受ける。ジムマコーマックの手によるノルウィージャンステッチは土踏まずもきちんと再現されていてまるで自分の足を丁寧にトレースしたみたいだ。


(10) 靴の精度(その2)
生成りのステッチが走るエプロン部分は丁寧な仕事ぶりが光る。つま先のシェイプもぐっとポインティになって良い雰囲気だ…ところがつま先にリクエストしたスキンステッチが見当たらない。モックアップの段階ではシンプルなデザインのモックアップだからと思って異を唱えなかったが何とモックアップ時のデザインで全てを進めていたようだ…。


(11) 靴の精度(その3)
ストラップを留める金具はタフなコマンドブーツとは違って丸みのある小ぶりなタイプ。松田さんの繊細な感覚が発揮されている。ブーツ履き口後ろのプルストラップは「なし」を選択。問題はサイドの切り返しがオーダー時のイメージ②EDLINEとは異なる部分。幸い革はまだ在庫があったのでアッパーを全面作り直すことに…。注文から1年が過ぎ2年目に入らんとしていた。


(12) 作り直し
写真のとおりオーダーの段階では緑の線で切り返しが入るようリクエストしたが、実際はモックアップと同じ青い線で仕上がってきた。短靴ならばこうした間違いも滅多に起こらないが、サンプルのないブーツでは作り手も参考事例がない分行き違いが生じやすい。写真を複数渡すよりデザイン画にした方が良かったと今は思う。


(13) ボトムメーカーの尽力
ファーストフィット、セカンドフィット、アッパーの作り直しを経てボトムメーカーのジムマコーマックに底付けの仕事が回ってきたのはオーダーから2年近くが過ぎていた。ジムの方も”Love of labor”の精神でアッパーとインソールを繋ぐ①太ステッチに②アッパーをミドルソールに留める中ステッチと③コバの上を走る小ステッチの全てを美しく仕上げてくれた。



【デリバリータイム】
(14) ビッグな箱
オーダーから約2年半、ついに納品の日を迎えた。DHLの大きな箱を2つガムテープで留めたビッグな箱がロンドンより到着。どうやら左右の箱にブーツが片足ずつ入っているようだ。総重量は4.35㎏とかなりのもの。まずはガムテープをカッターで切って箱を分離、箱から片足ずつ取り出していく。ツリー込みで測ったところ片足だけで1.8㎏とかなりの重さだ。


(15) 箱を開ける(片足分)
片足分の箱を開けたところ。下に敷いた緑のブーツバッグも特大サイズ。乗馬用のロングブーツを入れるためのものだろう。流石にブーツメーカーを名乗るだけのことはある。ソールの付いた状態は初お目見えだがすごい迫力だ。金属製の外鳩目がついた編み上げ部分もこれぞブーツという雰囲気。靴紐もブーツ用にカットして留め金を付けた特製品だ。


(16) 両足分開封
両足を箱から出して記念撮影。ストラップにバックル用の穴が開けられていない。松田さんから連絡があり、次のトランクショウで対応することも可能だが「ご自身で開けても良いのでは…」とのこと。まさか最後の最後でそんな儀式があるとは…次回までお預けは流石に厳しいので穴開けも一生に一度の経験とばかりにトライすることにした。

(17) 仕上がり
玄関のたたきで撮影。デザインは理想どおり、底付けも完璧、素材やフィッティングなど全てが満足のいくブーツの完成だった。つま先には仮縫い時にはなかったスキンステッチが存在感を放っている。エプロン部分もドーバーより格好いい。ブーツをデザインする喜びと完成までの忍耐が交錯した2年間がようやく完結の時を迎えた一瞬だった。


【DIYにチャレンジ】
(18) 穴位置決め
穴開け治具をネットショップで手配、到着したので早速バックル用の穴開けにチャレンジ。既製靴なら穴を3~5つくらい開けるのだろうがビスポークらしく1つ穴にした。(上)は自分で履いてストラップに一番ピッタリする位置を油性ペンでマーキングしているところ。(下)は一旦脱いで念のためストラップの先端から長さを測って左右で揃えようとしているところ。


(19) レザーパンチを使う
写真はリボルバー式の穴開け治具、”レザーパンチ”という商品名のようだ。穴のサイズは2~4.5㎜まで6段階。バックルのピンから一番小さい2㎜を選んでポンチ部分を穴開け位置と合わせ、後は強く握るだけ…。知人のビスポーク靴マニアからは「よく自分でやるね。失敗したら…と思わない?」と聞かれたが、不思議と失敗する気はしなかった。


(20) 完成
(上)はバックルの穴開けを終了した図。一つしか開いていない穴はビスポークの証、将来ストラップが切れても付け替えられるようにストラップ部分を別パーツにした松田さんの洞察力が光る。(下)はブーツツリーを外してみたところ。クラシックな3ピースのタイプは前と後ろのツリーを靴に差し込みバックルを留めてから最後に真ん中を挿すのがコツとのことだった。


(21) プレケア
履き下ろし前にプレケア。(16)の写真に見える付属のポリッシュで磨いたところ。カントリー色の強いブーツはカーフのようなスムースレザーよりシボの入ったグレインレザーの方がしっくりくる。ごついソールはハードなイメージを抱きがちだがフィッティングは快適そのもの。フォスターで11足の短靴をオーダーした経験値がブーツ作りに遺憾なく発揮されたようだ。


(22) 現在の姿(その1)
デリバリーから5年経ち、すっかり足に馴染んだブーツ。細かな履き皺やコバの傷も勲章のようなもの。それだけ愛用した証でもある。過去のブーツを参考にデザインを考え、担当職人と完成させたこのブーツこそビスポーク経験のハイライト、この夏ロンドンに行ったら底付職人のジムにお礼がてら会ってみたいと考えている。


(23) 現在の姿(その2)
アッパーの柔らかさは踝部分の履き皺からも想像が付くと思う。ソールはつま先からアーチ部分にかけて薄くなるハーフミドルソールのお陰で返りは良好、ソフトなアッパーの感触もスポイルされずに済む。厚手のソックスを履いても快適さは変わらない。年に履く回数は短靴に比べれば圧倒的に少ないが、満足度は最上級だ。

昔、ビスポーク愛好家の先達が「誂え靴の世界にはシューメーカーとブーツメーカーがある。餅は餅屋でブーツを頼むならブーツメーカーが良い」と言っていたことを思い出した。今ブーツメーカーを名乗っているのはロンドンのジョンロブと分家のジョンロブパリ、あとはミラノのスティヴァレリア・サヴォイアあたりか。スティヴァレリアとはブーツメーカーを指すらしい。

今回紹介したブーツをオーダーした当時はフォスター&サンもブーツメーカーを名乗っていたが、ジャーミン店の撤退に伴って一時期はシューメーカーに変わっていた。最近見たらブーツメーカーを再び名乗るようになっているようで安心した。勿論シューメーカーもアンクルブーツ、時にはハーフブーツまで作るようだが、シャフトが長くなればなるほど経験値の高いブーツメーカーが候補に上がってくる。

究極の誂え服と言われるコートを注文するタイミングはスーツ10着に対してコート1着の割合とのこと。誂え靴なら短靴10足でブーツ1足が頃合になろうか…そろそろオーダーしても良いかなと思う靴愛好家も多いのではないだろうか?

By Jun@RoomStyleStore