Made in Maineの靴 | Room Style Store

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2022/05/10 10:30


イギリスのノーザンプトン州、イタリアのマルケ州と並んで世界三大靴の聖地といわれるアメリカのメイン州…クオッディやランコート、オークストリートブーツメーカーにビーンブーツで有名なLLビーン、そのお膝元フリーポートにはイーストランドシューカンパニーもある。中でも一番多くの従業員を抱えるのがスニーカーのニューバランスだ。


アメリカ製の靴といえば真っ先にオールデンが思い浮かぶ。だがビジネスシューズを履く機会が減った今となっては気兼ねすることなくガンガン履ける靴が欲しい。となると俄然興味が湧くのがメイン州に今も残る手縫いモカシンになる。州都のポートランドを中心に隆盛を極めた靴産業もここ20年で廃業が相次ぎ、両手で足りるほど激減したそうだ。

そこで今回はMade in Maine(メイン州産)の靴を中心にその魅力を探ろうと思う。

(1) Quoddy(クオッディ)
最初に紹介するのはクオッディの靴。2019年の記事”Freeportで買い物をする”に出てくるFreePort Factory Outletsから北北東に車で30分、Lewiston(ルイストン)に本社がある。社訓は「To privide exceptionally durable, traditionally built footwear.」(耐久性に優れ伝統的に作られた靴を提供すること)とのこと…。


(2) Yuketen(ユケテン)別注
2006年にスタートしたユケテンは日本のデザイナーYuki Matsuda氏が立ち上げたシューブランド。「トラッドでクラシックなクォッディ」に新しくデザインした靴の製作を依頼、個性的な靴を次々と打ち出している。名前の由来はYu(Ki)+Ke(vin)+(Kris)Tenだそうで、KevinとKristenは共にクォッディのオーナーでもある。正に日米連携のブランドになる。

(3) 靴のサイド
アッパーは染み込んだオイルのせいかつまむと色ムラが浮き出る。履き口は切りっぱなしで、穴をジグザグに通る革紐が靴を取り囲む様はかなり強烈だ。カヌーモックの名のとおりカヌーに乗るならまだしもこのまま街を素足履きするのは厳しそうだ。最低でもローファーソックスがないと革紐が足に当たる。

(4) 履き口
今まで見たことのない履き口。履きやすさを考えて「革紐が足に当たらないよう袋縫いにしてライニングも足して…」なんて考えていくと結局はQuoddyを買った方が良いことになる。デザインを優先させたであろうこの靴…驚いたことに買った時は黒も茶も合わせて最後の一足だった。「他にないアメリカ靴を履きたい」と思うのは自分だけではないようだ。

(5) 履いてみる(その1)
デザインは典型的なCamp Moc(キャンプモック)だが甲が長い。もともとクラシックなハンドソーンモカシンは短めの甲が特徴。特に90年代は「短いほどドレッシー」という感じでAldenのペニーローファーでさえ今よりずっと甲が短かった。写真はローファーソックスを履いてのフィッティング…意外と快適なのに驚いた。

(6) 履いてみる(その2)
革は厚いが柔らかい。足に吸い付く感覚がある。踵は芯がないので普通のレザーシューズより頼りないほどだ。YuketenはQuoddy以外にも2017年に廃業したHighland Shoes Coに別注をかけたりウィスコンシン州のラッセルモカシンにも依頼したりとアメリカの靴産業盛り上げに一役買っているようだ。


(7) L.L.Bean 別注
こちらはL.L.Beanの定番キャンプモック。90年代にカタログを通じてアメリカに直接メールオーダーしたものだ。買った時から素足で履けるのが魅力だった。…L.L.Beanといえばハンティングブーツが有名だがこのキャンプモックも看板シューズ。L.L.Beanから独立したQuoddyが長い間製造を請け負っていたらしい。

(8) L.L.BeanとYuketen
L.L.ビーンののキャンプモックとユケテンのカヌーモック。ヴァンプの長さや鳩目の有無などデザインも違うし作られた年代も30年近い開きがある。にも関わらずこうして並べるとどことなく似ている。既にエルサルバドル製になっていたL.L.ビーンのキャンプモックも2019年、コロナの影響で生産終了、写真の靴も希少なアーカイブものになりつつある。

(9) 元祖L.L.ビーンを履く
形は崩れて傷だらけのキャンプモック。もしかしたらドミニカ製も品質では引けを取らなかったのかもしれない…それでもなぜかアメリカ製に拘ってしまう。メイン州側の担当者はThey want "Made in the USA"「彼ら(日本人)はアメリカ製を求めている」とインタビューで答えていたが全くその通りだ。


【参考資料】
1983年のカタログ①
1983年のカタログではアメリカ製キャンプモカシンが32.75㌦。一方直近のドミニカ製キャンプモックは94.00㌦。この40年の価格上昇率はかなり抑えられている。だがこれは製造国をアメリカから低コストの海外にシフトしたからこそ。因みに最新のQuoddyキャンプ(カヌー)モックは249㌦だ。

1984年Xマスのカタログ②
翌1984年のXmasカタログでは35.75㌦と1年で3ドル上昇。単純に1984年から2022年まで38年間、毎年3ドル価格が上昇すれば2022年には価格が114㌦アップの146.75㌦になる。アメリカ国内の現在の価格94.00㌦と50ドル以上も違えばエルサルバドル製にシフトするのも当然かもしれない。

(10) Rancourt & Co
次はクォッディと同じルイストンにファクトリーを構えるRancourt(ランコート)。創業は2008年と若いが取引先にはコールハーンやアレンエドモンズ、レッドウィングやラルフローレンなど錚々たるブランドが名を連ねている。写真はポールスチュアート別注のアリゲーターモカシン。メイン州名物ロブスターロールにも似た贅沢な素材使いのカジュアルな1足だ。


【参考資料】
上の写真はランコートのウェブサイトから写真を拝借。NYのポールスチュアートで購入した10年前の定価は1800㌦だったが現在の価格は3000㌦。アメリカンハンドソーンの靴としては異例の値段だが10年前と同じ靴を作り続けるランコートも心強い。そういえば一時期はAldenのCape Codシリーズの製作も請け負っていたそうだ。


(11) 履いてみる(その1)
履いた瞬間に柔らかさを感じる。パリのウェストンでは「アリゲーターの靴はカーフより足に馴染むのが早い」と聞いたがこちらは履き始めから柔らかい。ソールの返りの良さもマッケイ製法ならでは…ランコートのウェブサイトによれば「素材は傷やシミ、汚れのない最上級のアメリカンアリゲーター」を使用しているとのこと。

(12) 履いてみる(その2)
靴の印象を決めるアウトサイドはパーツを一枚革で、見えにくいインサイドはサドル下で繋ぎ合わせる。見栄えの良さとワニ革の有効活用を両立させている。サドルの端をハンドで縫い合わせたデザインはピンチ(Pinch:挟み込むの意)ペニーと呼ばれるもの。ちなみにこの靴、注文後6週間から8週間で完成するそうだ。

【Ralph Lauren 別注】
(13) ヴァンプローファー
こちらはラルフローレン別注。IVY世代にはリーガルのヴァンプローファーでお馴染みのデザインだ。一時期ランコートに別注を盛んにかけていたラルフローレンだがこのところ靴売り場が冴えないのが気になる。しかも日本からアクセスするとポロラルフローレンJPに強制的に接続されてしまう。せめて本国のラインナップくらい見たいものだが…。

(14) 履いてみる
ジャケパンスタイルにも合いそうな外見だが靴底は本革ならぬゴツいビブラムソール。しかもアッパーはホーウィン社のクロムエクセルレザーと完全にアウトドア仕様。専らジーンズと合わせてと河原でBBQやら公園でフィールドアスレチックに親しむうちにあれよあれよと貫禄が付いてしまった。

(15) ビーフロール
こちらは2010年ラルフローレン別注のビーフロールペニー。ランコートには(10)のポールスチュアート別注「ピンチペニー」と上の「ビーフロール」と2つのスタイルがある。マドラスチェックのヴァンプが洒落ているが、汚れを落とすうちにファブリックの方がだいぶ色褪せてしまった。…まぁそれも味わいのうちか。


(16) ラルフの生地を使ってMTO
ラルフローレン社は発注元を明かさないが自分であたりを付けてランコート社に直接メールを送信。「ラルフローレン用に作ったローファーのマドラス生地は未だあるか?」と聞いたら「Yes」との返信が…。そこでピンチペニーでもビーフロールでもないストラップローファーをMTOしたのが上の靴。当時はかなり異例のオーダーだったようだ。

(17) 比較
ラルフ別注(左)とラルフ別注のファブリックの余りで作ったMTO(右)。当時のランコートはこんな我儘を受け入れてくれるフレンドリーな会社だった。今はすっかり大きくなってなかなか難しそうだ。そういえばストラップローファーのデザインもディスコンだがいつか機会があったらアリゲーターでオーダーでもしてみたい。

(18) ラルフ別注を履く
コッパンとビーフロールペニー。1965年に婦人画報社から出版された伝説の本「TAKE IVY」を見ると当時の定番BassのWeejunsを素足でマドラスチェックのショーツやチノパンと合わせている写真が沢山出てくる。写真ではローファーソックスを履いているが、当時は実際に素足履きだったに違いない。


(19) MTO版を履く
こちらはMTOストラップローファーを履いてみた図。左足が黒ずんで見えるのは布を接着した糊が履くうちに蒸れて溶け出し黒い染みになったもの。実は(18)のラルフ別注でも同じ問題が起きたのでアルコールや除光液を付けて拭き取ったが汚れと一緒に布まで一気に色褪せてしまった。何かいい解決方法がないか思案中…。


(20) ANSEWN時代のラルフ別注(その1)
こちらはさらに昔、90年代のMaine Shoe Co(Ansewn : アンソーン)社製ペニーローファー。アイクベーハー同様ラルフローレンのファクトリーで名を挙げたメーカーだ。ランコートの前身と思われるこの会社は2002年にアレンエドモンズに売却されている。アンソーンが身売りしたという話は当時靴好きの間でも話題になったと記憶している。

(21) 履いてみる
柔らかな履き心地はマッケイ製法と返りの良い柔らかなレザーソールの賜物。ドライビングシューズもそうだが柔らかすぎてつま先が地面についてすり減ってしまう現象がこの靴にもみられる。それでもサドル部分のクレストやエイコーン色のアッパー、何より快適なフィッティングは他にはない魅力だった。

(22) ANSEWN時代のラルフ別注(その2)
製造元のアンソーンは最終的には従業員300人を数えるまで成長したがアレンエドモンズに工場を売却後13年間、アレンの靴を作り続けたようだ。ところが2009年にランコートは工場を再びアレンから買い戻して自身の名を冠した会社をリスタート、ランコートファミリーが親子、孫と3代に渡ってメイン州でシューメイキングビジネスに関わる大きな転換点になったようだ。

【参考資料】
ANSEWN のロゴ
こちらはアンソーンの自社製品。ラルフローレンのタグが付けば売れ行きも期待できようがオリジナルブランドの浸透は時間がかかる。ランコートのマイクは(ラルフのような)ビッグカンパニーは「最後にはJoin or leave(参加するのか離脱するのか)とプレッシャーを与える…」とインタビューで答えていた。


(23) ブルッチャーモカシン
こちらはメイン州の隣ニューハンプシャーにファクトリーを構えていたティンバーランドのブルッチャーモカシン。自社の焼き印が入った靴も製造はメイン州のランコート社が請け負っていた。地元マスコミのインタビューではティンバーランド以外に「レッドウィングのハンドソーンシリーズも手がけた。」と答えている。

(24) 緑青を取る
ブラス(真鍮)アイレットがティンバーランドの特徴。確かにアルミのアイレットよりも茶色の革にはマッチする。ランコートでも採用しているが湿気などの水分で緑青が浮き出るのが難点。ネットでは「酢+塩の液体」で拭くと綺麗になるとのことだったが革の色落ちが心配なのでまずは爪楊枝でクリーニングからスタート。


(25) クリーニング前後
爪楊枝+ブラシをかけた状態(左)。かなり綺麗になっていると思う。一方除去前(右)は緑青の上に埃もたまっていて黒ずんだ周囲が手入れの悪さを感じさせる。紐を外して手入れをして再び紐を付けて、僅か10分の作業で見た目はずっと良くなる。靴は値段じゃなくてどれも等しく手入れしたいもの。

(26) 履いてみる
流石に革の傷やソールの傷みは何ともしようがないが、アイレットを綺麗にするだけで靴がグッと若返って見える。ちょっと一手間なれど効果は絶大、ブラス部分に緑青が出ていたらぜひやってみて欲しい。ところでこのブルッチャーモカシン、アイレットの数も4つ3つ2つと様々。ランコートは4つと2つ、クォッディは3つが標準のようだ。

【参考資料】
レッドウィングのモカシン①
こちらは独特のモカ縫いが特徴のハンドソーン。どちらもレッドウィングのものだがランコートが製造を請け負っている。ミネトンカに見られる革紐の代わりに二本取りの蠟引き糸をモカ部分にコイル状に巻きつけながら縫い上げていく方法。中にはクロス(✘)状に縫ったものもあって伝統的なモカ縫いの奥深さを感じる。

独特のモカ縫い②
写真は珍しいモカ縫いの靴。どちらもラルフローレンが別注したものだが左は1991年で右は1993年のもの。恐らくはランコートの前身Maine Shoe Co(Answen)の製造だと思われる。(20)~(22)のようにヴァンプが短いのが90年代の特徴。中敷き下のスポンジが加水分解を起こしているので近いうちにソールの張り替えと一緒に中敷きもスポンジも交換しようと思う。


【参考資料】
オールアメリカンハンドソーン
目下手元に残るアメリカ製のモカシン靴。中央のユケテンブーツのみラッセルモカシン別注らしいがそれ以外は全てメイン州にあるファクトリー製。どれもイギリスやフランス、イタリーの靴にはない個性がある。気が付けば13足もの大所帯になってしまったが、どこかでお気に入りの1足を見つけたらきっとまたまた買ってしまうんだろう。

If you look at our products, we don't just say Made in USA. It always says Made in Maine, USA.…「メイドインUSAじゃなくメイドインメインUSAと記している」とランコートの社長はメイン州の靴作りに誇りを持っているようだ。「夏は暑く冬は寒くおまけに雨が良く降るメイン州で機能する靴を作れば世界中どこでも通用する靴になる」と自信をのぞかせる。

新型コロナの感染拡大で明るい話題のなかった聖地メイン州に2020年新たな靴ブランドが誕生した。名前はEasymoc Footwear、創業者は「熟練した手縫いモカを縫える職人のいる場所はメイン州以外なかった。」と言う。コロナ禍の最中は在宅でモカシンを製造していたとのこと。旧式の方法で作られた最新のブランドに地元が湧いたのは想像に難くない。

Made in Maine, USA好きとしては早々とEasymocをチェックしたのは言うまでもない。

By Jun@Room Style Store